500人の村と530万人の大都市で同時開催!?第9回シアター・オリンピックスが始まった
8月23日の「羯諦羯諦(Gya-tei Gya-tei)」と「リア王」を幕開けに第9回シアター・オリンピックスが始まった。仏典に節をつけて唄われるインドに源流を持つ声明と、シェイクスピアの原作を現在に再生した演出家の鈴木忠志氏の代表作と、このユニークな組み合わせだけでも、このシアター・オリンピックスがユニークな演劇祭だと判るだろう。さらに、その会場は東京で国内大都市でもなく、富山県の黒部市と人口わずか500人の南砺市利賀村(とがむら)。そして、共同開催地が人口530万人のロシアの古都サンクトペテルブルグだと聞けば、興味が湧いてくるだろう。9月23日までの開催期間中に30を超す演目が、世界16の国と地域から集まる演劇人によって演じられる。観客や関係者延べ2万人が国内外から富山県を訪れるとみられている。
・野外劇場での幻想的な体験
木々に囲まれた休憩施設で夕食を済ませてから、野外の円形劇場に向かう。日が暮れてくると、次第に幻想的な舞台が現れる。シアター・オリンピックスのプレ・イベントとして2019年6月に開催された『ディオニュソス』の上演では、初日は雷雨に襲われるというハプニングもあったが、それも含めて演出のようだったと観客の一人は感動を隠せなかった。
この野外劇場は、YKKの前沢ガーデン野外ステージだ。同じ敷地内にある前沢ガーデンハウスは、吉田忠裕氏が槇文彦氏に依頼し、同社のゲストハウスとして建設された。8500平米の起伏のある広大な敷地には、野外ステージも設けられた。今回、芸術監督の鈴木忠志氏の要請に応え、これを再整備し、シアター・オリンピックの会場の一つとして活用されることになった。静かな森の中の野外ステージでの観劇は、劇場でのそれとは大きく異なった感動を与えてくれる。
・芸術家たちの共同作業
シアター・オリンピックスは、演出家の鈴木忠志氏ら、世界各国で活躍する演出家・劇作家により、1994年にギリシアのデルフォイにおいて創設された国際的な舞台芸術の祭典。芸術家同士の共同作業によって企画されることを特徴としていて、世界の優れた舞台芸術作品の上演のほか、次世代への教育プログラムも実施される。 1995年のギリシアを皮切りに、日本、ロシア、トルコ、韓国、中国、ポーランド、インドと8カ国で開催されてきた。今回の第9回目は、初めて日本とロシアの2カ国で共同開催される。
・日本の地方の素晴らしさを発信
今回の主会場は、日本が富山県の南砺市利賀村と黒部市、ロシアがサンクトペテルブルグだ。ロシア側の会期は、2019年6月15日から12月15日であり、すでに開会している。日本側は、8月23日から 9月23日だ。シアター・オリンピックスそのものも、非常にユニークな演劇の祭典だが、今回、今まで以上に注目されている。まず、初の共同開催となった理由が、プーチン大統領の要望だという点だ。今年1月にモスクワで行われた安倍首相との共同記者会見でも、プーチン大統領がシアター・オリンピックスについて触れるほどだった。そして、会場だ。サンクトペテルブルグはロシアの古都であり、人口530万人の大都市。一方、利賀村は人口約500人の山村だ。実行委員会会長の吉田忠裕氏は、「大都市圏で行うのではなく、地方でこうした国際的な催しを行うことにこそ意義がある」と述べ、日本の地方の素晴らしさを広く世界に情報発信する機会にもなると言う。
・民族、国家、貧富、老若男女関係なく連帯
8月20日には、東京で開幕式が行われ、 柴山昌彦文部科学大臣をはじめ政財界の要人に加え、ロシア政府の関係者も数多く参加し、華やかな雰囲気となった。芸術監督の鈴木忠志氏は、「民族、国家、貧富、老若男女関係なく連帯できないかと思う」と述べ、国家間の断絶や分断、戦争が続く中で、それぞれの国の文化や民族は素晴らしいのだと伝えたいとのシアター・オリンピックスの意義を強調した。吉田忠裕氏も「初めての2国開催ももちろん、利賀村の6カ所、黒部市の2カ所の開催場所があり、そのうち3カ所は野外ということで、その設営は大変だった。いま、開会にこぎつけられ、ホッとしている。さあ、これからはみなさんと共に感動を共有したい。ぜひ多くの方たちに演劇の持つパワーを感じ取って欲しい」と会場に呼びかけた。
・多様な国と地域から
第9回シアター・オリンピックスのテーマは、「Creating Bridges」である。異なる文化や異質であることを尊重し、新しい共存のルールを作っていくための「橋」を架けるという意味に加え、「自然と都市に橋を架け、つなぐ」という意味が込められている。開催場所の多様性もそうだが、30を超す公演演目は、日本、ロシアはもちろん、中国、アメリカ、台湾、香港、韓国、トルコ、ポーランド、インドネシア、イタリア、リトアニア、スペイン、メキシコ、インド、ギリシアと多くの国や地域からの演出家や俳優たちによって演じられる。6月のプレ・イベントでも上演された鈴木忠夫氏が演出した『ディオニュソス』は、インドネシア、中国、日本の俳優がそれぞれの言語で演じる。ヴァレリー・フォーキン芸術監督は、「世界中の代表的な演劇人が、ここに集まり、世界を変えていこう」と述べた。
・演劇ファンにとっては見逃せない
プログラムを見ると、「リア王」、「ゴドーを待ちながら」、「マクベス」、「天守物語」、「蘭陵王」など多岐に及んでいる。同じ「マクベス」でも、インドのラタン・ティヤム氏とイタリアのアレンサンドロ・セラ氏のそれぞれの演出があり、さらにアメリカのアン・ボガート氏が演出する「ラジオ・マクベス」があるなど演劇ファンにとっては、夏の終わりから秋の始まりに目の離せないイベントになっている。
・日本の都市と地方との関係性にも
東京から北陸新幹線を利用し、さらにそこから時間をかけて会場まで行かねばならない。しかし、すでに完売している演目や好評のために座席を増設することが決まっている演目も出てきており、静かにその人気は高まっている。開会式の挨拶の中で、石井隆一富山県知事は、7月に富山県で開催された全国知事会で採択された「富山宣言」に触れ、「都市と地方の自立・連携・共生を目指すという方向性に、このシアター・オリンピックスは合致している」と期待を述べていた。利賀村では、1976年に世界的な演出家である鈴木忠志氏が率いる劇団SCOTが本拠地を東京から移し、1982年には磯崎新氏設計で野外劇場を新設し、それを含め6つの劇場、稽古場、宿泊施設などを擁する舞台芸術施設群を形成しており、国内はもとより世界の演劇人や演劇ファンの人たちを魅了している。そして、今回、世界的なイベントである第9回シアター・オリンピックスの開催となった。
・夏の終わりの楽しみ
日本も含め国際状況は厳しい。こうした時期だからこそ、この夏の終わりにアート、演劇を通じて、民族や地域の共通性と違いを考えることは私たちにとって大切だろう。もちろん、いつもとは異なった舞台で演劇人たちの演ずる世界に観客の一人として身を投じて楽しむというのも悪くない。
芸術すらも民族対立や国家間対立に利用されている昨今、演劇を架け橋「Creating Bridges」として打ち出しているイベントだ。人口減少と高齢化で悩む地方の振興への一つの挑戦的提案とみることもできる。開催期間中の来訪者は、観客、関係者含め2万人に及ぶとされる。いずれにしても、東京から遠く離れた地方に世界各国からの演劇人が集まっている場に身を置くことは、刺激的な体験になることだろう。
※公式HP '''第9回シアター・オリンピックス'''