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アフリカへの投資は実を結ぶか

六辻彰二国際政治学者

アフリカへの経済的関心

8月27日、安倍首相がアフリカ北東部の小国、ジブチを訪問しました。ジブチは紅海に面し、インド洋と地中海を結ぶ国際海運の要衝にある立地上、以前からフランス軍をはじめ西側各国が海上兵力展開の拠点としてきた国です。近年では、紅海やインド洋で多発する海賊(その多くは内戦がおさまらないソマリアのグループとみられます)対策のため、2009年から自衛隊も派遣されています。日本の首相として初めてとなる今回の訪問は、安倍首相の強い希望で実現したということで、多国間の安全保障協力に積極的な姿勢をうかがうことができます。

同時に、今回の訪問は、日本政府のアフリカへのアプローチ強化の一環とも理解できます。今年6月、アフリカ各国の首脳を招いて横浜で開催されたTICAD V(第五回アフリカ開発会議)で、日本政府はアフリカへの投資の促進を掲げました。TICAD Vの開会スピーチで安倍総理は、5年間でアフリカに向けて3.2兆円の資金移動を約束しましたが、そのうち援助は1.4兆円。残りは民間投資です。さらにまた、インフラ整備の促進のために5年間で6500億円の資金供与、5年間で3万人の産業人材の育成なども約束しました。

TICADは日本の対アフリカ政策の基本で、これまでの4回では「アフリカの安定と開発のための協力」が重視されてきましたが、第5回では日本にとっての利益という要素も明示的に盛り込まれた、といえるでしょう。日本政府がWin-Winの原則を掲げたことは、その象徴です。

資源・エネルギーがリードするアフリカ向け投資

TICAD Vがメディアで多く取り上げられたこともあり、(かつては考えにくかったことですが)最近ではいろいろなところで、アフリカ向けの投資に関する質問を受けることが多くなりました。端的に言えば、「アフリカは今後、ますます経済成長するのか」「日本企業もどんどん進出するのか」という疑問です。

これを考えるうえで、まず確認すべきは、アフリカはいま世界中からの経済的関心を集めていることです。GDP全体に占めるFDI(海外直接投資)純流入額の比率は、もはや東アジアとほぼ同水準で、これは海外からの関心の高さを示します。これを反映して、TICADと同様の会議が、中国や韓国、インド、ブラジルなどでも開かれています。いわば世界レベルでの「アフリカブーム」と呼べる状況があるわけです。

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各国がアフリカに寄せる経済的な関心を、投資の観点からみていきます。UNCTAD(国連貿易開発会議)のデータによると、2012年のアフリカ向けFDI(海外直接投資)は約470億ドル。そのうち、原油・天然ガスなどの燃料、および金や鉄鉱石といった鉱物に関連する投資が合計約176億ドル全体の約37パーセントを占めます。一方、電気・ガス・水道などが約64億ドル、輸送・通信関係が約29億ドル、食品関連が約22億ドル。金額ベースでみた場合、アフリカ向けの投資においては、圧倒的に資源・エネルギー分野への関心が高いことが分かります。

新興国の経済成長と生活水準の向上にともない、世界レベルで資源・エネルギーの需要が高まっていることは、広く知られます。一方、資源・エネルギー価格が高騰するほど、投資家を呼び込むことにもなります。いわば、実際に資源・エネルギーの需要が高まる側面と、それを当て込んだ資金移動によってますます価格が高騰する側面の両面があるわけです。

いずれにせよ、目立った産業がなかった国でも、海底油田などが発見された途端に各国からの投資が集まってくることは珍しくなく、2000年代にはギニア湾に面した西アフリカ一帯で新規の油田・ガス田開発が進みましたが、最近ではモザンビークなどインド洋に面した東アフリカ一帯でもこれが加速しています。

インフラ分野の投資と中国の存在感

そして、資源開発が進む国は、政府歳入の急増や景気の上昇が予測されることから、海外企業は異分野でも競って進出することになりがちです。なかでも、インフラ整備は社会的インパクトの大きさで、突出しています。水道、道路、電力、港湾など、いわば従来型のインフラ整備は、もともとアフリカで遅れていたのですが、他方でこれらは経済成長の基盤でもあります。これに加えて、近年では光ファイバーの敷設など通信分野に、多くの海外企業がビジネスチャンスを見出しています(アフリカにおける通信分野でのビジネスの活況についてはこちら)。

アフリカでのインフラ整備に、とりわけ食い込んでいっているのが中国です。中国の公的機関は情報の透明性が低く、さらに多くの機関が半ば独立的にアフリカへアプローチしているため、体系的な統計を入手することは困難で、断片的な情報から全体を推測するしかありません。例えば、中国政府による援助の資金調達を行う主要機関の一つであるEximbank(中国輸出入銀行)は、2005年の段階で、アフリカにおける200以上のプロジェクトに関与し、その金額は66億ドルにのぼるとみられています。同じ年、先進国によるアフリカ向けの二国間融資の合計が約118億ドルだったことに比べて、その金額の大きさがうかがえます【Deborah Brautigam (2008) "China's foreign aid in Africa: What do we know?" in Robert I. Rotberg, ed., China into Africa: Trade, Aid, and Influence, Washington, D.C.: Brookings Institutions Press/ World Peace Foundation, pp.197-216.】。

ただし、中国の援助によるインフラ整備には、報告書・文献や現地の聞き取りなどから、いくつかの問題点を指摘できます。主なところをあげると、

  • 構造物にすぐにヒビが入るなど、品質に問題がある。
  • 工事を受注できる企業が、事実上、中国企業に限定されており、さらに中国企業が中国から労働者を大量に連れてくる(なかには中国人労働者よりさらに賃金の安いパキスタン人なども含む)ため、現地での雇用機会などが制限されること。
  • 多くの現場では超過勤務手当などに関する当該国の労働法規が適用されず、(法令で定められた最低労働賃金を下回る給与しか払わないなどの)中国式の労働者管理が行われていること。
  • 必要な資材の、少なくとも50パーセント以上は中国から輸入する契約になっており、現地に選択の余地が乏しいこと。

これらの問題を受けて、近年ではアフリカにおいても、民間の資金を活用したインフラ整備の手法であるPPP(官民パートナーシップ; public-private partnership)に対する関心が高まっています。これは中東などでは既に行われており、代表的な手法としては、海外の民間企業が発電所などを建設(build)し、一定期間操業(operate)し、その後に当該国政府に譲渡(transfer)するBOTと呼ばれるものがあります。初期費用は基本的に企業が負担しますが、その後の運用と譲渡で利益を回収する仕組みです。BOT以外にも、最近のアフリカでは、国営の通信会社とボーダーフォンなど海外企業がジョイント・ベンチャーを設立し、これが携帯電話などの通信網の整備と通信事業を行う例も稀ではありません。

これらPPPを活用することで、特定の国による有償資金協力に依存せず、投資という形態でインフラ整備が可能になります。TICAD Vにあわせて横浜で開催された、アフリカでのインフラ整備向けの投資に関するセミナーでも、アフリカ側の出席者からこの分野における日本企業の進出を期待する旨の発言があったと伝えられています。

投資の増加でアフリカ経済は成長する?

資源・エネルギーやインフラ整備を中心に、現在のアフリカに投資が集まっていることは間違いありません。また、海外からの資金流入がアフリカのGDP成長率を押し上げる、大きな原動力になっていることもまた確かでしょう。しかし、「アフリカの経済成長は持続するか」、そして「日本企業がアフリカに進出するか」に関しては、必ずしも楽観できません。

まず、アフリカ経済の成長の持続性から。繰り返しになりますが、現在の「アフリカ・ブーム」は資源価格の高騰を大きな背景としています。しかし、資源に偏在性がある、つまり国によって産出の有無が大きいことは言うまでもなく、アフリカでも全ての国が豊富な資源に恵まれているわけではありません。たとえば、安倍総理が今回訪問したジブチは、基本的にほとんど何も産出しない国で、それがゆえに各国軍隊による基地利用に依存する経済構造があります(基地関連の収入に大きく依存する横須賀を国にしたようなものです)。さらに、資源が有限であることもまた言うまでもなく、実際に産油国のガボンでは既に産油量がピークを過ぎたといわれます。そうなると当然、将来的な投資の目減りも予測されます。

これらいずれの地域にも該当するような理由に加えて、アフリカ特有の事情も看過できません。世界銀行のデータによると、アフリカにおけるGDP全体に占める製造業の比率は、2011年のデータで12パーセント。東アジアの22パーセントはもちろん、アフリカとともに世界最貧地帯の座を争う南アジアの16パーセントにも及びません。海外からの投資が製造業の発達を促し、経済成長を実現させた東アジア、東南アジアなどと異なり、アフリカの場合製造業はほとんど発達していないのです。他方、同じ年のアフリカ全体のGDPに占めるサービス業の比率は59パーセントで、南アジアの56パーセントを上回っています。つまり、アフリカでは所得水準の低さのわりに、第三次産業つまりサービス業の比重の高さが目立つのです。

一般に、経済水準が上昇するほど、一次産業より二次産業、二次産業より三次産業の比率が高まります。ちなみに、先進国の2011年のGDPに占めるサービス業の比率は75パーセントでした。当然のごとくこれには及ばないものの、アフリカでは海外からの財・サービスの移転が進むなか、卸売り・小売り、通信、観光などを中心とするサービス業が急速に活発化しているのですが、他方で多くの雇用を吸収し、安定した経済成長を促しやすい製造業は停滞しているといえるのです。

これをどのように評価するかは、意見が分かれるところでしょう。一方では、欧米諸国やアジアがたどったものと異なる、独自の発展のルートをアフリカがとりつつある、という観方ができます。しかし、他方では、モノを生産しないで販売だけ活発化する状況を、長期的に安定した経済成長に結び付かないのではないかと、懸念をもってみることもできます。現状において、いずれが正しいかは判然としません。しかし、多くの国がたどったルートと異なる発展経路、という考え方は魅力的であっても、少なくとも確実性という観点からみた場合、これまでにないものであるだけに、不安要素を多く抱えるものといえるでしょう。

もちろん、なかにはほとんど資源を産出しないにもかかわらず、好調な経済成長を実現している国もあります。なかでも、農産物の多角化を推し進めるエチオピアや、ICT産業に活路を見出し「アフリカのシンガポール」を目指すルワンダなどは、その堅調な経済パフォーマンスで注目されています。

とはいえ、これらは海外の企業や投資家を意識した、免税措置など外部からの投資を誘致するための政策や、登記や銀行口座の開設などに関するアクセス改善を全国規模でスピーディーに展開できる、「強い政府」を備えている点で際立っています。意外に思うかも知れませんが、アフリカでは必ずしも民主的でない国が多いのですが、その一方でいわゆる「強い政府」は多くありません。アフリカでは各国内部の数十~数百のエスニシティ(民族/「部族」)ごとの人的結びつきが強固で、これが政府要人をして特定のエスニシティに優遇措置をとらせるため、結果的に国家レベルでの発展が阻害されがちです。

つまり、その善し悪しはともかく、アフリカでは東アジアや東南アジアで一般的な、政府が強引なまでのリーダーシップを発揮して産業を育成する、「開発独裁体制」による経済成長もまた難しい状況があるのです。この観点からすると、内戦を勝ち抜いたグループが政権を握り、国内の融和を図りながらも、国内産業を育成して安定的な経済成長にリーダーシップを発揮できるエチオピアやルワンダの政府は、アフリカで稀な存在とさえ言えます。言い換えれば、アフリカには国民の政治参加を抑制する意味では強権的でも、実効性のある法令や制度を設立・運営し、全国レベルで政策を実施できる「強さ」を備えていない政府が多いのです。

製造業の未発達に象徴される、安定的な経済成長の基盤の欠如と、政府の脆弱さによる、経済成長を維持するための仕組みの未発達。この二点から、アフリカ・ブームが脆い基盤に乗ったものと言えるでしょう。

日本企業はどんどんアフリカに進出する?

次に、日本企業がアフリカに進出する可能性について。多くのブームには仕掛け人がいます。少なくとも日本のアフリカブームの場合、政府が仕掛け人といえるでしょう。ただし、仕掛けに多くのひとが乗らなければ、実際に「ブーム」は発生しません。政府による旗振りは、民間企業の進出を促すことができるのでしょうか。

1990年代以降、日本政府がアフリカにアプローチしてきた背景には、主に以下の2点があげられます。

  • 資源の確保
  • 国連安保理の常任理事国入りに支持を取り付けること

しかし、2001年以降の対テロ戦争により、「貧困がテロの温床となる」という認識が広がったことに加えて、資源・エネルギー価格の高騰も手伝って、欧米諸国はそれ以上にアフリカ向け援助を増加させてきており、アフリカにおける日本の存在感は埋没する一方です。既に述べた、中国など新興国がアフリカ進出を強めていることもまた、日本政府の危機感を煽る要因としてあげられるでしょう。その一方で、自らの財政赤字もあり、日本にはアフリカ向け援助を大規模に増やす余裕はありません。これまでTICADの場でほとんど取り上げられてこなかった、日本企業による投資やWin-Winの原則は、この背景のもとで出てきたのです。

ただし、政府が旗を振ることと、それによって企業がアフリカ進出を加速させることがイコールでないことは、言うまでもありません。TICADと並行して行われた、各国代表団との会合で、経団連などはアフリカ投資に前向きな姿勢を表明しました。しかし、日本企業にアフリカ進出を躊躇させる要因は、いまだ多くあります。

JETRO(日本貿易振興機構)の2012年度調査によると、既にアフリカに進出している日本企業のうち、回答のあった168社の87.8パーセントが「経営上の最大の問題」として「政治的・社会的安定」をあげています。「アラブの春」でみられたような政変、アルジェリア人質事件のようなテロ、強盗に至るまで、いわゆるカントリーリスクがアフリカで大きいことは確かで、これは新規のアフリカ進出を考える企業にとって高いハードルになることは否めません。現地の警察などがあまり当てにならないことも、これに拍車をかけています。

これに加えて強調するべきは、日本政府の立場と日本企業の要望の間に、少なからずギャップがあることです。

やはりJETROによる、既にアフリカに進出している企業を対象とする2012年度調査における「進出動機」の項目で、最も多かった回答は「市場の将来性」の68.2パーセントでした。一方、「収益性」は21.0パーセント。つまり、多くの企業は短期的な利益ではなく、今後アフリカが経済成長し、消費が益々増加した時に備えて、今のうちから進出しているのです。

他方、この質問項目に対する回答のうち、「天然資源」は22.3パーセント、「日本のODA」は15.3パーセントにとどまりました。ここからは、アフリカにおける資源の争奪戦に「乗り遅れる」との危機感を募らせ、援助の増加でこれを挽回しようとする政府との温度差を見て取ることができます。

企業側からの政府に対する期待に関しても、両者のズレは見受けられます。この調査で「経営上の最大の問題」の第2位にあげられていたのは、「規則・法令の整備、運用の不備(77.7パーセント)」でした。アフリカでは契約履行に関する司法の独立性の不備を含めて、経済関連の制度が未発達なところが多く、役所でもいわゆるたらい回しが珍しくありません。そして、処理を早く進めることの見返りとしてワイロが横行する国もまた、少なくありません。

その観点からすれば、同じ調査で「求められる日本政府の企業支援」に関する回答の第1位が、「相手国政府への各種要望伝達(制度構築、改善指導など)」の57.8パーセントだったことは、不思議ではありません。この項目での回答のうち、「政府高官によるトップセールス」は33.6パーセント、「資金面」は31.3パーセントでした。つまり、チャレンジングな企業の多くが日本政府に期待するのは、仕事をもらうことではなく、現地政府に対して不透明な立法、あるいは行政・司法を改めるよう働きかけ、他の海外企業や現地企業と共通の土俵で勝負できるようにしてもらうことといえるでしょう。

ところが、これは現在の日本政府の立場からは、最も縁遠い部分の役割です。資源を確保するにせよ、安保理常任理事国入りの支持を取り付けるにせよ、相手国政府との「友好関係」が大前提となります。言い換えれば、相手国政府にとって「耳障りの悪い話」をしない、というのが日本政府の行動パターンです。

例えば、英国政府の場合、資源開発に係わる不透明な資金移動を抑制するフォーラムとして、「採取産業透明性イニシアティブ(Extractive Industries Transparency Initiative: EITI)」を2003年に発足させ、アフリカ諸国を含む各国に参加を呼びかけました。EITIそのものの効果はともかく、資源開発をめぐる贈収賄などの問題が多発する状況に鑑みれば、資金の透明性を高め、資源の持続的利用を促すという、誰しもが公式には否定できない一方で、(資源採掘に関連するワイロを常態化させている)資源産出国の政府高官からすれば「大きなお世話」というルール作りが行われたことは評価できると思います。しかし、こういった取り組みで日本がイニシアティブを発揮したという話は、外務省関係者以外からは、寡聞にして聞いたことがありません。

欧米諸国の場合、やはり援助をする一方で、それが自国企業にとっても必要であることから、透明性の低い制度の改善や、財産権の保護を含む人権保護といった、相手国政府の嫌がることも伝えることが(常にではありませんが)稀でありません。もちろん、留学生の招聘によるエリート育成や軍事援助といったコストをかけていることが、これを可能にしている側面も見逃せません。一方、新興国なかでも中国は、相手国の法令や制度に関して一切口を出さず、むしろ相手国政府要人との(往々にしてワイロが付きまとう)インフォーマルな人的関係を重視しています。

これらと比較して、日本政府は、少なくともアフリカにおいて、かなり特異なポジションにあります。何でも口出しするのがよいともいえません。しかし、相手国政府への配慮が先立って、相手が嫌がることを何も言わなければ、ほとんど警戒も配慮もされないことにもなります。繰り返しになりますが、JETROの調査から読み取れることは、多くの日本企業が政府に求めているのは、「仕事をもらうこと」ではなく、「ビジネスが可能な最低限の土台を相手国政府に保障してもらうこと」といえるでしょう。日本政府が旗を振ることに一定の理解を示したとしても、この要望に応える姿勢を政府がみせない限り、日本企業がアフリカに大挙して進出することは想像しにくいのです。

「旗を振る」責任

個人的な感慨でいえば、約20年間アフリカを見続けてきた中で、今ほど日本国内でアフリカへの関心が高まった時期はなく、またアフリカの友人からも日本製品に対する高い評価を多くもらっていることを踏まえれば、できれば多くの日本企業にアフリカ進出を検討して欲しいと思います。しかし、要望や希望的観測、あるいは雰囲気だけでアフリカが経済成長に一方通行で向かっている、あるいは日本企業が大挙してアフリカに進出するとは、言い難い状況があります。

一方でまた、制度構築や改善指導などに関する企業の要望とのギャップに象徴されるように、日本政府による旗の振り方に疑問符がつきまとうことも確かです。日本では「仲良くしていれば、相手は関係性を鑑みて、こちらの要望を断れなくなるだろう」という考え方が一般的なのかもしれません。しかし、それは一定の空間・範囲において、固定的なメンバー同士で付き合う、農村的な発想と言えるでしょう。国家間の関係は、距離の伸び縮み、他の主体の関与、そして各自の能力の変化など、さまざまな変数が働くものであり、それほどウェットなものではありません。

必要性と有用性に基づいてアフリカに接近する以上、相手も日本を同様の観点から判断します。くどいようですが、いまやアフリカには世界中から投資や援助が集まってきます。いわばアフリカ各国政府の「売り手市場」なのであり、何も要望を言わなければ、そのままスルーされても不思議ではありません。

もちろん、「投資や援助をしているのだから、言うことを言って当たり前だ」というような、居丈高な姿勢で相手にアプローチしろと言っているわけではありません。札束で相手の頬をたたくような言い方は、日本国内で受けが良かったとしても、相手からみて、あるいは第三者からみて、ヒンシュクを買う以上の効果はありません。つまり、日本企業に「政府はちゃんと言いました」と弁明するためのアリバイ工作的なものではなく、相手国政府から多少うるさがられるとしても、少なくとも形式的には異論の余地のない、「透明性の高い法・制度の確立」の要請を継続し、そのための協力を続けることが必要といえます。

1857年、プロイセンの鉄血宰相ビスマルクを評して、当時のフランス外相ワレンスキーは、以下のように述べたと伝えられます。「普遍的な正義の言葉で自国の利益を包み隠すことが外交官の仕事である」。

当時の帝国主義的な外交政策そのものを称揚するものではありません。また、2003年のイラク攻撃のように、あまりに露骨に「普遍的な正義の言葉」を恣意的に使えば、その国の評判にかかわるため、慎重に行うべきとも思います。

しかし、現状において、TICADなどの公式の場における意思表示はともかく、日本政府の対アフリカ・アプローチには「普遍的な正義」と「自国の利益」を合一させる熟練の外交手腕を見出すことは困難です。そこには、「投資や援助を増やせばアフリカ各国政府は日本政府の要望に応えるだろう」といった思い込みがあるようにしかみえません。アフリカが世界中から見放されていた1990年代ならいざ知らず、逆に世界中からラブコールを送られている現在、それは楽観的に過ぎるといえるでしょうし、日本企業に安心材料を提供できないでしょう。日本政府にはアフリカ進出の旗を振るにあたって、場合によっては相手の痛いところに、そ知らぬ顔をして触れるだけの覚悟と、そのための行動の変化が求められるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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