【新型コロナ】休業要請で経営逼迫。家賃8割補助を求める陳情書を提出したクライミングジムの実情
新型コロナ禍で行き詰まるクライミングジムの実情
日本クライミングジム連盟が5月22日、新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言による休業要請で陥った窮状の訴えと家賃補助8割を求め、スポーツ庁に199事業者と約5000人からの陳情書を提出した。
現在、宣言解除となった39県では営業を再開しているボルダリング・クライミングジムもある。感染防止から『3密』を避けるために、入場者数の制限や利用時間に制約を設けるなどしているため、新型コロナ禍以前のような売り上げは見込めない状況だ。
山梨県内で3店舗のクライミングジム『ピラニア』を運営するクラッグボーイズ社のオーナー・山森政之さんは、「どれだけの人が戻ってきてくれるのか」と不安を吐露する。
「私のジムは再開できることになりましたが、感染対策から利用は3時間までと制限を設けています。いままでと同額を払うのに、これまでは時間制限なく登れた利用者にしたら実質値上げになってしまいます。また、新規のお客さんも減るでしょうから、最大15%ほどの値上げを考えている店舗もあります。お客さんが3割、4割しか戻ってこなければ、いきなり資金繰りの問題にぶち当たるわけですね。ここをどう乗り越えていくかは、とても難しい問題です」
5月21日には大阪、京都、兵庫の近畿2府1県の緊急事態宣言が解除され、段階的に営業再開に舵が切られていくものの、フル稼働できるわけではない。
そして、いまだ休業要請が続く首都圏の東京、神奈川、埼玉、千葉や、北海道では、さらに厳しい状況にある。とりわけ、クライミングジムが集中している首都圏の賃料は高く苦境に立たされている。
クライミングジムに限らずスポーツ施設は、飲食店などのように営業時間を変えて店を開くことも、テイクアウトを始めたりすることもできない。ネットショップを開設しているクライミングジムもあるが、岩場でのクライミングも自粛が求められているために売り上げは激減。人件費や固定費が重くのしかかっている。
東京3店舗、神奈川2店舗、埼玉1店舗、大阪1店舗のクライミングジム『PUMP』系列を運営するフロンティアスピリッツ社のオーナー・内藤直也さんは苦しい胸のうちを明かす。
「いまの状態が続くようならば最悪の場合、廃業・倒産まで覚悟しないといけない。ほかのクライミングジムでも閉店という決断をするところも出てくるのではないでしょうか。もし閉めることになってもオーナーたちも閉めたくて閉めているわけではない。むしろ、本当に厳しいのはオーナーたちで、やむを得ずその選択肢を取らざるを得ない。みなさんにそういう状況が来ていると認識してもらいたいですし、自分が普段通っているジムもそういうことになる可能性があると頭に入れておいてもらいたいなと思います」
クライミングジム業界の最大手が下した苦渋の決断
クライミング界に衝撃が走ったのは、緊急事態宣言下の4月24日のことだった。1998年のオープンから数多くのクライマーが利用してきた『PUMP大阪店』が、5月31日をもって閉店することが発表された。内藤さんは閉店を決めた経緯をこう語る。
「新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、全店舗で客足は減っていました。そのなかで緊急事態宣言が発令され、全店舗を4月8日から休業にしました。新型コロナ禍は夏に向かって少しは収束するのでしょうが、1年は覚悟しなければならない戦いになる。そう考えたときに、7店舗という大きな船のまま嵐のなかに突っ込んでいけば、最悪の場合はすべての荷物を海に投げ捨てることになるという危機感がありました。コロナ禍が始まったばかりのうちに、降ろせる荷物は降ろさないといけないと判断し、苦渋の末にまずは大阪店の閉店を決めました」
内藤さんが初めてクライミングジムをつくったのは1993年。そこから店舗の移転はあっても、閉店するという経験は今回が初めて。それだけに「精神的にキツかった」という。
「クライミングジムのオーナーのほとんどは、もともとクライミングが好きで、クライミングの楽しさをもっと多くの人と分かち合いたいという気持ちを持っているんです。それだけに手塩にかけて育てたジムを閉じるというのは、厳しい選択でした」
新型コロナウイルスの影響を受けた中小企業などには、最大200万円の持続化給付金や雇用調整助成金などの支援がある。このほか各自治体の支援金などがあり、東京都なら休業要請に協力した中小事業者には、東京都感染防止協力金として50万円(2事業所以上で休業等に取り組む事業者は100万円)が2度支給される。しかし、こうした補償だけでは足りないのが実情だ。
「(休業によって)当然ながら全店舗が赤字になっています。固定費や人件費を考えれば、補償だけでまかなうのは難しいです。内部留保を切り崩していくことになるでしょうね。ただ、緊急事態宣言が解除され、その後にふたたび宣言が出されて再度休業しなければならないことも想定しています。船を沈めるわけにはいかないので、どこまで資金繰りを先延ばしにできるかの勝負になると思っています」(内藤)
逼迫する経営状態にあっては家賃補助は不可欠なものだが、雇用調整助成金もジムの延命時間を左右する。
雇用調整助成金は当初、売り上げなどが減少した事業者が労働者をひとりも解雇しなかった場合に、一人あたり1日8330円を上限に休業手当、賃金などの一部を助成するとなっていた。しかし、第2次補正予算案では上限を1万5000円への引き上げや家賃支援などが検討されている。
「4月まではこれまで通りの給与を支払っているのですが、5月は雇用調整助成金が上がるのであれば、しっかりした額を出せます。ですが、8330円のままだと会社の負担が大きい。正直、沈没する時期が相当早まりますよね」(内藤)
クライミングジム業界の認知度を高める努力の必要性とは
日本クライミングジム連盟が今回の陳情書を提出した背景には、もうひとつ理由がある。それは社会全体におけるクライミングジムの認知度を高めたい思いだ。
2010年代のボルダリングブームやスポーツクライミングがオリンピック種目になったことで、以前に比べればクライミングの認知度は高まっている。しかし、新型コロナ禍での自治体からの休業要請のガイドラインには、スポーツ施設としてボルダリングやクライミングの文字はどこにも載っていなかった。
全国に753軒あるボウリングは指定された。対して、ボルダリングを含めたクライミングの商業施設数は、全国に約660(Mickipedia参照)。わずか100ほどの差でしかないが、それでもガイドラインに未掲載だったのはクライミングジムが業界団体として行政に認識されていないことの裏返しでもある。
明記されないからといって自由に営業できる社会状況でもない。今回の休業要請には、各ジムがそれぞれに自治体へ問い合わせをして判断を仰いだが、個別対応だからこそ生じる異なった見解や認識の誤差が、新型コロナ禍のような場合は業界全体にダメージを与える火種になりかねない。
新型コロナ禍になってからクライミングジムでクラスターが発生したことは一度もない。だが、今後どこかのジムでひとたびクラスターが発生すれば、社会全体からのイメージは「クライミングジムは危ない」となる危険性がある。想定されるこうした状況に備えて、日本クライミングジム連盟の理事をつとめる山森さんは、「クライミングジム業界全体で行動をともにし、社会のなかでの認識を高めていく必要性も感じた」という。
「クライミングのよさは自由さだったり、個人でできるところにあります。ですが、新型コロナ禍のような社会全体の問題に取り組むときは、個々が自由にやるだけでは打破するのが大変なこともあります。今回がまさにそうで、行政などからは1事業者としてではなく、業界全体でのガイドラインの提出を求められるケースがありました。
クライミングジムがそれぞれに判断して行動しても、問題が起きれば全国のクライミングジムが影響を受けてしまう。だからこそ、いざという時はクライミングジム業界全体で一致団結して臨むことが重要だし、我々が試されているのだとも感じます。もっと言えば、クライミング文化がより根付いていくために、この事態を一丸となって乗り越えなくてはならないと思っています」
この言葉を受けて、日本クライミングジム連盟理事でもある内藤さんが続ける。
「認知される活動をしようと思っても、我々は国に陳情書を出すためのルートさえも持っていませんでした。そのため今回は知人のツテを頼ってどうにか陳情書の提出に漕ぎつけました。こうして作った新たなルートを維持したり、もっと増やしたりしていくことは、我々のクライミングジムが社会のなかでもっと認知されるには重要なことです。そのためにも多くのクライミングジムに連盟に参加してもらい、共有していくことが大切だと思っています」
日本クライミングジム連盟が設立されたのは2012年。団体創設の背景にはリーマンショック後のテナント料の低下によってボルダリングジムが急増するなか、乱立によって安全管理などの質の低下を懸念した老舗ジム12社によってスタートした。当初は入会に条件が設けられていたが、いまはすべてのクライミングジムに門戸は開かれている。
現在、日本クライミングジム連盟に加盟する事業者数は、100前後で推移している。だが、新型コロナ禍になってからクライミングジム連盟の実施した2度のアンケートや署名活動には、加盟外のクライミングジムからも多くの声が寄せられた。内藤さんは「入会していないジムのオーナーさんに、連盟がある意義はこういう時だと理解してもらえる機会になった」という。
「ジム連盟の存在意義は、今回のような守備的な状況でこそ発揮されるものと思っていたので、多くの方に頼られたのはありがたいことですね。新型コロナウイルスの感染拡大防止の対策も、ひとつのジムだけが徹底しても、ほかで問題が起きてしまえば、世間からはクライミングジム業界全体が厳しい目で見られます。そのため、”アフターコロナ”までの道のりは、新しいクライミングジムの様式を模索しながら、『クライミングジムは新型コロナ禍にあっても安全に遊べる場所だ』というものにしていきたい。だからこそ、多くのジムに加盟してもらい一緒につくっていく作業をしてほしいと思っています」
クライミング文化を衰退させないためにクライマーができること
ワクチンや治療薬の研究開発が行われているものの、決定打が出ていないなかでは、今後も新型コロナウイルスの感染拡大の脅威に晒される。政府諮問委員会の尾身茂会長は、「冬の到来を待たず、ふたたび感染拡大が起こることは十分に予想されます」と警鐘を鳴らしている。
緊急事態宣言の解除後、それぞれのクライミングジムは休業要請で弱った基盤を立て直しながら、秋冬に想定される第2波やふたたびの休業要請への備えをすることも大事な課題だ。
今回の記事を書くにあたっては、首都圏や地方の何人もの連盟非加入のクライミングジムオーナーにも取材をした。「なぜ連盟に加盟していないのか」と訊ねると、「加盟料を払うだけのメリットが感じられない」「県に相談しながらやれているから」などの声があった。
彼らの意見も正論で、自分のお店を守ることに精一杯なのも理解できる。だが、ひとたびクラスターが発生しようものなら、全国のすべてのクライミングジムに影響を及ぼしかねない新型コロナ禍にあっては、山森さんや内藤さんの言葉のとおり足並みを揃えることも求められるのではないか。
会費に見合うメリットがないのならば、短絡に過ぎるかもしれないが、組織に加わってメリットをつくればいいのではないのか。新型コロナ禍に限らず、この国に自然災害は多い。過去には台風被害で閉鎖に追い込まれたクライミングジムがあったが、そうした被害に遭う可能性はすべてのジムにある。たとえば、個で再興するのが難しい有事に備えた相互扶助のシステム構築などのアイデアを出してメリットを増やす努力をすればいいのではないだろうか。
フリークライミングがこの国で始まったのは1980年頃。その後1984年に海外でボルト・オン・ホールドが生み出され、日本でも普及し始めた1990年代になると各地にクライミングジムがつくられた。2001年に全国で50軒に満たなかったクライミングジムは、2008年に100軒を突破。その後は右肩上がりで増え続け、クライミングは山岳会に入って岩場で始めるものから、街なかのクライミングジムからスタートする身近なものへと変容してきた。
クライミングジムが増えたことでクライミング人口は急増し、岩場ではマナー問題などのトラブルも生まれた一方、社会におけるクライミングそのものへの認知度や関心度が高くなったのも紛れもない事実だ。ただ、まだまだクライミングへの理解の広がりは道半ばだ。
だからこそ、現在のクライミング文化の根幹を支えるクライミングジムを、新型コロナ禍のなかでどれだけ守れるかは重要なテーマだろう。国からの支援やクライミング連盟の強化は不可欠。そして、クライマーにできることは何かーーー。
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