トランプ大統領のマッハ17「超凄い」ミサイルの意味
アメリカのトランプ大統領は2020年5月15日に、既存のミサイルと比べ17倍もの速さで飛行する「スーパーデューパー(とても凄い、超大型の)」ミサイルを開発していると述べました。
これはトランプ大統領がアメリカ軍が開発中の新型ミサイルの機密の数字をうっかり漏らしたことになるのですが、一体何のミサイルと比べて17倍なのか分からず物議を醸(かも)していました。その答えが最近、判明しています。
トランプ大統領は勘違いしていたのか、17倍とは他のミサイルと比べてではなく音速の17倍の意味が本当だったのです。これは2020年3月19日に行われた陸海軍共通極超音速滑空体「C-HGB」の試験のことになります。C-HGBは極超音速兵器の陸軍「LRHW」と海軍「CPS」の両方に搭載する予定の弾頭部分です。
【参照】アメリカ軍が極超音速滑空体C-HGBの飛行試験に成功(2020年3月21日)
音速の17倍、マッハ17とは非常に速い速度です。弾道ミサイルでいえば「射程が短めの大陸間弾道ミサイル」「射程が長めの中距離弾道ミサイル」に相当する5000~6000kmくらいの射程を発揮できます。弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイルは飛び方が違うのでそのまま当て嵌めることはできませんが、加速は初期に済ませてあとは惰性で飛んでいく点では同じなので、ある程度は参考になるでしょう。
しかしややこしい話になるのですが、それではLRHWとCPSがマッハ17を発揮できるのかというと違います。3月19日の試験はあくまで滑空弾頭C-HGBの試験であり、ブースターに使われているロケット推進部分は全く別物なのです。C-HGBの試験で使われたブースターは標的ミサイル「STARS」そのままであり、過去に陸軍が研究していた「先進型極超音速兵器(AHW)」で使用したものと同じです。
STARS標的の構成は退役したポラリスA3潜水艦発射弾道ミサイル(二段式)の上にオルバス1ロケットモーターを追加して三段式にした再生品です。ポラリスA3は射程4600kmと公表されているので、これにロケットモーターを追加したSTARS標的の構成ならば弾頭重量次第ですが射程6000kmは出せるでしょう。速度もマッハ17は妥当な数字のように思えます。
こうして考えてみると2020年3月21日のC-HGB試験は実質的に過去に実施したAHW試験の焼き直しに過ぎなかったのではないでしょうか。C-HGBもAHWも開発はサンディア国立研究所の担当で、1980年代に実験していた有翼再突入機「SWERVE」の系統です。もしかするとこれら三種類は小改良した程度で実質的に全て同じで名前を変えただけという可能性もあります。
しかしそこで一つ疑問が生じます。過去のAHWについて陸軍が要求した性能は「6000kmの距離を35分で飛行すること」と伝えられています。AHWはINF条約が破棄される前の計画なので条約に引っ掛からないように5500kmを超える性能が想定されていましたが、6000kmを35分は水平方向の平均速度がマッハ8程度と異常に「遅い」数字になります。
極超音速滑空ミサイルであるAHWは弾道ミサイルより低高度を飛んでいくため、極端な山なりの弾道(ロフテッド軌道)は取りません。ロフテッド軌道で遠回りという飛び方はしていないはずです。しかし空気吸入式エンジンの巡航ミサイルでもないのに、弾道ミサイル/滑空ミサイルがこの距離をこの速度でというのは、数字そのものが奇妙だと考えていました。其処に飛び込んできたのが今回明らかになったマッハ17という数字です。
- C-HGB試験のブースター構成はSTARS標的でありマッハ17を発揮した。→AHWもSTARSを用いていたので同じ速度を発揮可能。→マッハ8どころではない。
このようにAHWについて過去に信じられていた数字は意図的に違う数字が流されていたのではないかと疑われます。とはいえ今回のC-HGBのマッハ17という数字も公式発表ではないので信頼おける数字というわけではありませんが、STARS標的の構成要素から、マッハ8よりはマッハ17の方が信憑性のある数字であるように思えます。
さてここまで話してきましたが、滑空弾頭C-HGBが搭載される予定の陸軍極超音速兵器「LRHW」と海軍「CPS」はブースター部分がSTARS標的よりも直径がかなり細い上に二段式になる予定なので、速度も射程も3月の試験時よりも小さな数字となります。LRHWは射程1400マイル(約2250km)が予定されている数字です。これなら速度はマッハ10~12くらいになるでしょう。3月の試験は以前に実施済みのAHW試験と近い条件なら、準備も早く済ませて直ぐに行えると実施したと考えられます。陸軍も海軍もこれまで持っていなかった高速で届く手ごろな射程の中距離兵器が欲しかったので、大陸間弾道ミサイルに近い性能を発揮できる大きなブースターで完成させる気は無いようです。
つまり実用化された際のアメリカ軍の極超音速兵器LRHWとCPSは試験時のマッハ17よりも数字が小さくなるので、「超凄い17倍のミサイル」と自慢するのは止めておいた方がよいかもしれません。そもそも極超音速兵器の速度なら大陸間弾道ミサイル並みの射程を持つロシアの滑空ミサイル「アヴァンガルト」の方がマッハ17よりも明らかに速いので、あまり自慢になりません。
「極超音速」とはマッハ5以上を指す言葉です。しかし極超音速兵器は単純に速いから凄いのではありません。速さだけなら大陸間弾道ミサイルの方がマッハ23と速いのです(ミニットマンICBMの数字)。極超音速滑空ミサイルは弾道飛行以外の手段で複雑に動きながら極超音速を発揮できる滑空飛行によって、速い上に迎撃され難いという点が凄いのです。