12月は浴槽内溺水の季節 救急車が来るまでにできることがあります
毎年12月と1月は浴槽内で気を失うなどして溺れる人が増えます。昨年1年間で家庭の浴槽で溺れて亡くなった人は5,004人でした。寝落ちした経験者まで入れれば、実は誰もが浴槽内溺水の予備軍だと言えます。いざという時、助かるために自分でできることがあります。そして家族にできることがあります。
重要なことは呼吸の確保
浴槽内溺水とは、寝落ちを含めて気を失った、急病で気を失ったなどが原因で口と鼻が湯面についてしまって、お湯を吸うなどして窒息する状態です。つまり、窒息しなければ助かる可能性がある事故で、浴室内で発生する様々な急病や事故のうちの一部を構成します。
だからこそ、重要なことは救急車が来るまでに呼吸を確保することです。呼吸の確保のために、自分自身の努力と家族の努力と、それぞれ役割分担があります。実際の実技はとても簡単ですから、ぜひ覚えておいてほしいと思います。
【参考】4歳児までの幼児浴槽内溺水 冬の追い炊き状態で1人残すのは絶対ダメ
自分でできること
浴槽の浸かり方
もちろん、湯量を調整して浅くすれば、その分溺水の確率は低くなります。とはいっても、寒い冬にしっかり湯に浸かって身体を温めたいのもホンネです。
実際の現場に出場する数多くの救急隊員へのアンケートの結果によれば、浴槽から引きあげなければならなかった現場では、要救助者は前のめりになって顔を湯面に浸けていたことが比較的多いことがわかっています。仰向けの状態で顔面が沈んでいることの方が少ないのです。
和式浴槽の場合 壁面はほぼ垂直です。どうしても前かがみで入ることが多くなりますが、できるだけ浴槽の壁面に肩をつけるような形で座りましょう。高齢者で背中が曲がってしまうと、どうしても前かがみになります。この場合には、家族が入浴中に気を付けていることが重要です。
和洋折衷浴槽の場合 壁面は仰向けに寝そべるように斜面になっています。背中を壁面につけるようにして入浴します。ただ、和洋折衷浴槽内では、女性の溺水が多く見られます。なぜかというと、髪の毛を濡らさないように前のめりで座るからです。入浴中はヘアキャップなどを有効に使って仰向けにリラックスされたらいかがでしょうか。
浴槽の縁を有効利用
これまで寝落ちしたことがあるとか気を失ったことがあるとかいう人、あるいは自力で浴槽から上がれなくなったことがある人は、入浴時に浴槽の縁を有効利用します。
簡単に行うなら、浴槽の縁に腕をかけておきます。両腕を左右それぞれの縁にかけてます。浴槽の幅が広くて両腕を同時にかけることができなければ、図1に示すように両腕を一方の浴槽の縁にかけて垂らしておきます(注1)。
図1のように逆側の浴槽壁面にお尻が当たっていればこの体勢で意識を失っても沈んでいくことはありませんが、浴槽と体の大きさの関係によっては時間が経てば身体が浴槽内に沈んでいくこともありえますので注意は必要です。いずれにしても家族に発見されるまでの間、できるだけ長い時間にわたって呼吸を確保することが重要です。
和洋折衷浴槽なら、入浴の間は頭があたる縁に頭を乗せます。浴槽内では唯一頭が湯面上に出ています。頭の重さは体重の1/10程度あるので、意識消失とともに湯の中に頭が自然と沈んでいくことになります。この頭の重さを縁で支えておくことは、意識を失うことになった時に、あなたの命を助けてくれる要となります。
緊急を家族に知らせる方法
半ば意識を失いそうだとか、自力で浴槽から出ることができないとか、同居の家族に緊急を知らせるには、モノが落ちる音とか、たたく音が効果的です。
最も効果的なのは、洗面器が床に落ちる音。これが浴槽から聞こえてくると、かなりインパクトがあります。過去に浴槽内で急病を発症した経験があるのであれば、お湯に空の洗面器を浮かべておき、いざという時に浴槽外に投げてやります。
あるいは、図1のような体勢にあれば、浴槽の壁面を洗面器などを使ってたたきます。とにかく、いつもなら浴槽から聞こえてこないような音を出して同居の家族に緊急を知らせます。
家族にできること
お風呂に入っている家族を、ドアを開けて定期的に覗くのは効果的ではありますが、よほど注意の必要な人が入浴中でなければ、気が引ける方も多いかと思います。いつもより入浴が長いなと感じたら、声を掛けるのが標準的です(注2)。
浴槽に浸かっている人(ここでは傷病者と呼びます)に異常を感じて浴室を覗いてみたら、傷病者が返事ができない、意識がもうろうとしている、返事はできるけれど自力で浴槽から出られない場合、これらに当たれば、傷病者の呼吸を確保をして、119番通報して救急車を呼びます。それでは、具体的な呼吸の確保の仕方を学びましょう。
あご先を持ち上げる方法
傷病者を仰向けにできるようであれば、図2のようにしてあご先を持ち上げて呼吸をしやすくします。この状態で救急車の到着を待ちます。この方法では常に傷病者のあご先を持ち上げた状態にしなければならず、他の家族が119番通報できる場合に有効です。
浴槽の縁にもたれかからせる方法
傷病者に意識がないか、もうろうとしていて、しかも家族は自分しかいない場合には、傷病者を浴槽の縁にもたれかからせます。
動画1をご覧ください。やり方は、まず傷病者の自分に近い方の腕を浴槽の外にだします。次に自分から遠い方の傷病者の腕をつかみゆっくりと手前に引きます。そうすることで自然と傷病者の身体が回転します。傷病者の両腕を浴槽の縁の外に出します。たいていはこの状態で湯の中に沈むことなく安定します。傷病者をこの状態にしたら浴室から離れることもできます。そして119番通報します。
動画1 浴槽の縁にもたれかからせる方法(筆者撮影、19秒)
浴槽の外に出す方法
浴槽内で意識を失ったら、できるだけ早く浴槽の外に出すことが重要です。特にすぐに心肺蘇生法を行いたい時にはなおさらです。
浴槽にお湯が張ってあれば、実は比較的簡単に傷病者を浴槽から出すことができます。動画2をご覧ください。傷病者を見つけたら、傷病者の背中が手前に向くように体位を変換します。傷病者の脇の下に両腕を通して、傷病者のどちらかの前腕を握ります。「いち、に、さん」と掛け声をかけて傷病者を引きあげて、一度腰を浴槽の縁に下ろします。そして静かに腰を浴室の床の上に下ろします。
なお、この方法は浴槽のお湯を抜くとできなくなります。お湯を抜いたら引きあげは消防などのプロの救助者に任せます(注3)。
動画2 傷病者を浴槽の外に出す方法(筆者撮影、1分01秒)
講習会はぜひ受けてください
以上の実技は、比較的簡単に行えるものの、傷病者や引きあげる家族がなんらかのケガをする可能性があります。実施上の注意点を確認するため、リモートでもよいので、まずは講習会をしっかりと受講していただくことをお勧めします。
例えば、水難総合研究所ではそのような講習会を無料で行っています。家族の浴槽内溺水に備えてこの12月中にでも受講されたら、いかがでしょうか。
参考情報
図3は、不慮の溺死及び溺水によって死亡した者の数の2020年における月次統計です。不慮の溺死及び溺水には、浴槽内溺水の他の溺水も含まれていますが、浴槽内溺水が大半を占めるため、このグラフで季節ごとの傾向がわかります。このグラフによれば、12月と1月の死者数が圧倒的に多いことがわかります。
図4は、浴槽内で溺れて亡くなった人の数を年毎に表したグラフです。浴槽内での溺死は65歳以上の方が全体のほとんどを占めます。
グラフから2005年から65歳以上の方の死者数が急増していることがわかります。15歳から64歳までの年齢層では、年毎の変化にあまり顕著さが見られません。そのため、例えば2005年から急に浴槽の構造が変わったとかの要因(このような事実はないですが)では急増の説明ができません。
この数年では、65歳以上の方の死者数が少しずつ減少に転じています。近年、YAHOO!ニュースをはじめとして様々なメディアで冬の入浴の仕方について啓蒙が行われている結果かもしれません。このような啓蒙を参考にして、浴槽内溺水をはじめとする浴室内の急病や事故を減らしていきたいものです。
注1:片腕だけを縁にかけた状態では、意識消失とともに湯の中の身体が縁と反対方向に回転をはじめて、顔が水没します。
注2:入浴中は補聴器を外している方だと、声をかけても返事がないこともあります。そのような方の場合には、予め断っておいて浴室の戸を開けてみるとか、その家ごとの工夫が必要です。
注3:お湯が張ってあると湯の中の傷病者の体重がほぼゼロだから引きあげられるのです。お湯を抜いたら、素人では引き上げは難しいです。中には確かめもせずに解説がなされている例があるので注意が必要です。