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違法行為の命令は拒否できる? 公務員の「内部告発」に画期的判決

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 最近、内部告発や公益通報が話題になることが増えている。自動車・電機メーカーでの不正の報道が相次ぎ、今年5月には大塚食品では公益通報をしたことに対する報復を受けたとして労働者による訴訟が始まっている。NHK「クローズアップ現代」でも公益通報が特集されたばかりだ。

参考:“守られない通報者” 内部告発を社会の利益に(NHK)

 一方で近年、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEには、福祉・公共サービスなどに関わる業界で働く人たちから、内部告発の相談が相次いでいる。

 日本の産業構造はこの約20年で大きく変化し、医療・福祉や公共サービスの労働者数は、いまや製造業を超え、合わせて1000万人以上が働くほどになっている。一方でこうした業界は、経営者にとって利益が上がりにくいため、賃金未払いなどの労働基準法違反だけでなく、補助金の受給や職員数の基準、サービスの質などに関する「不正」が起きやすい傾向がある。

 しかも、不正を身近で目撃するだけではない。自分自身が上司から不正行為を行うよう命じられてしまい、倫理観と上司の命令の狭間で葛藤しているという相談も寄せられている。仕事の内容が人の命や生活に直結し、より高い使命感や倫理観の求められる福祉や公共サービスであるがゆえに、その悩みの深さは尚更だろう。

 そうした中で、今年2月、大津地方裁判所において画期的な判決があった。滋賀県大津市で働く職員の女性Aさんに対して、上司が違法行為を行うよう命じたという事実が認められ、この命令はハラスメントにあたるものとして、職員に対する賠償の支払いが認められたのだ。

 この判決は、福祉・公共サービスで働く人たち、特に地方公務員にとって、職場の内部告発を行うための、追い風になることは間違いないと思われる。いったい事件の内容や争点はどのようなものだったのだろうか。そして立ち上がった当事者はどのような思いだったのだろうか。原告Aさんの代理人、渡辺輝人弁護士(京都第一法律事務所)に話を聞いた。

「偽装請負」に手を貸すよう命じられて拒否した結果、異動へ

 まずは事件の概要を見ていこう。Aさんは滋賀県大津市に勤務しており、2018年に部署異動によって、大津市教育委員会の人権・生涯学習事業の推進業務の担当となった。具体的には人権啓発に関する有識者等による講演会の開催などが業務内容である。

 当時の大津市では、自治体の業務を外注化する傾向が顕著だったようで、この部署もその例外ではなかった。2017年から人権生涯学習事業の業務の一部が「大津市「人権・生涯」学習推進協議会連合会」という団体(以下、「連合会」)に委託されていた。大津市内には学区ごとに組織された「「人権・生涯」学習推進協議会」という団体があり、「連合会」はこの地域の協議会の会長及び事務局長等で構成されている任意団体だ。

 この事業を大津市から受託するにあたり、連合会は非正規雇用の事務職員を雇っていた。前任者と入れ替わりで、Aさんと同時期の2018年4月から新しく採用されたのがBさんだった。しかし、雇用主であるはずの連合会は、業務内容についてBさんに教育体制を整備しておらず、業務指示については、大津市に丸投げ状態だったのだ。

 Aさんは着任する前の前任者からの引き継ぎ作業の時点で、この連合会の職員の置かれた状況について疑問を抱いていた。市とBさんとの関係が「偽装請負」であり、違法行為にあたるのではないかということだ。

 請負契約や業務委託契約では、その労働者を雇用している請負元・委託元の会社が指揮命令をしなければならず、請負先・委託先が指示をすることは違法である。この状態が偽装請負だ。雇用と指揮命令が別だと、労働者に対する使用者の責任が曖昧になってしまう。大津市の職員が連合会の職員に直接指示をしているのなら、典型的な偽装請負というほかない。

筆者作成
筆者作成

 Bさんに対する偽装請負状態について、Aさんは上司に懸念を伝えた。しかし上司は、「仕事をする前からできないと言わずにやるように」と述べるばかりだった。

 その後もこの上司は、前年度も市の前任の職員が連合会の前任の職員に対して、業務指示を行っていたとAさんを説得した。そのうえで「Bさんは、連合会のことは何もわからない」「(Aさん)が全部教えてあげること」「Bさんに仕事の指示をしてください」などと業務内容の不明点をBさんに教えるよう繰り返し求めた。

 Aさんはハラスメント通報窓口である別の上司に、上司からハラスメントを受けていると報告した。これを受けて、ハラスメント窓口であった上司がAさんに対し、偽装請負は不適切ではあるが、今年度は「移行期間」であると弁解し、「ハラスメントにはあたらない」と告げた。さらに数日後、このハラスメント窓口の上司はAさんとの面談で、「直接、Aさんがこれやって、あれやって、直接、指示してあげないとBさんは仕事をできないから」、さらにAさんが退職の可能性に言及すると、「辞める覚悟やったら何でもできるわな」とまで発言した。

 Aさんは第三者機関に公益通報も行い、その結果、改めてハラスメント窓口の上司が偽装請負であることを認めたが、Bさんは直接雇用されることはなく、問題は本質的に改善されなかった。

 そればかりか、Aさんはこの後の人事評価において、「能力評価」の項目で過去一度もついたことのなかった「C」という低いランクを受けた。さらに10月には他の部署に異動させられてしまった。

 このような状況に陥り、Aさんは訴訟に踏み切ったのである。

違法行為を命じる職務命令は「ハラスメント」「違法」

 大津地裁は前述のような上司からAさんに対する命令について、「委託の業務につき直接指揮命令を行うよう求めたものと言わざるを得ず、違法行為を行うよう命じるものである」として、「それに服従すれば被告職員(注:Aさんを含めた大津市の職員)に同法違反を助長させる結果となるほどに重大であるから、当該職務命令自体も違法であるといわざるを得ない」(強調:引用者)と結論づけている。

 さらに、「連合会事務局職員(注:Bさん)へ指揮命令を行うという違法行為の実行を職務上の優位性を背景に命令するものであり、ハラスメント」であるとして、国家賠償法上の違法行為と認めている

 また、もう一人の上司からの発言についても判決は、「職務上の上下関係を背景として、業務上の必要を超えた発言をしたものとして国賠法上も違法」としている。

 このように、上司たちが部下であるAさんに対して違法行為を実行するよう命令したことがハラスメントであり、人権侵害に当たることが認められたというわけだ。

 ただし、低評価や異動については違法であるとは認められなかった。このため、敗訴した市側だけでなく、Aさん側も控訴している。

地方公務員は、明白に違法な命令に従わなくても「合法」

 今回の訴訟は、法律の解釈の観点からも、公務員による職場の「不正」の告発にとって、大きな影響力を持つことが予想される。ここで特筆したいのは、Aさん側が、違法行為を行うよう命令することが違法に当たるという根拠として用いた、地方公務員法32条である。同条は次のように定めている。

「職員は、その職務を遂行するに当って、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」。

 一見、「上司の命令には忠実に従え」という趣旨であるかのような印象を受けるかもしれない。しかし、大津地裁は同条について、次のように述べている。

「その立法趣旨は、一般に上司の職務上の命令があった場合に、職員が個々に違法性を判断し、違法と判断した場合にはそれに従う義務がないとすると、行政組織的一体性が損なわれ行政の運用が阻害されることとなるので、このようなことのないようにするために設けられたものと解され、従って、当該職務命令に瑕疵がある場合でも、何人が見ても違法であることが明白であり、それに服従すれば違法な行為を行う結果となるといったような場合を除き、職務命令は違法でないと解するのが相当である」。

 一見すると、公務員は自分で個々に違法性を判断することはできないという趣旨であるようにも見える。しかしよく読むと、「何人が見ても違法であることが明白であり、それに服従すれば違法な行為を行う結果となるといったような場合」であれば、上司の命令であろうとも違法行為に当たり、従わなくて良いという論理が明示されているのである。

 まさにこの解釈こそが、上司の違法行為の命令に対抗するための、Aさんや代理人弁護士が主張していた「武器」だった。大津地裁はこの解釈を明確にしたうえで、Aさんが受けた「職務命令自体も違法」だと具体的に判断したのである。

 ただ、「何人が見ても違法であることが明白」であるという判断はどのように行われるのかという論点は残る。今回は、Aさんが滋賀労働局に相談して、偽装請負に当たるという見解を確認して上司たちに報告したり、上司がBさんに対する指示は偽装請負であると認識する発言を明確にしていたことなどが決め手になったようだ。

 上司の命令が違法行為を意味していたときに、命令に従わなくてもよいという根拠が明確にされ、それが実際の命令について判断されたという実例の影響は大きいだろう。違法行為の強要に葛藤する公務員にとって、命令を拒否し、内部告発をするための力強い後ろ盾になる。

公務員個人は「違法審査権」を持っている?

 不正や違法な行為を仕事として命じられる中で、意に反して従ってしまい、そのまま沈黙せざるを得なかった人は少なくない。それにもかかわらず、Aさんはなぜ声をあげたのだろうか。しかもAさんはいまも職場に出勤しながら、訴訟を続けている。

 Aさんが偽装請負を命じられて葛藤したことの一つは、違法な状態で自分の実質的な部下となったBさんに対して、何か被害があったときに責任を取れるのかという懸念だった。例えば、業務中に一緒に自動車で移動することもあり、事故に遭ったら、大津市としてBさんに対する労災の責任は取れるのか。真面目に市の事業に協力してくれる人を、このような不安定な環境に陥らせてしまって良いのかというジレンマに悩んだと語っていたという。

 今回の判決について、代理人の渡辺輝人弁護士は、地方公務員法32条を根拠として、公務員には「違法審査権」があるという解釈を述べている。自分が命令されたことが違法ではないのかを判断し、明白に違法な場合は従わない権限ないし責任があるというのである。国家公務員法第98条にも同様に、「職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」とされており、公務員に特有の規定であるという。

 今回の判決は、職場の不正行為に直面する公務員たちの労働組合や、裁判などでも活用できる可能性は高いだろう。また、今回は公務員の権利が改めて認められたわけだが、医療・福祉は民間企業が運営していることも多い。民間企業の労働者は、公務員以上に広い権利の行使が認められている。不正受給や配置基準違反、利用者に対する事故や虐待の隠蔽など、内部告発に迷ったら、ぜひ専門家に相談して、声をあげてみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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