サッポロさん・ファミマさん、「EじゃなくてもAじゃないか!」キャンペーンはいかがでしょう?
サッポロビールとファミリーマートが共同開発し、2021年1月12日から発売予定だった「開拓使麦酒仕立て」が急遽、発売中止になった。本来は「LAGER」と表記すべきところ、「LAGAR」と、スペルを間違えていたのがその理由だ。つまり、「E」と書くべきところを「A」にしてしまった。成分や表示にはまったく問題がないとのこと。
開発担当者の方は、どこにも行き場のない気持ちを抱えていらっしゃるのではないだろうか。おそらく何ヶ月もかけてこのビールづくりに尽力してきて、中身は申し分ないのにもかかわらず、表面(パッケージ)でスペルミスがあったという理由で販売がかなわないのだから・・・
パッケージの版下はダブルチェック(二重チェック)したはず
筆者も食品メーカー勤務時代、パッケージの版下(文字やイラストなどがレイアウトされたもの)のチェックを全ての製品で行っていたので、デザインが決定してからのプロセスは想定できる。たった一人がパッケージをチェックするというのはありえないので、二人以上が目を通していたはず。しかも、今回関わっているのは一社ではなく二社だから、二社の複数の担当者がパッケージデザインをチェックしていたであろう。そのダブル(二者)チェック・トリプル(三者)チェックがすんなり通ってしまい、缶に印刷され、ビールを充填するまで気づかなかった・・・というのもちょっとびっくりした。「ラ(あ)ガ(あ)ー」と心で唱えていたら、表記が「E(え)」じゃなくて「A(あ)」になったのかもしれない。
だが、版下チェック経験者として言えるのは、たとえ何十人がチェックしていたとしても、ミスは起こりうる。「え、なんで?チェックした全員の目が節穴だったの?」というようなポカミスも・・・。改訂したはずなのに、なぜか印刷会社の段階で、改訂前の版下に入れ替わってしまっていたこともあった。
「廃棄になっちゃう?」「そんなの今どきじゃない」の声
筆者は食品ロスをテーマにしているので、発売中止が報道された後のこの三連休中に、食品メーカーや食品小売にお勤めの方、それ以外の方から「缶の詰め直しなどできないだろうから廃棄になりそう」「これで廃棄なんて今どきじゃない」「どうにか無駄にしない方法はないだろうか?」「もったいないので廃棄しないで欲しい」との声が相次いだ。
今回の新商品は、全国のファミリーマート16,300店舗で販売予定だったとのこと。量も膨大だろう。
20年前に厚生労働省が「自主回収の判断基準は健康被害があるかどうか」
2000年に、ある大手乳業メーカーの食中毒事件があった。この件のあと、食品の品質に対し、神経をとがらせた消費者から、クレームが相次ぎ、食品メーカーの多くが自主回収に追い込まれた。筆者の勤めていたメーカーも、2000年の夏に2回、自主回収せざるを得なくなった。朝7時から夜10時まで、2日間連続でクレームの電話を受け続けた。いわゆる「社告」といって、企業が自主回収するときに新聞に出稿するお詫び広告が、ほぼ連日、新聞の社会面をにぎわせた。
「こんなことで自主回収するの?」といったものまで大量に自主回収される事案も散見された。当時の厚生労働省が、企業が自主回収するか否かの判断基準として「消費者の健康被害があるかどうか」を冊子のマニュアルのような形で発表した。確かに、過剰に自主回収して廃棄ばかり繰り返していては資源の無駄になってしまう。
あれから20年以上が経とうとしているが、相変わらず企業は「健康被害はないが、念の為に回収します」を繰り返している。あの大規模な食中毒事件のときに何を学んだのだろう。今回の件は、自主回収ではなく、販売中止だが、売って利益を得るはずだった商品を世に出さないという意味では似通っている。
「E」じゃなくても「Aじゃないか」キャンペーンの提案
Yahoo!ニュースでの報道にオーサーコメントを書き、それをSNSでシェアしたところ、ある企業の広報担当者の方から
もしもわたしがこの担当者だったら、
「E」じゃなくても「Aじゃないか!」キャンペーンを展開します。
あっという間に売り切る自信ありますけどね。
つくる責任、つかう責任果たさなくっちゃ
というコメントをいただいた。確かに、SDGsの12番のゴールである「つくる責任、つかう責任」も果たせるし、ユーモアがあって、なかなかいいのではないかと思う。ちなみにこの方は広島在住なので、本音は「Aじゃろ」だそうだ。
筆者の投稿に、ビールを販売する食品メーカーに勤務した経験のある方からは、こんな声もいただいた。
貴重品!買います。美味しさに変わりは無い。と笑って皆んなで美味しく飲めば良いのです。
担当者の方は反省して次に失敗しないよう英語を学ぶ。(笑)
明るく笑顔で食品ロス対策!
アレルゲン表示のミスは命に関わるので許されないが、スペルミスなら、それでもよかったのではないか。時すでに遅しかもしれないが。
追記(2021年1月11日15:39)
「ビールの表示に関する公正競争規約及び施行規則」 の第6条で、実際とは違うように誤認させる表記を禁じており、これに抵触してしまうので販売できないのでは、ということを教えていただいた。また、スペルミスの「LAGAR」がワインの葡萄を圧縮する場所 という意味もあるとのこと。
あくまで筆者が食品メーカー勤務時代の経験ではあるが、食品表示の規則に抵触するような内容の食品パッケージの版下を印刷に廻してしまい、それがアレルゲンなど命に関わるような情報ではない場合、書面で報告書を書いて、管轄の保健所へ担当者が謝罪と説明に行った(筆者も複数回行った)。(誤記を)シールで対応できる可能性や、そのコスト、かかる期間について報告したケースもあった。中身と表示の違いが深刻な内容でない場合、保健所は自然切り替え(そのパッケージが売り切れて自然に新しいパッケージに切り替わること)を許可してくださった。健康被害がないのに全量を廃棄していたら、食品も容器包装の資源も、すべてが無駄になってしまう。
今回の場合、資源を無駄にしないような努力をした上での「販売中止」なのかどうかはわからない。なんらかの事情で「販売中止」しか選択肢がありえないのかもしれない。だが、今ある資源を有効に使いたい、この商品の開発に関わったすべての人の労力や時間(=命)が報われる対応であってほしい、というのは、多くの人の願いだと思う。
参考情報
伝統的な製法を用いた濃醇なビールが登場 「サッポロ開拓使麦酒仕立て」新発売 ファミリーマートとサッポロビールの共同開発(2021年1月5日 二社共同プレスリリース)