G7広島サミット メディアが報じない、行動声明に書かれた「食品ロス削減」
2023年5月19日から21日にかけて開催されたG7広島サミットが閉幕した。個別声明では、食品ロス削減について言及されていた箇所が複数あった(1)。が、これについて報じたメディアは今のところ見当たらないようだ。
「食品ロス」のメディア登場回数はこの15年で50倍以上に
「食品ロス」について報じた主要メディアは、以前に比べて格段に増えた。
筆者が食品ロス問題に携わったのは2008年、食品メーカー広報室長時代にフードバンクへ食品を寄付したのが初めての機会だった。2008年当時、「食品ロス」というキーワードでマスメディアが報じた回数は、一年間に88回だった(2)(主要メディア150誌紙)。
そして、2022年の一年間で「食品ロス」が報じられた回数は、4,807回(2)。2008年に比べて54倍に増えている。
2016年にメディア報道回数が急増したのは、フランスで世界初の食料廃棄を規制する法律が成立・施行されたことが一因だ(3)。同年、イタリアでも同様の趣旨の法律が施行されている(3)。
その後、一時的に報道回数が減少したものの、2019年に初めて4,000回を超えた。これは筆者も関わった、食品ロス削減推進法が日本で施行されたことが一因である(4)。
「食品ロスを減らすと売り上げが減る」という誤解
メディア報道回数は増えたものの、それに比例して理解が進んだかというと、必ずしもそうとはいえないようだ。つい先日、農林水産省の方が登壇してのウェビナーを聴講したところ、Q&Aのコーナーで「食品ロスを減らそうとして売り上げが減るのではいけない」といった趣旨のことが司会者や登壇者から話された。
食品ロス削減が必ずしも売り上げ減につながるわけではない。むしろ、ロスを減らすことで組織の無駄な経費(廃棄コストなど)が削減でき、利益率が上昇した事例が複数ある。
たとえば英国の小売でシェア一位のテスコは、食品ロス量を年々減らしているが、売り上げは反比例して増えている(5)。
中国・四国地方で101店舗のスーパーマーケットを運営するハローズも、食品ロス量は年々減らしている一方、売り上げは伸びている。
地球温暖化を逆転させる100の方法「食品ロス削減」が3位
世界の200人近い研究者や専門家がデータ解析し、地球温暖化を逆転させる100の方法を挙げた「ドローダウンプロジェクト」は、環境分野の専門家でよく知られている。そのドローダウンでは、二酸化炭素の削減量や費用対効果、実現可能性などの要素を考慮し、1位から100位までの具体的な方法が示された。そのうち3位となったのが「食品ロス削減」である。
COP26(コップ26:第26回 気候変動枠組条約締約国会議)など、環境分野の会議で主要議題に挙げられた「電気自動車」は100位中、26位。「飛行機の燃費向上」は43位。「食品ロス削減」の方が上位にランクされている。
このように、食品ロス削減は、経済面でも環境面でもメリットがある。社会にとって有益であることはいうまでもない。
「食品ロス削減」は食料安全保障と気候変動の観点からますます重要に
2022年9月、米国・ニューヨークで開催された「食品ロス削減」がテーマの会議では、世界各国から集まった登壇者が「食品ロス削減という社会的課題は、食料安全保障と気候変動の観点からますます重要になる」と、繰り返し強調していた。
G7広島サミット 食料安全保障に関する行動声明に「食品ロス」
2023年5月に開催され、発表された広島行動声明でも、食料安全保障に関する個別声明で、3か所に「食品ロス削減(reducing food loss and waste)」に関する記述があった(1)。
3か所の中でも印象に残るのは、インドのナレンドラ・モディ首相が2021年のCOP26で紹介した「環境のためのライフスタイル運動」が引用されていたことだ。これは、いわゆる国民運動のようなもので、
「心ない破壊的な消費」ではなく「心ある意図的な活用」に焦点を当てた、環境に配慮したライフスタイルを推進するもの
とのこと。
インド首相の公式サイト(6)には次のように説明されている。
食品ロスは、世界で13億トン発生しており(FAOによる)、解決には困難を伴う社会的課題である。だが、一方で、消費者の意識改革や行動変容も、解決に大きく寄与する。日本の食品ロス522万トンも、出どころの半分近くは家庭からだ。
今回の広島行動声明で、一見、地道に見えるインドの「ライフスタイル運動」が食品ロス削減に関する記述で引用されているのは、消費者一人一人に「自分ごと」としてとらえてほしいという希望が垣間見られ、印象深かった。
食品ロス削減に使われる行動変容手法「ナッジ(nudge)」
「食品ロスを出すな」「食べ残すな」といった禁止や命令、指示をすることなく、人の行動変容に貢献する手法を「ナッジ(nudge)」と呼ぶ。日本でも、2021年のオリンピック・パラリンピックで選手村のビュッフェの食品ロスを減らす試みで導入された。世界を見渡すと、さまざまな事例がある(7)。スコットランドでは学食の食品ロスを減らすのに使われた(8)。
冒頭で述べたように、マスメディアに「食品ロス」の言葉が登場する回数は、この15年間で50倍以上に増えている。だが、「お得な安売り情報」や「まだ食べられる食品をリサイクル」のような内容が多く、環境配慮の原則「3R(スリーアール)」でいうところの「Reduce(リデュース:廃棄物の発生抑制)」のような、最もコスト削減で持続可能な社会につながる本質的なものが少ないと感じる。
あるテレビ番組(9)で、高沢英さん(当時16歳)が発言した言葉を最後に示したい。
「食品ロスを有効活用するための工夫がたくさんあることはわかるけど、でもやっぱり食品ロスを出さないことが一番大事なんですよね!?」
参考情報
1)G7広島サミット メディアが報じない「食品ロス削減」声明の成果と課題 パル通信(115)(井出留美、2023/5/25)
2)日本最大のビジネスデータベースサービス「G-Search」
3)フランス・イタリアの食品ロス削減法 ― 2016 年法の成果と課題 ―(岩波祐子 、内閣委員会調査室、立法と調査 2019. 10 No. 416)
4)本日2019年10月1日施行、日本初の食品ロスに関する法律「食品ロス削減推進法」に何を期待するか(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2019/10/1)
5)「万年3位」のテスコはなぜ英国小売のトップになれたのか 独自のロイヤルティ戦略と食品ロス削減とは(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2023/5/17)
7)人の行動をより良い方へ促す「ナッジ(Nudge)」とは?世界のさまざまなナッジの事例(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2023/5/15)
8)ナッジ理論を利用した食品ロスの削減 学食のケーススタディから見えてくるもの(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/6/2)
9)テレビの企画は毎回余る前提でうんざり 食品ロス削減の本質が抜け落ちた議論に16歳が放った一言とは?(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/1/26)