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最強をうたうGoogle産の将棋AIに、プロ棋士として望むこと

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
人間vsAIの電王戦で使用されるロボットアーム(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 Google系列の英DeepMindが2018年12月6日(現地時間)に発表した論文で、あらゆるボードゲームに対応できる汎用性を持つプログラムである「AlphaZero」が、チェス・将棋・囲碁のそれぞれの最強AIを短期間で超えたことを明らかにした

 将棋に関しては昨年にもDeepMindは発表を行っていたが、今回は棋譜(将棋の対局を記録したもの)が公開されたことで、その実力の一端を見ることができて大きな話題になっている。棋譜は上記リンク先よりダウンロードできるようになっており、誰でも閲覧が可能だ。

 その棋譜を見ると、AlphaZeroは2017年の将棋AIチャンピオンであるelmoに9割勝っており、また将棋の内容もその実力を示している。

将棋AIの現在地

 いま将棋AIはどの程度の実力を持っているのか、ここで整理しておく。

 2017年4・5月に行われた第2期電王戦で、Ponanzaが佐藤天彦名人に2連勝し、完全に人間を超えたとされた。

 そのPonanza(バージョンアップ版)は同年5月の大会で、今回AlphaZeroが対戦しているelmoに敗れた。

 Ponanzaに勝ったelmoに人間が及ぶわけはないが、そのelmoに9割勝つAlphaZeroの実力は、人間の想像を超えるところにある。

 翌年5月の大会では、(不運もあったが)バージョンアップしたelmoは二次予選で敗退し、新興勢力のHefeweizenが優勝した。将棋AIは群雄割拠である。大会後も、ここで優勝した将棋AIを超えるものが次々に現れ、実力はうなぎのぼりと言っていい状況だ。

Google産将棋AI「AlphaZero」の特徴

 AlphaZeroの最大の特徴は受けの強さだ。玉の一人旅も厭わない。

 今回は羽生竜王が、AlphaZeroとelmoが対戦した100局の棋譜から10局をセレクションしている。その中から特徴がよく現れた1局をご紹介しよう。

 先手がAlphaZero、後手がelmoだ。

 横歩取り戦法で始まり、迎えた第1図。elmoが強襲をかけている。

AlphaZero-elmo ファイルNo.18より
AlphaZero-elmo ファイルNo.18より

 一見すると飛車で自陣を荒らされて、先手が危険に見える。しかしここからAlphaZeroが受けの強さを発揮する。

 ▲1八香△1九飛成▲4七玉(第2図)

AlphaZero-elmo ファイルNo.18より
AlphaZero-elmo ファイルNo.18より

 自陣の香と金を、玉を移動させることで自陣の竜をきかせて取られないようにした。

 割れそうな薄い氷の上を歩くような受けだ。一つでも齟齬があれば破綻しそうで、怖くて私にはこの順は指せない。

 以下、△4九竜▲5六玉△7三桂▲6六歩(第3図)

AlphaZero-elmo ファイルNo.18より
AlphaZero-elmo ファイルNo.18より

 先手玉は一人旅を続ける。この玉が竜の守備力と相まって捕まらないのだ。

 羽生竜王はAlphaZeroについてコメントを寄せているが、その中で

 「局面の主導権を握りながら玉を盤の中央に移動させている。このユニークな指しまわしは将棋の新しい可能性を示しているように思う」

 といった趣旨を述べている。まさにその言葉通りの指し方だ。

 

 この対局はその後、第4図に進む。

AlphaZero-elmo ファイルNo.18より
AlphaZero-elmo ファイルNo.18より

 玉が4八に戻っており、もはや同じ対局とは思えない。しかし着実にリードを広げており、結果203手という長手数でAlphaZeroが勝利を収めた。

 従来のAIと異なる作り方をされているAlphaZeroは、独創性が際立つと論文には掲載されている。

 それがこの将棋に現れた特徴といえるのだろう。

 ただ、分からないところもある。驚異的に高いスペックのPCを使っていることで読みの深さが尋常ではないこと。ソフト同士の実力に差があること。こういった要素もあり、本当にこれが特徴だと言い切れないところもある。

AlphaZeroに望むこと

 先ほど将棋AIの現在地について書いたが、いまの最強将棋AIもelmoに9割勝つと言われている。

 参考記事:AlphaZeroに投了宣言しないといけないかも知れない

 つまりAlphaZeroが最強か、elmoを物差しにすると測りにくい。先ほどの対局も、第1図の時点でいまの最強将棋AIも瞬時にこの手順と先手の有利を示す(筆者の自宅のPCで将棋AIのorqhaを使って測定。PCは通常の家庭用よりはかなりスペックが高い)。

 現段階では、AlphaZeroは世界最強レベルにあることは間違いないが、No.1かどうかは、棋譜だけでは分からないのが正直なところだ。

 やはり真の実力を見るには、実際に同程度の将棋AIと対戦することが一番だ。

 毎年5月に行われる大会は、正式名称を「世界コンピュータ将棋選手権」という。AlphaZeroにはぜひ大会に出場して、世界最強であることを証明してほしい。

 また、世界最高クラスの企業が生み出すAIと、最高クラスの人間の頭脳がぶつかりあったとき、なにが起こるだろうか。

 このシンクロを生み出せるのは、老若男女、人間機械を問わずに競い合える将棋というゲームの良さである。

 どんな棋譜が生み出されるのか、考えるだけでワクワクするのは私だけではないであろう。勝ち負けにこだわらず、人間とAIが共存する社会を示す道標という観点でその勝負を見てみたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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