「端午」に見る匠の技と遊び心。珍しい練り切りは、今にも動き出しそうな真鯉と緋鯉。
1903年創業、大学や美術館が点在するアカデミックな街と言われる文京区向丘にお店を構える「一炉庵」さん。
二十四節気ごとに上生菓子の意匠を変え、二週間で約15~20種類、年間約400種類もの上生菓子で目と舌を楽しませてくださる老舗の和菓子屋さんです。その拘りは意匠だけではなく、人工甘味料や酸化防止剤を使用せず、昔ながらの製法を守りながら良いものを作り続けていくという点からも、志の高さを伺えます。
小話といたしましては、かつて夏目漱石が住んでいた住居の近くということもあり、夏目漱石が愛し贔屓にしていた、という謂れも。
今回は、練り切りにはちょっと(かなり?)珍しい、今にも動き出しそうなほどリアルな鯉と清らかな水紋を表現した和菓子「端午」をご紹介。
抹茶で染められた深い萌黄色の縞模様の真鯉と、鮮やかな紅色が映える緋鯉のインパクトたるや。練り切りの概念からちょっとはみ出しつつも、それが職人さんの技巧と表現力により、意匠の面白さと芸術性の高さへと繋がっているような気がします。
均一のとれた鯉達は、木型によって施されたリアルな造形や鱗の一枚一枚にまで見入ってしまいそうな程。そこに命を吹き込むように羊羹で入れられた目玉のバランスが、どこか愛嬌のある愛らしさ。
練り切り餡は輪郭がはっきりとした甘味から始まったかと思うと、あっという間にさらさらと砂の山が崩れていくように舌の上で解けていく優しい味わいと舌触り。ずっと甘いというわけではなく、甘味に触れてからは繊細な味わいに変化していくところが上品な仕上がりです。
はらりと水面に触れた若楓が描く水紋からは、悠然と泳ぐ鯉と静かな景色が思い浮かびます。
静かな水景を思い浮かべつつも、瀧を上るように並べて「登竜門」を表現したくなるのも、こどもの日だからでしょうか。
(これは子供も大人も関係ない大事なことですけどね。)
そう思うと、鯉を1匹食べるごとに前向きな力が湧いてくるような気がしてきました。単純に美味しいので、もっと食べたいな…ということは、言わずもがなで。
美味しさだけではなく、情緒や日本特有の四季に思いを馳せられるようなお菓子でした。
<一炉庵>
東京都文京区向丘2-14-9
03-3823-1365
月~金 9時~18時
土日祝 9時~17時
定休日 火曜
東京メトロ南北線「東大前」駅より徒歩5分