「PCR検査なしで退院可能」としても本当に安全か
5月29日、加藤 厚生労働大臣より新型コロナ患者がPCR検査なしでも退院できる新たな基準を示しました。
これまでの基準では症状が軽快してから24時間が経過してから、2回のPCR検査の陰性を確認してからでないと退院できませんでした。
それが、発症から14日経って症状が軽快していればPCR検査をせずに退院可能となったわけです。
「PCR検査をせずに退院して本当に大丈夫なのか」
「まだ人にうつる可能性があるのではないか」
と不安に思われる方がいらっしゃるかもしれませんので、この新基準で本当に問題がないのか(結論から言えば問題ないのですが)、その根拠についてご紹介します。
症状が軽快してもPCR検査の陽性が続くことがある
新型コロナウイルス感染症患者での鼻咽頭の検体を用いたPCR検査が陰性になるまでは中央値で20日かかることが分かっていますので、2回連続で陰性になるには約3週間かかります(ちなみに無症候性感染者でも2回陰性を確認するまでに9日かかるとされます)。
すでに症状が改善し、ピンピンしている患者さんもこれまでは退院できずに、長い人では1ヶ月以上病院やホテルに隔離されている方もいらっしゃいました。
「PCR検査が陽性=感染性あり」ではない
PCR検査はウイルスの遺伝子の特定の領域を検出しているものです。
ウイルスそのものではないため、死んだウイルスの断片を引っ掛けているだけのことがあります。
ですのでときどき発症から30日以上経ってもPCR検査が陽性になり続ける患者さんがいらっしゃいますが、だからといってずっと感染性が続いているとは限りません。
「症状がない人もマスクをつけるべきか?」でもご紹介しましたが、新型コロナウイルス感染症は発症前に感染性のピークがあることが分かってきました。
つまり症状が出てからよりも、症状が出る前の状態の方が人へ新型コロナウイルスをうつしやすいということです。
この図は感染した日(発症した日ではありません)からの感染性の推移を見たScience誌に掲載された論文の図を元にTomas Pueyo氏が作成されたものです。
これによると人から人への感染は、
・発症前の時期が45%
・発熱や咳などの症状のある時期が40%
・環境(高頻度接触面など)を介した感染が10%
・無症候性感染者からが5%
と推計されています。
この図を見れば(発症からではなく)感染から12日後くらいにはすでに感染性がほとんどなくなっていることが分かります。
ではいつまで感染性があるのか
先ほど申し上げた通り「PCR検査で陽性=感染性」ではありません。
では「いつまで感染性があるのか」を推測するためにはどうすればいいかと言いますと、その方法の一つとして「ウイルス培養」を用いた方法があります。
生きたウイルスが培養できるということは、その時期には感染性のあるウイルスがたくさん排出されていると考えることができます。
したがって、この「培養できるウイルスが分離できるまでの期間」は概ね「感染性有り」と捉えることができます。
新型コロナ患者の感染性を調査したこの研究では、発症から8日目まではウイルス培養が陽性になる事例がありますが、9日目以降で陽性になった検体はありませんでした。
つまり8日目までは感染性のあるウイルスが分離できたということになります。
ウイルスが培養されるためにはある程度のウイルス量が必要となるため、9日目から全く感染性がなくなるとは言い切れませんが、一つの指標として考えることができるでしょう。
また、台湾から100例の確定患者とその濃厚接触者2761人(このうち22人が後に新型コロナウイルス感染症を発症)についての報告では、濃厚接触者のうち発症したのは、発症前または発症から5日以内の確定患者と接触した人だけであり、発症から6日以降に確定患者と接触した人のうち新型コロナに感染した人はいませんでした。
これら2つの研究から、発症から1週間を超えればほとんど感染性はなくなることが示唆されます。
というわけで、発症から14日以上経過していれば他の人にうつす可能性はかなり低いと言って良いでしょう。
なお、稀な事例として退院後に再度新型コロナウイルス陽性となる方が確認されています。
しかし、韓国での調査では、この再陽性の事例はウイルスの残骸を再び拾っているだけであって、感染性はないと報道されています(まだ論文化はされていないと思われます)。
South Korea Says Patients Who Retested Positive After Recovering Were No Longer Infectious
しかし、念には念をということで厚生労働省は新型コロナ患者に退院(=隔離解除)後も4週間は以下のことを徹底するよう推奨が出ています(医療機関における「新型コロナウイルスの陰性が確認され退院される患者の方々へ」の配布について. 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部. 事務連絡 令和2年3月6日)。
●一般的な衛生対策を徹底してください。
・石けんやアルコール消毒液を用いて手洗いをしてください。
・咳エチケット(マスクやティッシュ、ハンカチ、袖、肘の内側などを使って口や鼻をおさえる、マスクの着用等)を守ってください。
●健康状態を毎日確認してください。
・毎日、体温測定を行い、発熱(37.5℃以上)の有無を確認してください。
●咳や発熱などの症状が出た場合
・速やかに帰国者・接触者相談センターに連絡し、その指示にしたがい、外出時には必ずマスクを着用して、必要に応じて医療機関を受診してください。帰国者・接触者相談センターへの連絡及び医療機関の受診にあたっては、あらかじめ新型コロナウイルス感染症で入院していたことを電話連絡してください。
これらの感染対策を退院後4週間徹底していれば、万が一再び陽性となってしまった場合も、濃厚接触者となる方は出ないはずですし、もし仮に再陽性になってしまった方と接触してしまったとしても、新型コロナに罹患する可能性は低いでしょう。
以上より、発症から14日経っていればPCR検査をせずとも退院することは妥当と考えられます。
退院した患者と接触しても感染するリスクはないと考えてよく、医療資源を有効に活用する上でも第二波に備えるための必要な方針と思われます。