ウクライナ首都”キエフ”は「ロシア語読み」 韓国ではメディアが「超速」で現地音基準に
正解は「キーウ」に近い音だ。
日々日本語に報じられるウクライナ情勢。この国の首都「キエフ」の名もよく見聞きするが、これじつはロシア語での表記なのだ。
ウクライナ語表記では”Київ”
ロシア語表記では”Ки́ев”
はっきりと読めなくても、違いが存在するのは分かるか。
前者(ウクライナ語)の発音は”kɪjiw”で、後者は”Kiyev”なのだという。
- キーウなのか、キエフなのか。Radio Liberty Ukraineの公式アカウントでもこれを論じている
日本ではロシア語の読み方が英語圏でも使用されてきたため、慣用的に「キエフ」とされてきた。サッカーの強豪「ディナモ・キエフ」などはファンの間ではじつに馴染みのある表記だ。
これをウクライナ語の現地音に合わせてもいいのではないか。もちろん、日本でもこういった議論はなされている。
キエフを「キーウ」に、表記広がる 以前からウクライナが問題提起(朝日新聞)
いっぽうで隣国・韓国での変化はじつに早かった。それまでは日本と同じく「キエフ」を用いてきたが、3月1日からすでに「キーウ」を使用しているのだ。
公営放送が「即刻対応」
ロシアの侵攻が始まった25日から4日後、3月1日に在韓ウクライナ大使館が公式フェイスブック上で自国の韓国内での地名表記について「正しいもの」「間違っているもの」を示した。
大使館側はキエフを「間違い」だと主張。そうではなく「クイウ」としてほしいと記した。
これと先立ち、公営放送KBSでは2月28日に社内用のインターネット掲示板で「キーウとすべきでは?」との声が挙がった。
即座に国立国語院と公営放送のKBSアナウンサー室韓国語研究部の諮問を経て3月1日から放送で「キイウ(≒キーウ)」と呼び始めた。
ただし大使館の主張「クイウ」をそのまま受け入れることはしなかった。国立国語院は発音を分析し、Kの次の母音は「ウ(으)」と「イ(이)」の中間であり、より「イ」に近いと判断。また少しだけ音を伸ばす「I」について(英語の”Bit”の”i”に近いという)、韓国語では表記上では長音(日本語の”ー”に該当するもの)がないため、母音を重ね「キイウ(≒キーウ)」とすることに落ち着いた。
- KBS系アカウントより。「ロシア語ではなくウクライナ語でお伝えします」と宣言した際の映像
2日午前から「中央日報」が記事でこれを採用。
午後には「聯合ニュース」ほか、「朝鮮日報」や「京郷新聞」などの保革有力紙、また「SBS」や「MBC」などの地上波も続いた。
メディアのみならず、政府関係機関の動きも早かった。
3日には政府外交部(外務省)が在韓ウクライナ大使館、国立国語院との合意により「キイウ(≒キーウ)のウクライナ語読みと、キエフというロシア語読みの併用可能」の方針を記した。キエフでも間違いではない、というものだ。
3月4日には同国の他の地名についても「ウクライナ語読みの表記方針」を発表。しかしこれは「確定ではなく、今後政府とメディア共同の外来語審議委員会による変更もありうる」とした。
3月10日には国立国語院が「キイウ(≒キーウ)」など12個の地名に対する審議を終えた。同院もまた「慣用表記(キエフ)も間違った表現ではない」と発表している。
韓国語は「たびたび表記法が議論になる」言語
なぜにこんなに動きが早いのか。
韓国語の世界では日々、「これ、どう書くの?」という議論がなされている点も理由のひとつだろう。言語構造上、日本語よりもスペルや書き方などの基準が多様なのだ。
日本語よりも子音、母音の組わせが複雑な韓国語(ハングル文字)は理論上、1万1172文字が存在する。
また「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「数字」「外来語(文字)」がはっきりとした視覚上のメリハリを生む日本語に対し、基本的に「オールハングル」の世界だ。そのため「分かち書き」にも細かい決まりがある。
さらにネット上のでの新造語(略語)が日々次々生まれるために、「元々の綴り方、分かち書き」が忘れられがち。
それゆえ結構な頻度で「どう書くか」を示す「正書法(韓国語でマッチュムポプ/韓国政府文化体育観光部制定)」の話で出てくる。
確かに「正しいスペル」を政府側がコントロールするのは「韓国社会が中央集権的」という話でもあるが、言語的にもそうなくてはならない面があるのだ。
- 3月3日には「YTN」も「キーウ」、第2都市の「ハリコフ」を「ハルキウ」と呼ぶと宣言
「侵攻される国」への意識
もう一つは今回のロシアの侵攻に対し、韓国ならではの「被害者への共感」もある。
2月28日にKBSの社内掲示板で最初に提案した社員は「翌日が3.1節(日本統治下の独立運動の記念日)だというタイミングもよいと思った」としている。
国内メディア「ファイナンシャルニュース」は、今回の侵攻の前にロシアのプーチン大統領が「ウクライナは常にロシアの一部であり続けてきた」と発言した点を紹介。
これに関する、韓国外国語大学ウクライナ語学科のオレナ・シィゲル教授のコメントを掲載した。
「プーチンの主張は”韓国は中国の一部”という話のように根拠のないもの」
北京冬季五輪で韓国内で高まった反中感情と重なるものだ。90年代後半から韓国で燻り始めた、中国による「韓国=中国文化の一部論」への不満に火がついている。
- 左が韓国外大のオレナ・シィゲル教授。韓国MBCラジオ公式カウントより
また、同メディアはこのコメントについて対日関係にも連結させた解釈を加えている。
「ウクライナとロシアの両国は、大きな血統こそ同じだが、言語と宗教などが違う民族性を持っている。東スラヴ人ではあるが、キエフ・ルーシの時代からお互い違う部族であり、使用する言語も違う」
これが「韓日関係のようでもあり」「ウクライナーロシア両国の関係が離れていった背景の一部」だと。
背景や解釈がどうであれ、いま重要なことは当事者の感じるところだ。同教授は「SBS」の取材に対しこうも答えている。
「独立国であるウクライナが、今またロシアから攻撃を受けているというこの状況で、私たちが私たちの地、私たちの区域の名前のロシア式の発音を(韓国で)聞かなければならないことは、率直なところ傷つく」
国名、地名の現地音主義。場所によって様々な考えがあるものだ。
(了)
参考までに:韓国の対応が早いのは確かだが、北朝鮮にはかなわない。1998年9月に国名を現地音基準にすると決定して以来、こういった変化が起きている。
ドイツ
南 トギル(”独逸”の韓国語読み)
北 ドイッチェランドゥ
トルコ
南 トーキー
北 トゥイルキエ
クロアチア
南 クロアティア
北 フルバチュカ(ツの音が表記できないため、チュに)
ハンガリー
南 ハンゴリー
北 マジャール
チェコ
南 チェコ
北 チェスコ
ベトナム
南 ベトゥナム
北 ウェルナム
メキシコ
南 メクシコ
北 メヒコ