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全国で年間に30万件? 「水道停止」で迫る熱中症・死亡のリスクをどう防ぐか

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

 政府の「熱中症特別警戒アラート」が今年2024年4月24日から運用され始めた。これは、「気温が特に著しく高くなることにより熱中症による重大な健康被害が生ずるおそれのある場合」に発表されるものだ。地球温暖化の影響で極端に気温が高くなるリスクが高まっていることから、熱中症を防ぐ行動を促す狙いがあるという。

 いまだ熱中症特別警戒アラートの発令はないものの、すでに気温上昇は猛威をふるいつつある。総務省消防庁は熱中症の1週間の救急搬送状況(4月29日-5月5日)の速報値を公表したが、救急搬送者数は664人で、昨年の同期間(5月1-7日)の484人と比べて37.2%増加している。これからさらなる気温上昇が想定される中で、熱中症をどのように防いでいくかは重要な社会課題となっている。

 そうした中で見過ごしてはならないのは、とどまるところを知らない物価上昇・エネルギー価格上昇による困窮化の拡大が、熱中症患者を増加させてしまうのではないかという点だ。すでに、生活困窮から冷房を十分に使えない状況や、水道を使用できない状況は熱中症を誘発する事態が生じている。

 本記事では、生活困窮者支援を行うフードバンク仙台やPOSSE仙台支部の活動を参考にしながら、とくに水道停止の問題を取り上げ、生活困窮の拡大による熱中症の増加を防ぐ方策を考える。

水道停止は命を奪う

 仙台市に拠点を置き、生活困窮者に食糧支援を行っている「フードバンク仙台」では、主に大学生のボランティアスタッフらが、生活インフラの無償化を訴える「ライフライン無償化プロジェクト」を実施している。

 この取り組みが立ち上がるきっかけになったのは、2022年1月半ばにフードバンク仙台に寄せられた「2021年末から2週間、卵一つだけしか食べておらず、水道も止められていたため水も飲めていない」という相談依頼だったという。

 相談者のAさんは職場でいじめやパワハラを受けたことで精神疾患を発症し、人と対面することすら困難になってしまった。行政にも相談することが出来ず、収入がない状態でガスと水道は料金未納で止まった。公園の水道で水を汲むことも考えたが寒さで凍っていたため、雪を溶かして水を飲むしかない状態に追い込まれていた。

 フードバンク仙台のメンバーはAさんの生存を守るために、食料支援や生活保護の申請同行とともに、仙台市水道局に連絡し、水道を再開栓するよう交渉を行った。最終的に未納分を分割払いにすることで再通したが、水道局職員はAさんに対して、「水道が停止したために(死活問題になる)、というのは考えにくい。死活問題というのであれば、公園にも水道はある」と言い放ったという。

 Aさんは支援団体につながることができたために一命を取り留めた。しかし、困窮を背景にライフラインが停止してしまい支援団体に繋がることができていない人も数多く存在するだろう。

仙台市の水道・ガス水道の停止件数

 では、実際にどのくらいの人が水道を停止されているのだろうか。

 ライフライン無償化プロジェクトは仙台市の水道局に対して、水の供給停止件数の開示を要求し、2021年度、2022年度の仙台市内の水道停止件数を明らかにしている。驚くべきことに、水道は仙台市だけで年間3000件以上停止されているのだ。

仙台市水道局「2021年度、2022年度の停止件数」
仙台市水道局「2021年度、2022年度の停止件数」

 仙台市の人口はおよそ110万人であるから、単純計算すれば、全国規模ではこの100倍、30万人もが水道を停止されている可能性があるということになる(なお、全国の停止件数の公式集計は存在しない)。インフレが進行し、実質賃金が過去最長の24ヶ月連続の減少を続けている中で、このようなライフラインの停止は今後さらに増大するだろう。

 その結果、これから熱中症の危険が拡大していく中で、「家の水道から水が出ない」ために、熱中症で命の危険にさらされる人が大勢出ることが懸念される。炎天下に「公園に水を汲みに行く」ことを毎日なんども繰り返させることじたいが危険かつ非人道的な扱いだといえる。特に高齢者にとっては命の危険を伴うだろう。そしてもちろん、自宅の近くに公園がなければ、状況はさらに危険になる。

要求によって水道局の運用が変わった

 先述のAさんの支援をきっかけに立ち上げられたライフライン無償化プロジェクトは、生活に困窮し水道料金を滞納しても直ちに給水を停止しないことや、厚生労働省から要請されている福祉部局との連携を要求するため、仙台市水道局に対して幾度も申し入れを行ってきたという。

2022年12月、ライフライン無償化プロジェクトの申し入れの様子
2022年12月、ライフライン無償化プロジェクトの申し入れの様子

 要求活動の結果、同プロジェクトは水道局から重要な回答を引き出すことに成功している。仙台市水道局は支援者の大学生らに対し、「支払いが難しい人も、申し出があれば分納や延納などの措置で供給を継続する」ことを明示したのだ。その後、仙台水道局のHP内でもその旨が明記された。

仙台市水道局HP。ライフライン無償化プロジェクトの要求により開設された延納・分納を紹介するページ
仙台市水道局HP。ライフライン無償化プロジェクトの要求により開設された延納・分納を紹介するページ

 その後、実際に現場では運用の改善がなされているという。今回の水道局の回答後に相談に訪れた60代男性は、水道とガスの料金を長期間滞納し、分納や延納の案内もなく、停止する旨の勧告だけが来ていた。

 フードバンク仙台のスタッフが水道局の回答の存在を伝え、本人が延納の交渉をしたところ、無事水道を停止されずに済んだという。仙台市では事前に電話さえすれば水道は停止しないことになったのだ。

熱中症からどのように生存を守るか

 「熱中症特別警戒アラート」は熱中症を防ぐ行動を促すために発令されることになっている。しかし、肝心の水道が止められていては、水分補給といった熱中症対策の基本行動が妨げられてしまう。

 フードバンク仙台の学生スタッフは「熱中症を防ぐ行動を取る以前に水道停止を防ぐことがまずは必要だ」と訴えている。

 今回仙台市では生活困窮者を支援する若者たちの声を真摯に受け止め、迅速な対応をしたことは積極的に評価されるべきだ。今後は、水道局側からライフラインの停止前に生活状況の確認を徹底するようにさらに運用を改善してほしい。

 生活に必需の水道を止めさせない取り組みは多くの人の命を救う。こうした取り組みが全国に広がり、一人でも多くの生存が守られることを期待したい。

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*筆者が代表を務めるNPO法人。社会福祉士を中心としたスタッフが福祉制度の活用を支援します。また、訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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