料理人は全員シェフではない ひとつのレストランに複数シェフの新時代へ
シェフとは
シェフとは何かご存知でしょうか。
シェフを料理人とほぼ同義に考えている方もいますが、それは違います。シェフとは料理人の中のトップの料理人のことです。
従って、レストランにシェフは1人だけしかいません。
それなりに大きなレストランであれば、2番手であるスーシェフや部門シェフであるシェフ・ド・パルティエ、製菓シェフのペストリーシェフなどもいますが、シェフがトップであることに変わりはないのです。単にシェフと呼ばれたら、自分はシェフではないと返すスーシェフやシェフ・ド・パルティエもいます。
また、海外ブランドのレストランなどでは、プロデュースしている料理人と峻別するために、現場でトップを務める料理人をエグゼクティブシェフと称することも少なくありません。
ただ、いずれにせよ、ここで重要なことは、レストランの料理人は全員シェフということではなく、シェフは基本的に1人であるということです。
シェフには大きな権力が与えられています。
カリナリーに関することに大きな決定権を持ちますが、中でも重要なのは、メニューやレシピを考え、レストランの方向性を位置づけることです。もちろん、今の時代ではキッチンスタッフやサービススタッフなど、チーム全員でアイデアを出し合って考えることも多いですが、あくまでも中心はシェフであるといってよいでしょう。
どのような料理を提供するのかという、レストランにとって最も大切なところを、シェフは担っているのです。
複数のシェフ
これまでにいくつも紹介してきましたが、レストランとレストランのコラボレーション、つまり、シェフとシェフのコラボレーションはよく行われています。
こういったイベントは、料理を考えるシェフが2人以上いることによって、普段では食べられないコースや料理が生み出されるのが、大きな魅力です。
シェフが交互に料理を提供したり、どちらが何を作るかを割り振ったりして調理するのがオーソドックスでしょう。フランス料理のシェフ同士であればフランス料理の流れになりますし、日本料理とフランス料理のシェフであれば、最初に日本料理とフランス料理どちらのスタイルでコースを構成するのかなどを決めます。
複数のシェフによるコラボレーションは非常に面白いですが、定常的に行っていくことは容易ではありません。なぜならば、料理人のトップが複数いるので、船頭多くして船山に登ることにもなりかねないからです。
しかし、ここにきて、ひとつのレストランで定常的に複数のシェフが腕をふるうことが多くなってきています。
これまでの常識を打ち破ったレストランとその背景を紹介しましょう。
KIKKOMAN LIVE KITCHEN TOKYO(キッコーマン ライブキッチン 東京)
日本人であれば、キッコーマンを知らない人はほとんどいないのではないでしょうか。
説明するまでもないかもしれませんが、醤油を主とする調味料の会社です。アメリカやヨーロッパ、アジアなど海外にも早くから進出しており、日本が世界に誇る食の大企業であるといっても間違いありません。
この世界的な企業であるキッコーマンがプロデュースし、2018年11月1日にオープンしたレストランが、「KIKKOMAN LIVE KITCHEN TOKYO (キッコーマン ライブキッチン 東京)」です。
国内外で活躍する2人のシェフが「融合」をテーマに開発したコース料理を、実演やトークと一緒に楽しむことができます。まさに、新しいタイプのエンターテイメント性に溢れるライブキッチンといえるでしょう。
コース料理は月替わりで新しくなり、異なるジャンルを代表する複数の有名シェフがタッグを組み、日本のある地域をテーマとし、果敢に新しい料理にチャレンジしています。和食やフレンチ、イタリアン、中国料理などを組み合わせた料理を手掛けており、キッコーマングループの経営理念のひとつである「食文化の国際交流」を体感できるレストランとなっているのです。
2019年2月13日から3月1日にかけては、「分とく山」の野崎洋光氏と「La Blanche(ラ・ブランシュ)」の田代和久氏がタッグを組み、2人の出身である福島県の食材を使ったコース料理を提供しました。
3月4日から29日にかけては北海道をテーマとして、「マッカリーナ」の菅谷伸一氏と「うかいグループ」の紺野俊也氏がコラボレーションします。
福島県のディナーコースは以下の通りでした。
2019年2月13日から3月1日の 福島県ディナーコース
- アミューズ
菊芋のカプチーノ仕立て フォアグラソテー添え
- 前菜 福島の風
紅芯大根のマリネ、荏胡麻豆腐、蛤うに貝焼き、ヤリイカのクールジェット詰め
- 造り
鰆焼き目付けと鮃
- 魚料理
鮑とメープルサーモンの和風グラタン
- 肉料理
川俣シャモの黒米詰め ごぼうトリュフソース
- ご飯
清流豚ひれフライ 美味たれ掛け
- デザート
大根と金柑のグラッセ
ルバーブのグラニテ
苺 あんぽ柿 抹茶クリーム掛け
- コーヒー
お造りが前半にあったり、最後にご飯が提供されたりすることを鑑みると、コースの構成は和風の流れであることが分かります。
18時30分に開場し、19時に当日の担当シェフによる料理ライブとディナーコースが一斉に開始されるなど、非常にエンタテインメント性が高いレストランになっているのです。
さらに注目するべきところは、ダイニング中央に設けられたライブステーション。コースの進行に合わせて、使われている食材や料理を説明したり、こだわりや裏話を披露したりしているのです。隣にあるオープンキッチンでは、料理が続々と作られ、提供される様子を見ることができます。
店内にはいくつものモニターが設けられており、料理名を表示したり、ライブキッチンの様子を映したりしているので、ライブステーションから少し席が離れていてもまったく問題ありません。
また、「食文化の国際交流」を掲げるだけあって、訪日外国人にも理解できるように、モニターに映し出される説明に英語を表記したり、タブレットで音声を複数の言語に同時翻訳できるようにしたりと工夫もされています。
複数のシェフがうまく共存できているのはなぜでしょうか。
キッコーマン株式会社コーポレートコミュニケーション部で広報を務める青山秀太郎氏は「食材ではなく料理を決めてから、食材を考えている。その地域の食材を奪い合うことはないので、コースの構成はいつもスムーズに決定できている」と理由を述べます。
おそらくこれに加えて、型にはまりすぎておらず、柔軟性のあるフォーマットになっていることも大きいのではないでしょうか。
つまり、シェフと地域とテーマに最も適したコースや演出をいつもゼロから紡ぎ出しているので、最良のコースを生み出せているのです。
シェフも地域もテーマも変わるということは、全く新しいレストランを生み出し続けているようなものでしょう。大きな苦労はあるかと思いますが、日本の食文化を広めることに使命感を持つキッコーマンだからこそ邁進できているのだと思います。
re:Dine GINZA(リダイン 銀座)
<大反響のキッチンも客席もシェアする新しい飲食店とは?>で、食マーケティング総合企業favyが手掛ける日本で初めての「シェフのためのコワーキングスペース」について紹介しました。
「シェフのためのコワーキングスペース」は「re:Dine GINZA(リダイン 銀座)」という店名に決まり、2019年1月17日銀座にオープンしています。
オープンすると早速テレビや雑誌などで取り上げられており、飲食店における新しい形態のひとつとして注目されているといってよいでしょう。
大きな特徴はやはり、複数人のシェフがひとつのレストランを形作っていることです。
それに加えて、客による投票で一定の支持を得たシェフが独立支援を受けられたり、下位のシェフが入れ替えられたりすることも、他にはないところでしょう。
現在所属しているのは、以下のシェフたちです。
月〜金 所属シェフ
- スープカレー『スープカレーとプリンの店 パッション』高島朋晃氏
- モダンフレンチ『BOW』高山仁志氏
- フレンチ『ebisu 336 銀座』谷口健太郎氏
- イタリアン『WEGIO!! ウィジオ!!』松山喬洋氏
- ラーメン 米山健一郎氏
土日 所属シェフ
- 和イタリアン『趣食研究所』関口彬氏
- モダンフレンチ『BOW』高山仁志氏
- ビストロ『BISTRO g3』山口弘氏
こういったシェフたちの料理を自由にオーダーできることに加えて、ソムリエが厳選した100種類ものワインを好きなだけ楽しめるプランも用意されているのは新しい試みでしょう。
これだけ多くのシェフが所属している中で、ひとつのレストランとして機能できているのはなぜでしょうか。
favy広報の加納美優子氏は「キッチンはシェアではなく、シェフ1人で1つのキッチンが使えること、それぞれのジャンルが重なっておらず、多様性があることが大きい。シェフ同士で食材の情報を交換し合い、和気あいあいとした雰囲気になっている。どのシェフもひとつのレストランとして盛り上げようとしており、一体感がある」と理由を説明します。
確かに、ダイニングや支払いなどは共通ですが、調理や料理に関してはそれぞれのシェフが完全に独立しています。
様々なジャンルのシェフが控えていますが、同じレストランでこれだけ多彩な料理を同時に楽しめるのは利用者からすると嬉しいことです。
最近の飲食店でも大きな話題となっているキャッシュレスを実現したり、クラウドファンディング「Makuake(マクアケ)」を利用してシェフを応援したりと、先進的な試みを導入しています。
「飲食店が簡単に潰れない世界」の実現を目指すfavyが料理人のために用意した「独立を目指す次世代のシェフがチャレンジできる舞台」が、一流料理人となるためのひとつの登竜門となる日も近いのかもしれません。
完全会員制の焼かない焼肉屋「29ON(ニクオン)」や月額定額制コーヒースタンド「coffee mafia(コーヒーマフィア)」で飲食業界の表舞台でスポットライトを浴びているfavyが、次は複数シェフのレストランを手掛けたことは、非常に示唆的な出来事であると考えています。
トゥエンティエイト(コンラッド東京)
ホテルにはたくさんの料飲施設があるというイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。
今の時代はより多様的になってきており、高級ホテルであってオールデイダイニングがひとつだけというホテルも少なくありません。
そんな状況にあって、複数の料飲施設を擁するホテルは、グルメ好きにとっては非常に楽しい空間ではないでしょうか。しかも、和洋中と異なるジャンルのレストランが揃っているとあれば、なおのことです。
そして実は、和洋中のファインダイニングの味を一度に楽しめる高級ホテルが存在しています。
それは、ヒルトングループの高級ホテルブランドであるコンラッド東京です。
2019年2月8日から、28階にあるバー&ラウンジ「トゥエンティエイト」において、平日のカウンター6席限定で、コンラッド東京が誇る3つのファインダイニングの料理を体験できる「シックスハンズ・ディナー」が開始されました。
季節によってテーマが新しくなり、最初の1ヶ月はトリュフがテーマとなっています。3月7日以降も旬の食材をテーマとして、以下3名のシェフのアイデアと技術が結集された魅力あふれるディナーを提供していくのです。
シックスハンズ・ディナーに携わるシェフ
- 日本料理「風花」統括料理長 田村勝宏氏
- 中国料理「チャイナブルー」料理長 アルバート・ツェ氏
- モダンフレンチ「コラージュ」シェフ・ド・キュイジーヌ 松永晋太郎氏
トリュフのテーマで提供されているコースは次の通りです。
- 季節の前菜盛り合わせ(風花)
- 蟹爪入り南瓜スープ(チャイナブルー)
- 柚子胡椒風味のサーモン 自家製クレープ包み(チャイナブルー)
- 蝦夷鹿 淡路島産玉葱 黒キャベツ 黒トリュフ(コラージュ)
- トリュフ蕎麦(風花)
- ガトーフロマージュ 洋梨 ライム エストラゴン(コラージュ)
前菜2皿、魚料理、肉料理、麺・飯、デザートとフルコース仕立てになっており、どのレストランからも2品ずつ提供されています。ワインのペアリングも用意されており、森覚氏や北原康行氏といったコンラッド東京が擁する世界でも評価される実力派ソムリエによって和洋中それぞれに合うワインを提供してもらえます。
特筆するべき料理は「柚子胡椒風味のサーモン 自家製クレープ包み」「蝦夷鹿 淡路島産玉葱 黒キャベツ 黒トリュフ」「トリュフ蕎麦」。それぞれが「チャイナブルー」「コラージュ」「風花」のシグネチャーディッシュとなっているのです。
ラグジュアリーホテルに存在する3つのファインダイニングの名物料理を同時に体験できることなど、そうそうできることではありません。
コース構成について、日本料理「風花」統括料理長 田村勝宏氏は「最初の一皿目は季節感をだそうということで、季節を表現しやすい日本料理となった。ただ、その時その時で最適な構成を他のシェフと議論して決めているので、次回はたとえば『コラージュ』の料理が一皿目となるかもしれない」と説明します。
「シックスハンズ・ディナー」が開催されたのは、なぜなのでしょうか。
マーケティングコミュニケーションズディレクター谷端理絵氏は「ホテルマネージャーを務めるマルコ ティラフェリによる発案であった。『トゥエンティエイト』で行われるクリスマス限定ディナーがとても人気を博しており、ゲストからも支持をいただいていたので、クリスマス以外でも何か開催できないかと議論した。ただディナーを行うのではなく、3つのレストランから料理を提供すれば、もっとゲストに喜んでいただけるのではないかという結論に至った」と振り返ります。
続けて「2018年末に開催が決定するとシェフたちが議論を始め、1月に入ってからすぐに料理が決定した」と順調に進んでいったと補足します。
コンラッド東京が誇る3つのファインダイニングはどれも非常に評価が高く、それゆえに3人のシェフたちはそれぞれの世界観とプライドを持っていますが、どうしてスムーズに料理が決まったのでしょうか。
谷端氏は「シェフたちは探究心が非常に強く、食材や料理について以前から情報を交換し合っている。日頃から互いをリスペクトし、信頼関係が築かれているので、建設的な議論ができ、短い時間でコースを作り上げることができた」と理由を答えます。
コンラッド東京「トゥエンティエイト」は天井高8メートルの圧倒的な空間とレインボーブリッジや台場を一望できるビューによって他にはない価値を創出していますが、これに加えて、複数の一流シェフによるクリエイティブな料理が堪能できるとあれば、ゲストにとってこれ以上の価値はないのではないでしょうか。
一度に多くの食体験
東京は優に10万店を超える飲食店を抱えており、面積はだいぶ異なるものの約1万3千店を擁する美食都市フランスのパリよりも多く、ミシュランガイドで星を獲得しているレストランも世界一となっています。
東京には多様かつ質の高い食が揃っていますが、そうであるからこそ、より多くのシェフの味を堪能でき、より幅広いジャンルの料理を同時に食べられることが、多大な価値を持つのではないでしょうか。
これからの時代には、もしかして、ひとつのレストランにひとりのシェフがいるだけでは物足りないのかもしれません。
ひとつのレストランに複数のシェフがおり、それぞれのクリエイティビティと技術を結集し、一度の来店に際して、食べ手により多くの食体験を提供できるようになっていくことが、高い付加価値となっていくのではないでしょうか。