新型コロナ感染者を見つけ出すために、施設入り口の検温は有効なのか?
新型コロナの流行開始後、病院などの施設の入り口でサーマルカメラなどを設置して、入場者の検温を行っている施設が増えました。
ところでこの検温って、どれくらい有効なのか考えたことはありますでしょうか?
国内でも一般的になった「検温」
デパート、コンサート会場など、人がたくさん集まる施設では、入り口にサーマルカメラを設置したり、非接触型体温計などを使って入場者の体温を測定している施設が増えています。
病院でも行われていることが多いですが、私が先日、日本環境感染学会総会・学術集会にて行った調査によると、実に86%の医療機関で入り口での検温を実施しているとのことでした。
むしろサーモメーターを設置していない医療機関の方がマイノリティです。
この検温は、新型コロナ感染者を見つけ出すこと、施設の中で感染を広げないことを目的に行われている施設がほとんどだと思いますが「これって本当に効果あるのかな?」と思ったことはないでしょうか?
そうです、全く意味がないとは言いませんが、新型コロナ感染者を見つけるという目的のためには決して効率の良い方法とは言えません。
以下にその理由を述べます。
そもそも発熱とは?どこの部位を測定すべき?
そもそも発熱の定義は何でしょう。
日本では37度台は微熱、38度以上を発熱とすることが多いのではないでしょうか。
ちなみに発熱の定義として「38度以上」が用いられるようになったきっかけは、1868年にCarl Reinhold August Wunderlichが出版した「Das Verhalten der Eigenwärme in Krakheiten(The Course of Temperature in Diseases)」にあると言われています(唐突に飛び出すうんちく)。
仮に38度以上を発熱と定義したとして、どこの部位の体温を測定しているのかによっても発熱の定義を満たすかどうかが異なることがあります。
我々が本来知りたいのは深部体温というもので、その名の通り体の奥の体温ですが、測定することは容易ではありません。
その代わりに表面体温を測定することになりますが、日本では腋窩(いわゆるワキです)で体温を測ることが一般的です。これは直腸温や口腔温と比べると温度が低く出ると言われています。
また、現在多くの施設で行われている検温は顔面などの表面温度が測定されていますが、これは被験者からセンサーまでの距離や気温、湿度などの環境要因に影響を受けると言われています。
施設の玄関で使われているような非接触性の体温計は、電子温度計と比べて1〜2度の差が生じるという報告もあり、入り口の検温で測定された体温と、実際の体温(例えば腋窩温)とは乖離がある可能性があります。
そもそも我々が知りたい深部体温と、玄関で測定している表面体温は別物であることを知っておく必要があります。
加えて、人の体温は1日の中で変化します。
一般的には早朝の体温は夕方の体温よりも約0.5度低くなると言われていますが、このような生理的な体温の周期を考慮して検温を実施している施設はほとんどないでしょう。
新型コロナを発症した人のうち発熱がある人は半分以下
新型コロナというと「発熱」「咳」という症状をイメージする方が多いと思いますが、実際にこれらの症状を呈する方はそれぞれ半分以下とされています(ここでの発熱は「38度以上または自覚症状」です)。
つまり、新型コロナ患者の半分以上は熱がないので、検温をすり抜けてしまうことになります。
また、新型コロナに感染しても全く症状のない「無症候性感染者」の方も、年代ごとに割合は異なりますが、一定の割合でいらっしゃいます。
感染者全体のうち、概ね3-4割が無症候性感染者と考えられています。
これらの無症状の人も、また発症する前の人も、周囲に感染を広げることがあり、発熱する人だけを見つけたとしても、これらの症状のない感染者を見つけることはできません。
「でも少なくとも熱があるコロナの人は見つけられるのではないか」と思われた方もいらっしゃると思います。
では検温はどれくらいの効率で新型コロナ患者を見つけることができるのでしょうか。
「38度以上」を指標にした場合、コロナ患者の83%を見逃す
スイスで行われた新型コロナ患者の体温に関する研究についてご紹介します。
新型コロナ患者84人と健康な人の体温測定を行い比較をしたところ、新型コロナ患者と健康な人との体温は大部分が重複していることが分かりました。
38度以上の人を検温で引っ掛けるようにすると、確かに健康な人は除外されて新型コロナ患者だけを引っ掛けることができましたが、38度未満の新型コロナ患者(全体の83%)を見逃す、という結果でした。
一方、引っ掛ける体温の基準値を37.1度に下げると、より多くの新型コロナ患者(全体の63%)を見つけることができますが、その分健康な人もたくさん引っ掛かってしまうことになり、基準値を下げすぎると新型コロナではない人までたくさん締め出されてしまうことになります。
また、この図にある体温は「経過中の最高体温」であり、先程の引っ掛けることができる割合も「最も熱が高いときに入り口を通過した場合」が前提ですが、実際には新型コロナ患者では発熱が長期間続くわけではありません。
全体の18%の新型コロナ患者が38度以上の体温を記録しましたが、ほとんどの患者で3日以内には38度未満になっています。
この研究では若い参加者が多かったため、特に軽症の方が多いと考えられます。
また38度以上の発熱が続いた日数について見てみると、83%が0日、11%が1日、4%が2日、3日以上続いたのは全体の2%でした。
つまり、特に若い軽症の感染者では、発熱のある期間は短いため、それ以外の時期に検温をしても引っ掛けることはできませんので、実際には検温で引っ掛けることができる新型コロナ感染者はもっと少ないと考えられます。
検温に意味はないのか?
では検温に意味はないのでしょうか?
具体的に何度以上の人を引っ掛けるのか、引っ掛かった人をどうするのか(コロナの検査をするのか、帰宅してもらうのか、など)を検討した上で検温をする必要はありますが、少なくとも発熱者として引っ掛かった人の中に新型コロナの人が紛れている可能性はありますので、一概に意味がないとは言えないでしょう。
ただし、この検温によって新型コロナの対策として十分と考えることはできません。
検温をすり抜けて施設内に入る新型コロナ感染者がたくさんいるであろうことを想定した上で、対策の一つに過ぎないと割り切って用いるべきと考えられます。
ちなみに、熱があることを自覚されている場合は、無理をせず休むようにしましょう。
新型コロナかどうかに関わらず、体調がすぐれないときには休むことはとても大事です。
そういう意味では、新型コロナ感染者を引っ掛けるためではなく、本来休むべき人を引っ掛けるという目的では、入り口の検温に意味はあるのかもしれません。
日本ではまだまだ熱があっても「オレがいないと仕事が回らねえから・・・」という昭和の理論で仕事をする人がいますが、この新型コロナの流行をきっかけに、体調が悪いときは休む文化が根付くことを願います。