無煙タバコ「スヌース」って安全なの? 最新研究からわかるその本当の姿とは
タバコ産業は常にあの手この手でニコチン依存症の喫煙者を増やそうとしていて、紙巻きタバコに代わる新型タバコの市場投入もその手段の一つだ。新型タバコでは加熱式タバコに加え、タバコ産業は無煙タバコ(スヌース、噛みタバコ、無煙タバコ)をどうにか世界中へ売り込もうとしている。
無煙タバコ(スヌース)とは
自分の健康や受動喫煙の害を気にしつつ、タバコをなかなかやめられない喫煙者は多い。そうした喫煙者へタバコ産業は、加熱式タバコなどの新型タバコを提供しようとしている。
新型タバコの広告でタバコ産業は有害性が低減されていると説明し、紙巻きタバコから新型タバコへ切り換えるよう勧める。害の低減をハームリダクションというが、では果たして新型タバコ製品にこうしたハームリダクションが適応できるのだろうか。
タバコにおける紙巻きタバコから代替品へのシフトによるハームリダクションとは、紙巻きタバコより有害性が低く(リスクの低減)、代替品の使用によってタバコをやめることができるかどうか(禁煙効果)、代替品によって新たな問題が生じないかどうか(公衆衛生上の懸念の有無)、そして行政がきちんと代替品を管理・規制できるかどうかが問われる。
有害性の低減をうたったタバコ製品に無煙タバコ(噛みタバコ、嗅ぎタバコ)がある。スウェーデンのスヌースが有名だが、無煙タバコは紙巻きタバコのように葉タバコを燃やさず、加熱式タバコのように熱も加えず、口の中(歯と頬肉の間など)に入れたり、嗅ぎタバコでは鼻から吸入したりする。
有害性の低減のエビデンスは低い
では、この無煙タバコにハームリダクションの効果があるのだろうか。まず、リスクの低減についてみてみよう。
日本でも無煙タバコは販売されているが、その成分は財務省や厚生労働省、消費者庁など行政による規制や監視の埒外に置かれ、他のタバコ製品同様、一種の無法状態になっている。危機感を抱いた日本学術会議は、2013年に無煙タバコによる健康被害を阻止するための緊急提言を発表し、それを受けた厚生労働省も注意喚起を出している。
日本学術会議の懸念はこうだ。依存性薬物であるニコチンが含まれている無煙タバコには発がん性物質などの有害物質が含まれ、口に含むなどするため使用しているかどうかがわからず、未成年者への使用拡大の危険性がある、などだ。
スヌースを含む噛みタバコ製品からは、タバコ特異的ニトロソアミンなどの発がん性物質が検出される。これは日本国内のタバコ製品全般にも言えることだが、多種多様なニコチン製品群は使用する葉タバコや製造工程などによって成分にバラツキが出ているため、規制当局が正しく評価できない危険性がある(※1)。
無煙タバコは口に含むため、これまで無煙タバコと口腔がんに関する研究論文が多く出されている。無煙タバコ製品はスヌース以外にも世界各国に無数の製品が出回っており、単に葉タバコを噛むような使用をしている喫煙者も多い。
そのため、各国でリスク評価がバラバラになりがちだが(※2)、無煙タバコの使用者は口腔がんのリスクが上がるという結果はある(※3)。また、口腔がん以外の病気のリスクを評価した研究でも、無煙タバコの使用によって死亡リスクが上がったというものがあった(※4)。
スウェーデンのスヌースと発がんリスクについて調べた研究によれば、膵臓がんでリスクが高くなることが認められたが、口腔がん、肺がんとの関係はないとしている(※5)。だが、スウェーデンの妊婦を調べた研究によれば、タバコ製品を何も使用しない人と比べ、スヌースの使用者の死産や早産のリスクが高いことがわかっている(※6)。
一方、スウェーデン人男性のスヌースの使用が膀胱がんと肺がんのリスク因子になっている懸念を示す論文もある(※7)。これはスヌースが好まれないデンマークとフィンランドをスウェーデンと比較したものだが、隣国に比べてスウェーデン人男性で膀胱がんと肺がんの発生率が減少していなかったというものだ。
また、最近のシステマティックレビュー(複数の研究を統合した論文)によれば、スウェーデンの男性の場合、スヌース使用によって全死亡率、心血管疾患による死亡率が上昇している懸念があり、がんによる死亡率とも関係している危険性がある(※8)。研究の信頼度はバラバラだがスヌースの使用による食道がん、すい臓がん、胃がん、直腸がんリスクの増加、スヌースの使用とがん診断後の死亡率の増加の間に関係がみられたという論文がある(※9)。
無煙タバコで禁煙は難しい
無煙タバコは紙巻きタバコと同時に吸っている喫煙者が多いことが報告され、タバコを吸えない場所でのニコチン補充に使われていることがわかっている。そして、こうした二重喫煙者で期待される禁煙もあまり効果がなく、せっかく禁煙しても無煙タバコの二重喫煙者は再喫煙してしまうリスクが高いようだ(※10)。
さらに、思春期に無煙タバコを使い始めるとその後、紙巻きタバコの喫煙者になる傾向が強くなる。そのため、無煙タバコに禁煙効果がないことは確かだ(※11)。
スウェーデンは歴史的に噛みタバコの市場が存在し、スヌースへ移行しやすい喫煙環境にあったことは重要だ。実際、スウェーデン以外の多くの国ではスヌース自体が禁止されていたり、米国や日本のように市場にあったとしても喫煙者のスヌースへの移行はうまくいっていない。
また、スヌースがあるからスウェーデンの喫煙率が減少しているという主張にも強い説得力はない(※12)。スウェーデンではスヌースから禁煙した喫煙者は5%(男性)に過ぎず、スウェーデン女性の喫煙率が下がってもスヌースの普及率は伸びていないという報告もある(※13)。
無煙タバコが新たな公衆衛生上の懸念材料に
スヌースのようなハームリダクションを標榜するニコチン製品がその後、紙巻きタバコの喫煙者へ誘導するゲートウェイになることは明らかだ。米国の若い世代を対象にして電子タバコの喫煙者の喫煙行動を調べた統合研究によれば、ニコチン入り電子タバコや口から吸って吐き出すという喫煙行動によって30日後に紙巻きタバコを吸い始めるリスクが上がったという(※14)。
これまでの研究で、思春期や青年期の喫煙者は成人より多くのニコチンを摂取することがわかっている(※15)。つまり、若い世代はよりニコチンに対して脆弱であり、敏感であり、それは禁煙しにくいことを意味し、実際に無煙タバコからのニコチン摂取量は紙巻きタバコより多く急性ニコチン中毒になる危険性すらある(※16)。
そのため、脳や身体へ様々な作用をおよぼすニコチン製品が青少年の脳へもどう影響するかについて理解すべきだ。これまでの研究によれば、母胎にいた期間を含め、喫煙によるニコチン摂取により、青少年に薬物乱用の増加、認知機能や感情調節機能などへの障害といった悪影響が生じる危険性があることがわかっている(※17)。
スヌースや噛みタバコ製品は、頬の内側の粘膜からニコチンや各種添加物を吸収する。また、これらの製品には若い世代をニコチン依存症にするため、フルーツ味やメントールなどのフレーバーが含まれている。
こうしたフレーバーによる細胞毒性も指摘され、こうした物質は口中から全身へ影響をおよぼす危険性がある。また、スヌースの安全性(ハームリダクション利用の可能性)についての研究では、ご多分に漏れずタバコ産業(特にブリティッシュ・アメリカン・タバコ)から資金提供されたものが多く、安全とされていても信用しきれない(※18)。
近年、無煙タバコは特にアジアの発展途上国などの若い世代の女性の間でも使用が増えているようだ。そのため各国の公衆衛生対策にとって、新たな重要な課題になりつつある(※19)。
日本で無煙タバコはハームリダクションたりえない
一方、タバコ産業にとって悩ましいのはスヌースのような無煙タバコの市場が形成されると加熱式タバコを含む紙巻きタバコの売上げと利益が減少することだが、先進国での健康志向の高まりによる喫煙率の低下はタバコ産業にスヌースなどの新型タバコのラインナップを用意させ、新たな市場を形成せざるを得ない状態にさせている(※20)。
つまり、タバコの吸えない場所が増えつつある日本においても、今後は無煙タバコの広告宣伝が進められ、使用者を増やそうとするタバコ会社の戦術が活発化する危険性があるということだ。だが、日本にはタバコ製品の健康への影響を規制する省庁はない。
以上をまとめると、スヌースを含む無煙タバコにハームリダクションは適用できないということになる。有害性の低減は明らかでなく、禁煙補助にも期待できず、むしろ新たな公衆衛生上の懸念材料になる一方、日本には規制する機関がないからだ。
日本学術会議の緊急提言から10年以上が経っているが、幸い日本でスヌースなどの噛みタバコの使用は広がっていない。口の中へニコチン製品を入れるのが危険なのは当然だ。この先も気をつけたい。
※1:Selvin H. Edwards, et al., "Variation of Benzo[a]pyrene, NNN, and NNK Levels in 16 Commercial Smokeless Tobacco Products" Chemical Research in Toxicology, Vol.36, Issue2, 13, January, 2023
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