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「衆愚」を乗り越える「衆知」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 ダーウィンの従兄弟、フランシス・ゴルトン(Sir Francis Galton、1822〜1911)は、人類学者で心理学者、統計学者にして遺伝学者、探検家という多種多様な才能を発揮するとともに、優生学を唱えた最初の人物としても有名だ。19世紀という時代を考えれば、彼の業績と足跡は毀誉褒貶相半ばするという評価ではすまされないかもしれない。

我々は衆知を集める衆愚か

 そのゴルトンは1907年、英国の科学雑誌『nature』に「Vox Populi(群衆の知恵)」という有名な論考(※1)を載せている。彼が英国のプリマスで開かれたウシの競り市へ行ったときの体験だ。

 最重量と目されたウシの体重をカードに記入して当てっこするイベントがその競り市で行われ、酪農家や精肉業者などのウシの目利き以外にも何人かの市民が6ペニーずつ出し合ってクイズに参加した。

 イベント後、ゴルトンは主催者から787枚のカードをもらい、それらを分析してみる。すると、それぞれの予測値の平均が、ウシの体重をほぼ正確に言い当てていたという。ウシ売買のプロが多かったとはいえ、ゴルトンは驚きを持ってこのことを報告している。

 我々はよく「集合知」とか「衆知」などというが、まったく逆に「衆愚」とか「烏合の衆」などともいう。ゴルトンは、多数の人間が集まったときの認知や判断がどうなるかは、民主主義の根幹に関係する重要な問題といったが、世界的に政治のポピュリズムが指摘される中、関心の高い議論ではないだろうか。

 烏合の衆がバラバラに衆知を集めても仕方ないが、小集団に分けて情報を共有させれば、より効果的に「Vox Populi(群衆の知恵)」を発揮でき、より良い選択と判断ができるという論文(※2)が、約120年の時を越えて同じ『nature』の『Human Behaviour』オンライン版に掲載された。

 アルゼンチンのトルクァト・ディ・テラ大学などの研究者は、2015年にブエノスアイレスで行われた「TED」を利用し、実験に賛同して集まった人たち5180人(女性2468人、平均年齢30.1歳)にエッフェル塔の高さや200グラムのバターのカロリー量、2010年サッカーW杯(南アフリカ大会)の総ゴール数、1970年の1バレルあたりの石油コスト、エンパイアステートビルのエレベーターの数、といった単純だが難しい質問をした。

自由な議論と情報の共有

 まず最初に個々人がバラバラに回答した後、5人ずつの280グループ(1400人。残りの参加者はグループ化されていない)になってもらい、質問について1分間その小集団で議論し、改めてグループの総意としての回答を出してもらう。その結果、5180人の正答率よりも5人ずつの280グループのほうが49.2%高かった。

 また、各グループはあるコンセンサスをとることで、バラバラな個人の平均を上回る可能性が示唆されたという。コンセンサスにはいくつかある。例えば「議論して一緒に推論した」や「より信頼性の高い個人にまかせた」、「ありえない数字を捨てることを決めた」、「5人の回答の平均を求めた」などだ。この実験でわかったのは、一人ひとりがバラバラであるより、5人のグループでの自由な議論や信頼のおけるリーダーの存在、情報の共有などが重要になるということだろうか。

 マネジメントのビジネス本などでダイバーシティの利点を述べる際、優秀な人間ばかりでもリスクはスイスチーズの穴を素通りしてしまうから、チームには平凡な人間や欠点のある人間も混ぜたほうがいいなどと説明することがある。一つの問題を多角的に眺めるためには、視点がたくさんなければならない。

 投票行動などで各個人がバラバラだと自分が気付かない情報が共有されないこともある。ゴルトンのウシの重さの例では、多くの人間の判断を平均すれば大衆は間違った判断をしないことになるが、『Human Behaviour』掲載の論文によれば各個人バラバラより少人数のグループで議論したほうがいいようだ。

 実験では5人グループだったが、よく「三人寄れば文殊の知恵」などという。もちろん、ウシの重さやエッフェル塔の高さなどと投票行動は違うのかもしれないが、我々にはヒトラーを選んでしまったような例もある。大前提として自由な議論と情報の共有、個々人バラバラにならない、といったことが重要なのだろう。

※1:Francis Galton, "Vox Populi", nature, Vol.75, 450-451, 1907

※2:Joaquin Navajas, et al., "Aggregated knowledge from a small number of debates outperforms the wisdom of large crowds." nature, human behaviour, doi:10.1038/s41562-017-0273-4, 2018

※2018/01/21:10:39:タイトルを「なぜ『三人寄れば文殊の知恵』なのか」から現行へ変えた。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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