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フランスの美味しい缶詰が、ロシア軍兵士に配られ、ネットで不買運動。敵の食べる権利とは

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
フランスの缶詰や冷凍食品ののブランド「ボンデュエル」(写真:ロイター/アフロ)

この事件は、悲劇だろうか、笑うしかないだろうか、悪だろうか善だろうか。

フランス人なら誰でも知っている、フランスの缶詰のブランド「ボンデュエル」。どのスーパーにも必ず売っていて、フランス語圏だけではなく他の国々でも食べられている、一般的な価格の製品を売る会社だ。冷凍食品も多い。

この会社の缶詰が、ロシア兵士に「新年のお祝いセット」として配られたという発信があり、ネットで猛批判を受け大炎上、不買運動が発生した。

フランスでは、日常的な食事に缶詰を愛用する。

どのスーパーにもかなり大きな缶詰コーナーがあり、日本のカップ&インスタントラーメンの列と同じくらい大きい。

ツナやトマトソースは言うに及ばず、野菜、温めればすぐステーキの脇における副菜おかず、サラダ、豆、ラタトゥイユなどのおかず、肉料理などなど、なんでもある。保存がきいて、とっても便利だ。

兵士と家族に善意のプレゼント

問題になったのは、一つのSNSだ。下の投稿の写真を見て頂きたい。

SNSのために、国境を越えて複数言語で拡散して炎上するのだから、すごい時代である・・・。

発信者に「ヤールツェヴォ・ライブ」と書かれている。ロシアのスモンレスク州からの発信のようだ。
発信者に「ヤールツェヴォ・ライブ」と書かれている。ロシアのスモンレスク州からの発信のようだ。

この投稿の写真では、4つの野菜の缶詰が写っており、その上にはロシア語で「親愛なる兵士たちよ、新年のご挨拶を! 一日も早い勝利をお祈りしています」と、まるで印字されているかのように見える。見える範囲では、テープなどで貼り付けたふうには見えない。

右のバスケットをもつ男性は、迷彩柄のズボンと、青と白の横縞の上衣を着ている。これはロシア軍兵士の制服の一部で、下着の「テルニヤシュカ」だという。

この投稿は既に削除されている。いつ投稿されたのかも、わからない。

フランスの民放テレビTF1によると、12月30日(金)以前には、SNS上にこの画像に関する痕跡がみつからないため、30日投稿だったのではとみなしている。

この投稿には、「ボンデュエル社から、武力紛争の1万人の参加者に送られます」、「会社は、守ってくれる人(兵士のこと)への支援は、ボンデュエルの社会的責任の不可欠な部分であると述べています」と書かれている。

さらに、「各戦闘員には、お祝いのリーフレットもおくられます。迅速な勝利を心から願うことは、食品パッケージ自体と同じくらい重要ですと、ロシアのボンデュエルの責任者であるエカテリーナ・エリセーエヴァは言っています」とも書かれている。

この文章からもわかるように、ボンデュエル社は、戦争が始まってもロシアでビジネスを続けている、数少ないフランス企業の一つである。

ロシアには3つの工場があり、1000人の従業員がいる。また、ジョージアやアルメニアなどの近隣諸国にも工場があると、ル・モンド紙は伝えている。

フードバンク主催の「優しさのカゴ」

一体、この「詰め合わせ」はなんだろうか。

同社は、キャンペーン「優しさのカゴ」への参加は認めている。

ボンデュエル社の広報担当者によると、ロシアのフードバンク(食糧銀行)が主催するこのキャンペーンは、最も恵まれない人々のために食料品を集めることを目的としており、「軍隊とは何の関係もない」という。

同社の参加は「毎年行われている」そうである。

このキャンペーンの公式サイトによると、「一人暮らしの高齢者、子供をもつ生活困難な家庭、障がい者など」を対象としているとのこと。

ボンデュエル社が、恵まれない人たちを助けるキャンペーンに参加していることを伝える投稿
ボンデュエル社が、恵まれない人たちを助けるキャンペーンに参加していることを伝える投稿

どういうやり方で寄付をするのかというとーー。

このキャンペーンに参加しているスーパーでは、同社の缶詰の詰め合わせキットや、他社のキットを売っている。

寄付をしたい買い物客はそれをレジで買って、フードバンクが用意した専用の箱に入れておくか、ボランティアの人に手渡すのだ。

クリスマスが近くなると、似たような方法の寄付は、フランスのスーパーでもよく行われている。フランスでは、スーパーで売っている物なら何でも良い(食料品だけではなく、ボランティアの人に衛生品を頼まれることもある)。ロシアでも同じであるようだ。

ところが、である。

このイベントは当然あちらこちらで記事になったり、宣伝されたりしたのだが、そこにはよく、動員された兵士の家族や兵士自身にも、このプレゼントが配られると書いてあるのだという。

例えば、クリミアニュースでは、12月21日に「善意のカゴには、守ってくれる人(兵士)の子どもたちや守ってくれる人自身のために、新年のプレゼントとして、お菓子など何でも置いていってください」と書いてあったという。

批判、不買運動、そして企業の反論

発端となったSNSは国境を越えて拡散し、炎上。ボンデュエル社は複数言語で叩かれ、ハッシュタグ付きの不買運動が起こり始めた。

SNS上には、同社の製品をゴミ箱に捨てる映像、言葉による批判は「まだロシアで金儲けをしているのか」「大量虐殺を支持している」「テロリストのスポンサー」など、激しい。

ボンデュエル・グループは声明で「この情報および、ボンデュエル社とその経営陣から成されたという発言は(中略)全くの虚偽である」と断言した。

「ボンデュエル・グループは、ロシアおよび近隣諸国における、人々の食料品へのアクセスを確保することだけを目的として、ロシアでの活動を継続している」とも述べた。

小包の中にあったという、ロシアの責任者・エカテリーナ・エリセーエヴァ氏の署名入りのメッセージについてはどうか。

同社は、彼女が確かにロシア子会社の取締役であることを確認した。

「Forbes」に掲載された経歴が示すように、彼女は1995年に翻訳者として学位を取り卒業、ロシアの情報機関であるFSB(旧KGB)で、実際に数年間を過ごしたのだという。

しかし、同社は「このメッセージは100%偽物です」と主張している。

投稿は100%フェイクなのか

さて、問題の発端となったSMSであるが(上掲)、ロシアのフェイスブックと言えるVKで発信されていた。

一番上に「Я́рцево L I V E」と書かれているが、これは「ヤールツェヴォ」という、ロシアのスモンレスク州の都市の名前である。

西はベラルーシと国境を接する州で、平時にはモスクワースモンレスクーベルリンの列車が通っていた。

果たして、このSNS投稿そのものが、100%偽造でフェイクなのか。

そうではないかもしれない。クリスマスの数日前には、兵士たちのための「人道的な荷物」が、確かに送られていた。

12月19日、スモレンスク州の知事・アレクセイ・オストロフスキー氏は、7トンの人道支援物資を送ったことを、自ら祝っていたのだ。

SNSに「特別作戦のゾーンへ旅立つ前夜、参加者と個人的に会うために」(中略)「新年のプレゼントと、両親からの手紙、子供たちの絵や絵葉書と一緒に、この人道的な荷物を、私たちを守ってくれる人たちに届けます」と書いて発信した。

この荷物の中に、ボンデュエル社の製品が入っていたのだろうか。

オストロフスキー知事の投稿。他にも要請にしたがって、サーマル下着、寝袋、ディーゼル発電機なども送ったという。
オストロフスキー知事の投稿。他にも要請にしたがって、サーマル下着、寝袋、ディーゼル発電機なども送ったという。

この点について、同社は「食料品の寄付の分配は自分たちの責任ではない」、「会社が人々に対して直接的に行った行動ではなく、寄付の分配を担当しているのはロシアのフードバンクです」と答えたという。

企業は、自社製品の行き先について、一切何も知らなかったのだろうか。

食べる権利

この問題をどう捉えるべきだろう。

SNS上で批判されているロシアの責任者についてはよくわからないが、少なくともフランス本社については、このようなことを行うほどバカではないとは思う。

ロシアで事業を継続しているフランス企業は20社ほどということだが、今までも批判にさらされてきたし、新たに批判されるのを常に待っているかのような状況だ。ちょっと火をつければ、燃え広がる素地はあったのだ。

ロシアの穀物自給率は100%を越えているので、西側の食品企業が撤退しても、国民が飢えて死ぬことはないだろう。しかし、野菜は? 

ボンデュエル社の製品は、フランスの会社だけあって、なかなか美味しい。人々が新年のプレゼントとして渡し、わざわざ兵士が前線にかついで持っていくのなら、やはりロシア人も美味しいと思っているのではないだろうか・・・。まずかったら、こんな問題は起きなかったかもしれない。

ロシア軍に配布される食料キットを見たことがあるが、こんなのを食べて戦っているのかと、気の毒になったほどだ。夏と冬では内容が異なっているという(パッケージも、冬は雪で目立たないような色になっているそうだ)。

ロシア軍の食料キット。
ロシア軍の食料キット。写真:ロイター/アフロ

異常な状況に置かれる兵士が、缶詰ではあるが、ちょっとでも美味しいと思える野菜を食べてはいけないのだろうか・・・。敵だから、食べ物も乏しく栄養失調でいいのだろうか。

残された兵士の家族もプレゼントの対象になっていたが、召集されたのは、地方の少数民族も含めて、どちらかというと恵まれない人たちなのだろう。エリートや権力者、お金持ちの家族に、真っ先に召集令状など来ないのだ、どこの国の戦争でも。

その人達に食料の援助をすることは、悪いことなのだろうか。

食べることは、人間の権利ではないのか。でも私はこのことを、侵略され大切な人を失ったウクライナ人の前で言えるだろうか。

飢えないのは人権である。飢えさせることは犯罪である。これはウクライナ人の前でも私は言える。でも、ロシア人兵士は、死んでしまうほど飢えているわけではなさそうだ・・・。

ロシアの一般の人たちは、心から善意で援助活動を行っている。だからこそ、やりきれない。もう本当に、こんな戦争を終わらせるには、国籍や民族を超えた、一人の人間としての権利ーー食べる権利、平和に生きる権利、自分の思うことを自由に言える権利、自分の行動の選択を自由にできて逮捕されない権利、すなわち人権を叫ぶ以外、方法がない。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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