企業金融はパブリックがいいのかプライベートがいいのか
株式上場や公募社債の発行などのパブリックな資本市場における企業金融に対して、プライベートな関係性のなかでの企業金融は、いかなる利点と欠点を有するのか。
投資銀行業と投資運用業
投資銀行業とは、企業金融、即ち企業の資金調達を支援することですが、その名前に投資とあるように、投資運用業と密接に連関します。なぜなら、企業の資金調達とは、資金調達する企業側に立つ投資銀行と、資金運用する投資家側に立つ投資運用業者とが資本市場において出会うことだからです。
つまり、投資銀行の機能は、第一に、資金調達しようとする企業の事業構造に照らして、最適な資本構成、即ち資本と負債の比率を設計すること、第二に、調達目的に照らして最適な方法として、資本調達、即ち株式の発行や、負債調達、即ち社債の発行等の具体的な手段を定めること、第三に、投資家の資金を引き込むことですが、投資運用業者は投資家を代理しているわけですから、最終的に、投資銀行と投資運用業者が出会って、企業の資金調達は完了するということです。
企業金融というコインの二面
融資において、借りることと貸すこととの二つがあるわけではなく、一つの融資を借りる側からみれば、資金調達となり、貸す側からみれば、資金運用となるにすぎません。同様に、企業が様々な手法で資金調達をするとき、それを投資銀行からみれば、株式や社債の引受けや売り出し等の機会となり、投資運用業者からみれば、株式や社債を取得する機会、即ち投資の機会となるにすぎないのです。
このとき、投資銀行と投資運用業者は、それぞれの顧客の利益のために最善を尽くして、資本市場において対峙します。即ち、投資銀行は、より高く売るように努め、投資運用業者は、より安く取得するように努めるわけですが、こうして、二つの立場の相反する業者が鋭く対立するとき、結果として寄りあった価格は公正な価格となります。このようにして、価格の公正性を維持するものこそ、市場原理であり、市場規律なのです。
企業金融におけるパブリックとプライベート
投資銀行の機能は、パブリックな資本市場での企業金融において、不特定多数の投資家を募るために必要なのですが、プライベートな企業金融、即ち当事者間だけの閉じられた関係性における企業金融においては、投資運用業者の機能に統合されています。
例えば、不動産やプライベートエクイティの投資運用業者は、資産売却によって資金調達しようとする企業との直接交渉により、不動産や子会社株式を取得しているわけですし、メザニンと呼ばれる劣後融資や優先株式等の投資運用業者も、発行体企業との直接交渉によって、引き受けているわけです。また、通常の融資は、プライベートな企業金融の代表的方法ですが、今では、金融機関等に限らず、投資運用業者によっても普通に供給されています。
報酬構造の違い
プライベートな企業金融の場合、表面的には、明らかに、投資銀行への報酬が節約されるわけですが、その節約分だけ投資運用業者の報酬が増加しているのであれば、資金調達する企業にとっても、投資家にとっても、少しも利益になりません。一般に、プライベートな企業金融においては、投資運用業者の報酬構造は不透明になりやすいので、注意が必要です。
価格の公正性
不特定多数の投資家を対象とするから、市場原理による価格の公正性が必要となり、逆に、市場原理によって価格の公正性を保とうとする限り、不特定多数の投資家の参加が必要になるわけです。しかし、当事者間の合意で取引条件を決定できるときには、合意した価格が当事者間における公正価格であることは自明です。
利益相反の可能性
当事者間の合意による価格が公正なものであるためには、当事者間の完全な対等性が必要であって、一方が他方に対して優越的な地位に基づく不当な圧力を行使できる場合には、価格は不公正なものになります。
価格の公正性が保てなくなる典型的な事例は、資金調達しようとする企業の大口債権者である銀行と、資金供給しようとする投資運用業者とが同一グループに属する場合、即ち利益相反の可能性のある場合ですから、プライベートな関係性に基づく企業金融においては、利益相反管理は決定的に重要なのです。
プライベートであることの利益
パブリックな資本市場における企業金融は、不特定多数の投資家の利益を守るための手続きが厳格で、時間を要するのみならず、費用も嵩むのに対して、プライベートな関係性のなかでの企業金融は、当事者間の合意で全てを決定できるために、時間と費用を節約できます。
しかし、より重要な差異は、パブリックな資本市場は、統一された諸規則によって最高度に規制されているので、画一的な取り扱いしかできないのに対して、プライベートな関係性のなかでの企業金融においては、資金調達する企業と投資運用業者と合意に基づいて、双方の共通利益が実現できるように、自由な設計が可能になることです。
非常態におけるプライベートな企業金融
パブリックな資本市場では、基本的な前提として、資金調達を行う企業は正常な経営状態になければなりません。例えば、何らかの理由で債務超過になっている企業は、パブリックな資本市場で増資できないわけで、先決問題として、プライベートな関係性のもとで資本調達するか、資産売却による特別利益を計上するかして、債務超過を解消する必要があるのです。
また、破綻してしまった企業については、プライベートな関係性のもとでの金融で再生させない限り、パブリックな資本市場に復帰できないわけですし、新規に起業された企業においては、パブリックな資本市場に到達するまでの期間、プライベートな関係性のもとでの金融に依存するほかなく、こうした事態に対して、プライベートな企業金融の代表であるプライベートエクイティが重要な機能を演じているわけです。
情報の対称性
パブリックな資本市場においては、開示制度によって、資金調達する企業と投資家との間に、情報の対称性を作り出しているのですが、開示で情報が対称的になるというのは制度上の仮定にすぎず、実際に情報の対称性が実現しているとは限りません。それに対して、プライベートな関係性のもとでは、当事者双方が納得するまで、双方の情報開示を徹底し得るので、当事者間での情報の対称性が実現します。
パブリックな企業金融の利点
不特定多数の投資家から資金を調達できることは、資金調達する企業にとって、大きな利点です。不特定なので、特定の投資家に支配されず、多数なので、より大きな金額を調達できるからです。しかし、プライベートな企業金融においては、株式による資金調達以外の方法では、不特定にこだわる理由がなく、巨額な運用資金をもつ投資運用業者が犇めく現況において、多数にこだわる理由はありません。
パブリックな資本市場では、投資家は、リスクの顕在化した銘柄について、いつでも売却できるというリスク管理上の利益を得ています。しかし、この点についても、プライベートな企業金融は、リスク管理の代替的な手段を提供しています。つまり、プライベートな関係性のもとで、投資運用業者は、積極的な経営関与によって、顕在化したリスクからの脱却を図り得るということです。