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日本のファッション/スポーツウェア産業の人権ポリシーの開示を求めるESGアンケート実施

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 初めてのアンケート調査

  東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウと、英国を本拠とする国際人権NGOのBusiness & Human Rights Resource Centre(ビジネスと人権資料センター)は、7月20日、日本のアパレル・スポーツウェア企業上位計約60社に対し、企業・グループとしての人権に関する方針及びその実施(サプライチェーンも含めた)に関するアンケート調査を実施することとし、調査への協力を求めました。

  期間は1か月とし、8月20日までに回答をいただくことを依頼し、9月には結果の公表を予定しています。

対象となったのは、業績ランキング上位の企業と分野別大手も選定しました。

アパレル大手とは、例えば10位以内ですとこういう会社になります。

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  「聞きなれない会社が多いな」という方もいるかもしれませんが、ブランド名とひもづければ「なるほど」と思う方も多いかもしれません。

  例えば3位のワールドには、INDIVI、UNTITLED、Reflect、IT'S DEMO、index、4位のオンワードには、23区、ICB、組曲、GRACE CONTINENTALなどが含まれています。

  特定の産業に対し、企業・グループとしての人権に関する方針及びその実施状況についてアンケートを実施することは、欧米ではかなり活発に進められ、評価のランキングまで出されていますが、日本ではそうした取り組みがなく、おそらく初めての試みではないかと思います。

■ なぜアンケートを実施するのか。ファッション産業の裏で起きる人権侵害を是正する動き

  ビジネスがCSRを重視し、そのなかでも人権を尊重しなければならない、ということは世界の常識になりつつあります。

  裏を返せばこれまでビジネスの陰で人権侵害が引き起こされて人々が犠牲となってきた、それをこれからも続けていいのか、という問題なのです。

  古くはナイキのシューズが途上国の工場で、過酷な児童労働によってつくられていたことが発覚し、米国で大規模な不買運動が起き、ナイキが「委託先のことで自分は関係ない」という態度を改め、是正に乗り出したことが知られています。

  2013年には、バングラデシュで、縫製工場が入っていた「ラナプラザ」というビルが安全性を無視した操業の末に倒壊して、働いていた労働者たち1000人以上が犠牲になる事故が発生しました。このビルでつくられていた服が欧米の有名ブランド品であったことから、先進国のブランド、ファッション産業が途上国の委託先工場での児童労働や過酷な労働環境の是正に責任をもつべき、という風潮が強まったのです。

  

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  特に途上国の縫製産業に従事しているのは、若い女性が多く、いまだに児童労働もみられ、最低賃金が極めて安いなかで弱い立場の人たちが安くこき使われ、過酷で危険な労働を強いられている一方、ファッション産業は巨額の利益を得ています。著名ブランドが「委託先で起きている人権侵害など、自分たちには関係ない」で済ませることは倫理的でない、フェアではない、と消費者や投資家たちも考えるようになりました。

  

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(アシックス カンボジア工場の労働環境を語る女性 提供Danwatch)

  国連人権理事会は2011年に「国連ビジネスと人権に関する指導原則」を採択、産業の影響のおよぶ範囲で発生する人権侵害を防止、是正し救済を実現するよう、企業の責任を明記しています。特に注目すべきは原則の13という規定です。

原則13 人権を尊重する責任は、企業に次の行為を求める。

(a) 自らの活動を通じて人権に負の影響を引き起こしたり、助長することを回避し、そのような影響が生じた場合にはこれに対処する。

(b) たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める。

  このように、サプライチェーン等、取引関係によって直接関連性のある人権侵害に対しても防止・軽減が企業の責任として明記されています。

  今や、アパレル業界のサプライチェーンで発生する児童労働、強制労働、ILO条約に反する過酷労働、労働者の尊厳と生存・健康を脅かす労働は深刻なものと意識され、欧米諸国では「国連ビジネスと人権指導原則」の実施が進んでいます。

  さらに、イギリスで近年制定された「英国現代奴隷法」という法律に代表されるように、欧州各国や米国の一部の州では、上場企業や、一定規模の企業に対し、そのビジネスの過程で奴隷的な労働や人身取引、児童労働を強いられる人々をなくすために企業としてどのような方針を持ち、どのような取り組みを進めているのかについて、開示・説明を義務付ける法律を制定し、その実施が進んでいます。

  こうした開示を受けて、海外投資家はより倫理的な投資をする企業を選び、消費者も倫理的な企業の提供する物やサービスを買う、という選択をすることができる時代になってきたのです。

  ESG(Eは環境、Sは人権等社会配慮、Gはガバナンス)投資が世界の主流となっている今、人権配慮等が十分でない企業は投資の引き上げなどが容赦なく進められ、投資家はより人権や環境、ガバナンスに配慮した企業への投資を進めていこうという機運になっているのです。

 参考  「ESG投資の時代が訪れた。企業に求められるESG開示とは?グローバルトレンドは他人事ではありません。」

        https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20180520-00085398/

     

■ 日本は今も蚊帳の外

  では、日本企業はどうでしょうか。日本でも一部の企業が自社およびサプライチェーンにおける人権方針を採択し、それを実施に移す取り組みを始めましたが、まだまだ一部にとどまっています。

  ヒューマンライツ・ナウはこれまで、ユニクロ、ワコール、ミキハウス等の日本のブランドの海外におけるサプライチェーンでの人権問題について調査を実施し、報告書を公表してきました。

  その結果、企業ともダイアログを重ね、ユニクロはサプライヤーリストを開示して透明性を高める努力をし、ワコール、ミキハウスは人権方針をつくったり、調達ポリシーを改めて、人権や労働環境への配慮がしっかりしていないところと取引をしない方針を固めました。

  ワコールでも今年5月にサプライヤーリストを開示しています。これは大きな前進といえるでしょう。

  しかし、たまたま問題が発覚した「目立つ」企業は注目されて、改善を進めるけれど、注目されず、指摘を受けなかった圧倒的多数の企業は涼しい顔をして何もしない、ということでは物事は進みません。一部企業が改善を進めても、その影響が産業全体に及んでいかない、というのでは残念です。

  加えて、日本には、EU諸国のようなESG情報開示の法制度も未整備で、現代奴隷法のような法律は制定される気配もありません。

  コーポレートガバナンスコード等の現行の枠組みも、厳格なESG開示を義務付けるものとはなっていないため、どの企業がいかなる人権ポリシーを持ち、それを実施しているかがほとんど開示されていない状況にあります。

  現状では、企業が人権についてどんな取り組みをしているのか、説明責任を果たさなくてもよい、ということなのです。

  これでは、日本国内の消費者、投資家も、海外の消費者、投資家も、どの日本ブランドが倫理的なのか、わからないままでしょう。

  ESG投資が今日の国際的な主流となっているにも関わらず、ESG、特に人権に関する方針と実施状況が開示されない現状では、投資家や消費者は、重要な判断材料を欠いたままの選択を強いられることになりかねません。

  

■ 国が開示を求めなくても市民社会が開示を求めることができる。

  私たちは、政府に対してESG開示の法律制定などのルール作りを進めることを求めています。

  しかし、待っているだけでは始まりませんので、市民社会として今回のアンケートを実施することになりました。

  こうしたアンケート実施やランキング等の企業評価を行う手法は、欧米のNGOでは、当たり前になりつつあります。

  人権に関しては、Corporate Human Rights Benchmarkという評価機関が発足し、世界の企業の人権尊重の実情を調査し、ランキングを付けています。こうしたランキングに注目しているのは消費者やメディアだけでなく、投資家であり、低いランキングの企業は投資で不利な立場に直面します。

  一方、日本にはそうした評価機関はありません。そこで、日本でもおそらく初めての試みになりますが、近年特にサプライチェーン上の人権に関する問題が顕在化しているアパレル、スポーツウェア産業に対し、人権に関する方針と実施状況を中心とするESGの取り組みに関する開示を促し、現状を可視化するとともにより公正で透明性の高い産業となってほしいとの期待から、このアンケートを実施することにしたものです。

  今回は日本を拠点とするヒューマンライツ・ナウとともに、英国を拠点とするビジネスと人権資料センター(BHRRC)が実施主体になり、国際的な注目が集まっています。

  ビジネスと人権資料センターは、Corporate Human Rights Benchmarkの参加団体でもあり、今回のアンケート結果がただちに何らかの評価、ランキングにつながるものではないとしても、今後の企業評価に影響を与えうるのではないかと思われます。

■ 企業の皆様の回答に期待します。

  実は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが2年後に迫る中、世界の消費者、投資家、プレス等は、日本のオリンピック・パラリンピック関連産業が、果たして人権尊重というオリンピック憲章の精神を遵守しているのか、大きな関心を寄せています。

  日本では、海外のサプライチェーンだけでなく、国内の技能実習生問題も「現代の奴隷制」ではないかと、国際的に強い懸念と関心が示されています。

  こうしたなか、企業が説明責任を果たし、ESGの取り組みを開示することは国際的な要請でもあります。

  そこで、私たちはアパレル上位企業が社会的責任を果たす観点から誠実に回答されることを期待しています。

  アンケート項目は公表していませんが、児童労働、差別やハラスメント、強制労働等をなくすための取り組みや、技能実習生問題等に関する問題把握や方針実施を尋ねたり、サプライヤーに対しても自社の人権ポリシーをどのように周知徹底しているのか、サプライヤーリストを公開しているのか等を、国際的な評価項目を参考にしつつ細かく質問しています。

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  今回のアンケートに答えることをひとつのラーニングプロセスとして、企業が人権方針を策定されたり、調査を進めていただくきっかけとなると嬉しいと思います。それを通じて、企業トップの目には見えないかもしれないけれど、どこかで苦しんでいる労働者や影響を受ける人たちの人権状況が改善され、救われることになる、それが私たちの実現したい結果にほかなりません。

  そしてメディアの皆さんにもアンケートが集計された暁にはぜひ、大きく報道していただきたいと願っています。

 ● ご案内 

 関連して、以下のイベントを開催します(事前申込制)。是非ご参加いただけると嬉しいです。

オリンピック&パラリンピック×人権:2020年までに達成したい! ダイバーシティー・人権の課題を語ろう

【日時】2018年7月24日(火) 18:30-21:00 (開場 18:15)

【場所】専修大学 神田キャンパス 5号館 6階 561教室

http://hrn.or.jp/news/14084/

【MC】 堀潤氏(ジャーナリスト)

【スピーカー】

上川あや氏(世田谷区議会議員)×藤原志帆子氏(ライトハウス代表)×殷勇基氏(東京弁護士会・弁護士)×崔栄繁氏(DPI日本会議)

東京オリンピック・パラリンピック開催まであと2年。

オリンピック憲章は、人権・ダイバーシティーの尊重を明記しており、開催地・都市にはそれにふさわしい取り組みが求められています。

果たして東京・日本の人権・ダイバーシティはどうでしょう。差別的な表現、自分とは違う人たちへの無理解や無関心等によって苦しんでいる人たちがいます。東京都でオリンピック憲章に基づく条例制定の動きもありますが、自治体から社会全体にどんなメッセージを伝えることができるでしょうか。そして市民ひとりひとりは何ができるでしょうか。LGBT、外国人差別、障害者の課題などについて、最前線で活動する方々に集まっていただき、議論する機会を設けたいと思います。ぜひ、皆様のご参加をお待ちしています。

  

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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