新型コロナによる在宅死を回避するために
警察庁によると、新型コロナへの感染が判明したあとに、自宅で急変して死亡した事例が、全国で少なくとも122人に上るとのこと。1月6日の報道です。
ここでは、沖縄県がどのように自宅急変を予防してきたかの話をします。これまで沖縄県では、5,829人の陽性者を確認していますが、自宅で急変して死亡した事例は発生していません。もちろん、ゼロであるのは幸運に過ぎませんが、予防する工夫はありました。
1)ハイリスク者を自宅療養させない
病床に余裕があるなら、これがベストの対応です。コロナに関しては、急変リスクのある感染者は比較的明瞭です。年齢こそが最大のリスクで、日本では全死亡の96%を60歳以上の高齢者が占めています。あとは、肥満、腎疾患、糖尿病などの基礎疾患で、とくに複数あればハイリスクです。
こうしたハイリスク者は、数時間のうちに呼吸状態が悪化して、そのことに周囲が気づけなければ死亡することも考えられます。病院にいれば、じっとしがちな高齢者に対して、肺への負荷を軽減する「体位変換」を促すこともできます。血栓形成を早期に発見して、抗凝固療法を開始することできるようになります。
その他、きめ細やかな観察と早期治療により、積み重ねるように救命率を上げてきた経験が私たちにはあります。独居者など見守りレベルの低い高齢者はとくにそうですが、軽症であってもハイリスク者は病院で見守りたい理由です。
2)早期に療養場所を決定する
いまの東京がそうだと思いますが、陽性者数が急増してくると、療養先の調整を待つ「自宅待機者」が増えてきます。実は、これがとっても危険な状態なのです。
できるだけ早く、医学的なアセスメントをして、自宅療養で行くのか、ホテル療養にするのか、あるいは入院させるのかを決定する必要があります。課題を先送りすることは、課題を棄却していないようでいて、臨床的には課題を悪化させうる判断です。
沖縄県では、8月上旬に感染拡大とともに「自宅待機者」が400人近くにまで急増する事態に直面しました。病床が見つかりにくいこともありましたが、これまでのやり方では処理しきれなくなっていたのです。
そこで、県庁の対策本部内に「健康観察センター」を立ち上げ、そこに情報を集約して迅速に療養先の調整を行うことにしました。数名の救急医らが連日詰めて、片っ端から電話をかけて療養先を決定していきました。その結果、ほぼ数日で「自宅待機者」を解消することができました。
実は、この救急医は県内病院における部長級の幹部たちでした。医療関係者のあいだでは知名度も高く、(ご本人たちは否定すると思いますが)病院側への調整圧力にもなったと思います。まあ、彼らの「すぐに入院が必要だ」という診たてへの信頼が厚かったわけです。
沖縄県では、若手医師の育成が進んでいて、いざという時に任せて部長が不在にできるという強みもありました。
3)自宅療養者には毎日電話をかける
沖縄県庁に設置された「健康観察センター」では、自宅療養者に対して、少なくとも1日1回(ハイリスク者には1日2回)、看護師4~5名の体制で、毎日電話をかけて健康状態を確認しています。
電話をかけて、体温と体調を聞くだけなら誰でもできます。大切なのは、そこで看護師が「おや?」と思えることであって、本人からの不安の訴えがあったりしたときなど、すぐに医師に繋ぐ体制がとれていることです。
県対策本部には、先ほどの救急医が輪番制を組んで、日中は1~2人が常駐しており、夜間もオンコール体制をとっています。このため、「健康観察センター」で怪しいと拾われた患者については、速やかに救急医に相談することが可能になっています。そして、救急医の判断により、入院への切り替えが行われます。
非医療系の政治家と話していて、医療者による「おや?」という感性を信じてもらえないことがあります。そして、判断を明確化する点数表やフローチャートを作れと言われたりします。たぶん、その方が信頼できると思うのでしょうね。もちろん、聞き取りフォーマットは必要ですが、最終的な判断は数値化されない力量によるのですよ。
私たち医療者は、若者で酸素飽和度が高く保たれていても、話の最中に息継ぎが必要なら危ないと感じますし、高齢者の体温が平熱よりも低く、脈が飛ぶ感じがすると言われたら、すぐに受診させた方がいいと判断するものです。あるいは、同居する家族に電話を変わってもらって、どこまで見守れるかを推量することも必要です。
4)不安定な自宅療養者には訪問看護を入れる
自宅療養の「最後の砦」とも言うべきが、訪問看護の導入です。これも沖縄県独自の取り組みですが、「健康観察センター」が怪しいと判断した自宅療養者について、様々な事情で入院させることが困難な場合には、県看護協会が訪問看護ステーションを選定して、健康観察を依頼するというものです。
代表的なのは、認知症の状態などで、隔離入院に耐えられないと考えられる高齢者です。私自身が調整に関わった事例では、全盲独居の高齢女性で、自宅であれば自立して生活できるものの、入院してしまうと食事もトイレも自分では何もできなくなるという方もおられました。こうした方々については、訪問看護による見守り強化という選択肢が必要になってきます。
ただし、訪問看護を導入するからと言って、毎日、訪問する必要はありません。基本は電話です。このシステムを開始するとき、訪問看護師に集まっていただいて研修会を開催しましたが、私は「できるだけ行くな」と念を押しました。責任感の強い彼女たちが、必要以上にコロナ患者の自宅に上がりこむことを防ぐためです。
病院や施設と違って、在宅環境での感染防御は難しいのです。玄関を入っただけで、屋内のあらゆる場所が接触感染のリスクになります。病院であれば、膝をついてのケアはありませんが、在宅ではいろいろなところに触れる可能性があります。換気も十分にできない家屋もあり、そうなるとエアロゾル感染のリスクにも配慮が必要です。
そのため、できるだけ電話で健康観察を行っていただき、電話に出ないとか、かなり怪しいと判断されたときだけ、自宅に突入していただきます。それでも、これまで何人もの自宅療養者について、状態悪化を早期に見抜いて、病院搬送に繋げてくれました。
以上、自宅急変による死亡を減らすうえで重要と思われる、沖縄県での4つの取り組みを紹介しました。こうしたシステムを地道に構築してきた県職員の努力があって、私たち臨床現場は重症者の診療に集中することができています。
もちろん、流行そのものを沈静化させることが最大の防御です。つまり、新型コロナによる在宅死を減らすためには、感染拡大している地域に住む方々、全員の協力が不可欠なのです。とくにいま、それが首都圏では問われていると感じます。
その努力と並行して、できるだけハイリスク者を自宅で療養させないことです。急性期だけでも病院で見守り、回復期に入ったところで自宅療養に戻しても構いません。ゆくゆくワクチンの有効性が明らかになってきたところで、この体制を切り替えていけると期待しています。
ただし、この機会に構築されたハイリスク者(とくに独居者)の見守り方法について、今回のコロナ限りで終わらせてはもったいないですね。いま、それぞれの役割を明確化しながら対コロナ地域連携を推進してきました。話し合いの場をもって「顔の見える関係」になり、共に課題に取り組んで「腕の見える関係」に、危機に直面して「腹の見える関係」へと深められました。
この地域連携を維持しながら、インフルエンザなど急性疾患で在宅療養を選択した高齢者の見守りへと活かして行ければと思っています。