<シリア・イドリブ>内戦にコロナが追い打ち ウイルスの見えぬ恐怖に疲弊(写真7枚)
◆新型コロナ感染拡大のシリア・イドリブ
シリア北西部イドリブは反体制派が統治する。武装組織各派がアサド政権の政府軍と対峙し、緊張が続く。住民は、空爆の恐怖や生活困窮に苦しんできた。そこに新型コロナウイルス感染拡大が追い打ちをかけている。地元記者を通して、現地の状況を取材した。(取材・構成:玉本英子/アジアプレス、協力:ムハンマド・アル・アスマール)
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◆デルタ株感染者急増で医療逼迫
ムハンマド・ハイル・アルジャド医師(40)は、集中治療室で何日も働きづめだ。
「8月ごろからデルタ株で感染者が急増した。人工呼吸器、酸素ボンベが足らず、人手もない。医療は逼迫している」
イドリブは、周辺地域での戦闘から逃れた避難民の増加で、人口400万人を超える。だが、医療施設は脆弱(ぜいじゃく)で、コロナ重症者が入院できるのはたった6病院という。その一つ、北部にあるシャム病院で最前線に立ってきたのが、ムハンマド医師だ。
「先月も友人の医師が亡くなった。戦闘の負傷者を何人も救った彼が、コロナで命を落とすなんて……」。
医療従事者はワクチンの優先接種を受けたものの、これまでに30人の医療関係者が死亡している。
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◆姿が見えないウイルスの恐怖
アサド政権は、反体制エリアとの関係を閉ざしているため、シャム病院は国外の人道機関から医療支援を受けてきた。物資はイドリブに隣接するトルコから入っていたが、国境が一時閉鎖され、医療機器や医薬品が不足し始めた。従来なら使い捨てだった防護服も、洗って再利用する。
看護師のイマード・アブザイドさん(37)は「ウイルスの姿は見えない。空爆の負傷者の手当てとは別の過酷さ」と話す。
シリアの11月中旬までの感染者は4万5000人、死者は2650人。これに反体制派エリアの数字は含まれていない。イドリブの保健当局の報告では、同地域内だけでも感染者は約9万人、死者1950人超で、実数はさらに多いとみられる。
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◆イドリブでもロックダウン
シリア政府軍やロシア軍は、反体制派地域の病院までも空爆する。イドリブ南部にあったシャム病院は爆撃で閉鎖され、昨年、北部に移転してきた。周辺には避難民キャンプが点在する。キャンプの不衛生な環境と狭いテントでの生活で、家族間の感染が広がっている。最も力のない住民が戦争の犠牲となり、ウイルスによっても命を奪われている。
9月中旬、イドリブでは2週間にわたってロックダウンが実施された。学校や職場、商店が一時閉鎖となったが、守らなかった人も少なくなかった。
「家に閉じこもれば感染しないだろう。でも外で働かなければ生きていけない。まず家族を食べさせなければ」。
露天商の男性はそう話した。
国際機関を通じて、イドリブにもワクチンが届けられているが十分ではなく、2回目接種を終えた人は全体の1%ほどだ。日本円換算で約350円で売られているマスク箱も、一日の収入がそれを下回る困窮家庭が多く、着用率は低い。
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◆戦争とコロナ禍の二つの重圧に苦しむ住民
戦闘で負傷した市民の救護活動に携わってきた市民組織、民間防衛隊(ホワイトヘルメット)は現在、コロナ重症者の病院搬送や遺体の埋葬も任務の一部となった。
「戦争とコロナ禍の二つの重圧にみんな疲弊しています。死にたくない、助けてと、私を見つめながら亡くなった患者さんのことが頭から離れません。少しでも多く命を救いたい」。
ムハンマド医師は苦渋の言葉をにじませた。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2021年11月23日付記事に加筆したものです)