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サッカー・ブラジルW杯に黄信号 国際サッカー会議がドタキャン

木村正人在英国際ジャーナリスト
困惑した表情で記者の質問に答えるロナウド(筆者撮影)

2014年ブラジル・ワールドカップの組み合わせ抽選会を前にリオデジャネイロにある世界最大規模のサッカー専用スタジアムで開かれる予定だった国際サッカー会議「サッカーレックス・グローバル・カンファレンス」が5日、突如として中止になった。

ちょうどロンドンで開催中の国際観光見本市「ワールド・トラベル・マーケット」では、W杯に合わせてブラジル観光を呼びかけようと、国際サッカー連盟(FIFA)マーケティング部長のティエリ・ウェイル氏らが記者会見をしていた。

ロンドンで記者会見するFIFAのウェイル氏(右、筆者撮影)
ロンドンで記者会見するFIFAのウェイル氏(右、筆者撮影)

報道陣から「サッカーレックス側は『安全を確保できないとの理由でリオデジャネイロ州政府の支援が受けられなくなった』と説明しているが、来年のW杯は本当に大丈夫なのか」「海外からの観戦客の安全を保証できるのか」という厳しい質問が相次いだ。

ブラジルでは今年6月、W杯のリハーサルを兼ねて行われたコンフェデレーションズカップの最中、100万人を超える抗議活動が吹き荒れた。「サッカーのスタジアムより病院にベッドを」「スタジアム建設に絡んで汚職が行われている」と市民が怒りの声を上げたのだ。

抗議活動は今も続き、ブラジル各地でデモ隊と警官隊が衝突、放火などの暴動に発展している。

サッカーレックスは、FIFAのブラッター会長や各国のサッカー協会、マーケティング会社、スポンサー、メディア関係者4500人を集めて、11月30日~12月5日に開催されるはずだった。翌6日にはW杯の組み合わせ抽選会が行われる予定になっている。

しかし、サッカーレックスは「ブラジルでのグローバル・カンファレンスは中止になった。暴動が続いているため、リオデジャネイロ州政府のスポーツ相はカンファレンスへの支援から手を引く政治決断を行った」との声明文を発表した。

ロンドンでの記者会見でFIFAのウェイル氏は「突然の予定変更に驚いている。カンファレンスの中止でフライトやホテルがキャンセルされ、大きな影響が出るだろう。しかし、来年のW杯にはいかなる影響もないと私たちは信じている」と答えるのがやっとだった。

FIFAは、コパカバーナ・ビーチで過ごす大晦日の雑踏をはじめ、カーニバル、W杯の警備は万全だと強調した。

記者会見の司会者が「リオデジャネイロ州政府は暴動が原因だとは一言も言っていない」と何度も繰り返した。

サッカーレックスが会場としてマラカナン・スタジアムの無料使用を求めたのに対し、同州政府は使用料として600万リアル(約2億5700万円)を要求、交渉が決裂したのが、どうもドタキャンの真相らしい。

ボランティアでW杯親善大使を引き受けているロナウドにも辛辣な質問が向けられた。「ブラジルを代表するストライカー2人がW杯開催をめぐって対立している。W杯に反対しているロマーリオについてどう思うか」

ロナウドは「W杯はブラジルにとって大きなチャンスだ。ブラジル国民にも大きな利益をもたらす。私はブラジル国民を信じている。W杯はきっとブラジルに良い影響をもたらすと信じている」と話した。

そして、「W杯で生活水準が向上し、良い未来につながるはずだ。政府が悲惨な医療、教育の状況に目をつぶっていることに国民は腹を立てていたが、政府は改革に取り組み始めている」と続けた。

コンフェデ杯の大会期間中、暴動が起きたことに対して、サッカーの王様、ペレがテレビで「今起きている騒ぎを忘れて、ブラジルチームを応援してくれ」と呼びかけたところ、ソーシャルメディアで集中砲火を浴びた。

ペレやロナウド、ベベトがW杯への影響を心配してデモの沈静化を呼びかけたのに対して、現在ブラジル下院議員を務めるロマーリオは米大手動画投稿サイトを通じて国民の抗議活動を支持した。ロマーリオは現役時代から「一匹狼」だった。

サッカーはブラジルでは宗教に近い。しかし、コンフェデ杯では信じられない現象がブラジル全土に広がった。熱狂的なサッカー信者であるブラジル国民が「W杯返上」を求めて街頭に繰り出した。

バスや地下鉄の値上げを引き金に、政治腐敗、汚職、警察の横暴、悲惨な公共サービス、通貨安に伴う物価上昇、街頭犯罪、W杯への財政支出などへの不満が爆発し、デモは80都市に広がった。

デモや暴動で、コンフェデ杯やW杯開催は「税金の無駄遣いの象徴」としてやり玉に挙げられている。W杯開催をめぐって、ブラジル政府は当初、税金は一銭たりともスタジアム建設には使わないと明言していた。

しかし、今や64億レアル(約2700億円)がスタジアム建設のために税金から支出され、総額で300億レアル(約1兆2800億円)が投入される予定だ。

200~300人しか観客がいない弱小クラブのサッカー場が7万人収容の大スタジアムに建て替えられ、スタジアム建設に絡んで建設会社がキックバックを政治家に渡しているという疑惑も飛び交う。実際にブラジルサッカー連盟の前会長は汚職疑惑で辞任した。

それなのにW杯の放映権料は国庫には一切入らないのだ。

消費者物価は前年より6.5%も上昇。病院のベッド数は10%も減り、病院の床で寝る患者の姿も珍しくない。国民の生活は何1つ改善されないのに、16年にはリオデジャネイロ五輪も予定される。

ロマーリオは米紙ニューヨーク・タイムズに「ロナウドやベベトは何が起きているか気づいていないか、気づいていないふりをしているだけだ。いずれにせよ、彼らは無知なのだ」と切って捨てる。

これに対して、ロナウドは記者会見で「世論調査では大半のブラジル国民がW杯開催に賛成している。変化を求める声に耳を傾けなければならないが、暴力は許されない。僕が2年間もボランティアでW杯の親善大使をしているのは、W杯開催はブラジルにとって良いことだと信じているからだよ」と繰り返した。

ブラジルの経済成長率は対国内総生産(GDP)比で2010年の7.5%から昨年は0.9%まで減速した。BRICS神話はかげり、W杯招致に成功したブラジルの歓喜は消え去った。

ブラジル国民が、W杯開催より医療、教育など社会サービスの充実を求めているのは明らかだ。スタジアムの建設や修復工事は予定よりも遅れている。FIFAが掲げる12月31日のデッドラインに果たして間に合うのか。

ロマーリオとロナウドの対立は、サッカーも生活も求め始めたブラジルの変化と苦悩を映し出している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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