「すい臓がん」難しい早期発見に光明「尿中のmicroRNA」から検出する新手法。慶應大学などの研究
すい臓がんは、がんの中で発見が遅れがちとされ、進行が速く症状がはっきり現れる時点ではかなり進行していることも多い。慶應大学などの研究グループは、尿中に含まれるmicroRNAをAI(機械学習)を用いて解析し、これまでの検査より高精度にすい臓がんを早期に検出できる方法を開発、医学雑誌に発表した。
すい臓がんは早期発見が難しい
日本の部位別の予測がん死亡数では、すい臓がんは年間で、男性1万9200人(がん全体に占める割合8%)、女性1万9700人(12%)が亡くなっている。また、罹患率では、女性のほうが男性よりやや高い(2022年予測、※1)。
すい臓がんは自覚症状を感じにくく、腹部の深いところにあるため、画像検査や腫瘍マーカーなどでは早期の発見がしにくい。すい臓がんの5年生存率(相対生存率)を他のがんと比較すると、すい臓がんは圧倒的に低く、ステージが進行するにつれて生存率が著しく低下するのも特徴だ(※2)。
治療後の生存率を高めるためには、ステージ0かステージ1A(腫瘍がすい臓内にあり、最大径が2cm以下でリンパ節の転移がない)といった段階での早期診断が重要になるが、それが難しい。自覚症状などの問診、腹部エコー検査、血液検査(すい臓がん特異的な酵素などを判別)、腫瘍マーカー検査(CA19-9、SPan-1、DUPAN-2など)といった検査があるが、どれも感度や特異度が低く、特に早期のすい臓がんの検出は難しいとされる。
なぜなら、腫瘍マーカーではがん細胞からのマーカーが腫瘍の早期段階で感度が十分ではないためだ。そのため、従来の腫瘍マーカーによる検出はステージが進むほど見つけやすくなる。だが、すい臓がんの手術による根治治療は早期の場合に限られ、手術による治療の恩恵を受けられる患者は全体の20%未満とされている(※3)。
一方、すい臓がんから出るmicroRNAをバイオマーカーにする技術が最近になって研究され始め、すい臓がんの早期の発見に有効な指標になるのではないかとされてきた(※4)。
尿中のエクソソームを濃縮してmicroRNAを検出
こうしたmicroRNAは主に血液中から検出することが多かったが、今回、慶應大学などの研究グループ(※5)は尿からmicroRNAを検出し、すい臓がんを早期に発見する方法を開発し、その成果を医学雑誌に発表した(※6)。同研究グループによると、すい臓がん検出に限らず、尿のmicroRNAを使った研究はこれまでほとんどなかったという。
血液と比べ、尿に含まれるmicroRNAはごく微量だ。また、現在の技術でmicroRNAだけを尿から取り出すことは難しい。そのため、同研究グループは尿に含まれるエクソソームを濃縮し、そこからmicroRNAを効率的に分離、検出し、得たデータを用いて機械学習させるアルゴリズムを開発したらいいのではないかと考えた。
エクソソームは、細胞から情報を運ぶために産生・分泌される直径30ナノメートルから150ナノメートルほどの小さな物質だ。近年、このエクソソームの遺伝情報の伝達物質であることが注目され、がん細胞もエクソソームを産生・分泌することから、がんの検査や転移を防ぐなどの治療に使われ始めている(※7)。
同研究グループは、多施設(※8)のすい臓がんの患者153名、健常者309名からの尿サンプルを解析し、エクソソームを濃縮してmicroRNAを収集・測定した後、機械学習にかけて解析した。その結果、すい臓がんの特異度は92.9%、早期ステージであるステージI/IIAの感度は92.9%、全体の感度は88.2%と、従来の腫瘍マーカー(CA19-9)のステージI/IIAの感度37.5%、全体の感度63.3%より優れた検出性能を示した。
また、今回の尿中のmicroRNAのパターンは、がん細胞由来のものだけではなく、がん細胞を取り巻く特殊な周囲の細胞を含む微小環境(※9)由来の情報も反映していることがわかったという。早期ステージのがんは腫瘍が小さいため、外へ出てくる情報が少ないが、同研究グループは、microRNAに含まれた微小環境からの情報が早期でもこうした高い感度につながっているのではないかと考えている。
尿を検査するという今回の技術、身体や移動などの負担が少なく、将来的には自宅でのサンプル採取も可能となるため、広範囲な集団研究や遠隔地での検査に活用できるという。慶應大学は麻布台ヒルズの予防医療センターでこの検査の導入を検討する予定だ。
すい臓がんのリスク因子には、肥満、二型糖尿病、喫煙、過度の飲酒、加齢などがある。そのため、肥満の解消、糖尿病を悪化させないこと、喫煙者は禁煙、過度な飲酒を控えることなどが、すい臓がんの予防に効果がある。
また、遺伝的な要因も無視できないが、すい臓がんは発生率が国ごとに異なり、環境による影響も大きいという意見もある。
すい臓がんに限らず、がんは早期発見診断・早期治療が重要となるが、自分の遺伝的環境や生活習慣を認識し、少しでもリスクを下げたほうがいい。そして、喫煙者の場合、タバコは自分で避けることができる最大最悪の単独リスク因子だということを自覚しておくべきだ。
※1:公益財団法人がん研究振興財団「がんの統計'2023」(PDF)より。
※2:すい臓がんのステージごとの相対生存率(5年)は、ステージI=49.8%、ステージII=21.6%、ステージIII=6.9%、ステージIV=1.9%となっている。全国がんセンター協議会「全がん協 部位別臨床病期別 5年相対生存率(2011-2013年、診断症例)」より。相対生存率とは、がん以外の死亡原因を調整した生存率のこと。
※3:Jorg Kleeff, et al., "Pancreatic cancer" nature reviews disease primers, 2, Article number:16022, 21, April, 2016
※4-1:Jing Huang, et al., "Development of a Serum-Based MicroRNA Signature for Early Detection of Pancreatic Cancer: A multicenter Cohort Study" Digestive Diseases and Sciences, Vol.69, 1263-1273, 7, March, 2024
※4-2:Roland Madadjim, et al., "MicroRNA in Pancreatic Cancer: Advances in Biomarker Discovery and Therapeutic Implications" International Journal of Molecular Sciences, Vol.25(7), 3914, 31, March, 2024
※5:慶應義塾大学医学部がんゲノム医療センターの西原広史教授、加藤容崇特任助教、北斗病院腫瘍医学研究所・次世代医療研究科の馬場晶悟研究員(筆頭著者)、Craif株式会社CTO(名古屋大学未来社会創造機構客員准教授)の市川裕樹氏、名古屋大学未来社会創造機構特任講師(研究当時)の安東頼子氏ら。
※6:Shogo Baba, et al., "A noninvasive urinary microRNA-based assay fro the detection of pancreatic cancer from early to late stages: a case control study" eClinicalMedicine Part of THE LANCET Discovery Science, doi.org/10.1016/j.eclinm.2024.102936, 11, November, 2024
※7:Takaaki Tamura, et al., "Exrtacellular vesicles as a promising biomarker resource in liquid biopsy for cancer" Extracellular Vesicles and Circulating Nucleic Acids, Vol.2, 148-174, 13, May, 2021
※8:北斗病院、川﨑医科大学附属病院、国立がん研究センター中央病院、鹿児島大学病院、熊谷総合病院、大宮シティクリニック
※9:がん微小環境とは、がん細胞の周囲に存在する正常な細胞、血管、免疫細胞などの総称で、がん細胞の成長や転移に影響をおよぼす。微小環境は、がん細胞と相互作用することで、がんの進行、治療への抵抗性、免疫応答の制御などに重要な役割を果たしている。