ミリオネア〈億万長者〉が脱出する国とは 中国1万5200人、英国9500人“金の切れ目が縁の切れ目”
■英首相「最も肩幅の広い人々がより重い負担を負うべきだ」
[ロンドン発]「英国で労働党が政権に就いて以来、海外移住を希望する英国人富裕層の数が急増している」と英紙タイムズ(9月6日付)が報じている。富裕層向け移住サービスを提供する企業によると、8月の問い合わせが前年同月比で69%も急増しているという。
キア・スターマー首相は8月27日、首相官邸庭園で「事態は想像以上に悪化している。財政に220億ポンド(約4兆1100億円)のブラックホールを発見した」「最も肩幅の広い人々がより重い負担を負うべきだ」と「ノンドム」税制の恩恵を受ける富裕層をやり玉に挙げた。
ノンドムとは英国居住者でありながら英国に恒久的な住居または本籍地を持たない納税者のステイタス。英国居住者には相続税を含め一律に英国の税率が課せられる(全世界所得課税方式)が、ノンドムは英国外の所得や利益を英国に送金しない限り課税されない。
■富裕層に対する相続税・キャピタルゲイン税増税
レイチェル・リーブス財務相による10月30日の秋季予算演説の内容は分からないが、歳出削減と富裕層増税が予想される。年金受給者への冬の燃料費実質廃止、道路・鉄道・病院への投資中止のほか、富裕層に対する相続税・キャピタルゲイン税を増税するとみられている。
富裕層投資家の海外移住を支援するヘンリー・アンド・パートナーズはタイムズ紙に「英国は今年1~5月に出入を差し引きして4200人の大富豪を失った。年末までにさらに5300人の大富豪がいなくなる」との見通しを示している。
個人所得税、キャピタルゲイン税、相続税がなく、実質的に非課税環境を提供するドバイを移住先として選ぶ人が大半だ。英国で優遇を受けるノンドムは昨年時点で7万4000人。毎年少なくとも109億ポンド(約2兆円)のオフショア所得とキャピタルゲインがあると推定される。
■税制の露骨な抜け穴は世界中の富裕層を引き寄せた
英日曜紙サンデー・タイムズが毎年発表しているリッチリスト(英国版長者番付、5月20日付)も「リッチリスト36年の歴史の中で、億万長者の数は最大の落ち込みを記録した。潮目が変わり、世界の富裕層は英国から去り始めている」と報じている。
ノンドムは富裕層が租税を回避できる露骨な抜け穴だったが、世界中の富裕層を引き寄せ、その才能を英国に根付かせた。しかし保守党政権だった今年4月、ジェレミー・ハント財務相(当時)がノンドム税制を来年から大幅に制限すると発表。大富豪の英国脱出が雪崩を打って始まった。
サンデー・タイムズ紙によると、ハイテク起業家ジョニー・ブーファルハット氏はスイスに移住。ボストン生まれのプライベートエクイティの大物ジョン・グレイケン氏はアイルランドに移住した。鉱業大手グレンコアで巨万の富を築いたテリス・ミスタキディス氏はギリシャに戻った。
■ミリオネアの数が減る国々
世界の富裕層動向を約10年間、追跡調査しているグローバル・ウェルス・インテリジェンス企業「ニュー・ワールド・ウェルス」の調査では今年差し引きで減少すると予想されるミリオネアの数で英国の9500人を上回るのは不動産バブルが崩壊した中国の1万5200人だけ。
中国から億万長者が大脱出している主な原因は、恒大集団のような大手デベロッパーの破綻に端を発した現在進行中の不動産危機とコロナの経済的な後遺症が重なったためだ。
中国の富裕層は不動産に多額の投資をしている。不動産価値が下落し、経済成長が鈍化する中、将来の経済安定性に対する懸念が高まり、多くの中国人富裕層が資産を海外に移すことを選択しているとみられる。
【今年、出入を差し引きしてミリオネアの数が減る国々】
(1)中国、1万5200人減
(2)英国、9500人減
(3)インド、4300人減
(4)韓国、1200人減
(5)ロシア、1000人減
(6)ブラジル、800人減
(7)南アフリカ、600人減
(8)台湾、400人減
(9)ベトナム、300人減
(10)ナイジェリア、300人減
【ビリオネアが多い国々】
(1)米国、788人
(2)中国、305人
(3)インド、120人
(4)ドイツ、82人
(5)英国、75人
(6)フランス、55人
(7)カナダ、52人
(8)オーストラリア、48人
(9)スイス、40人
(10)日本、39人
(出所はいずれもニュー・ワールド・ウェルス)