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「残業代ゼロ」を考える(その3)~君はブラック企業が成果に応じた報酬を払ってくれると思うか?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

「残業代ゼロ」制度で労働者は幸福になれるのか?

今回は偉そうなタイトルではありますが(すみません)、残業代ゼロにした方が労働者には何かとハッピーであるという言説をされる方々いますので、彼らに向けて言ってみたという感じでご理解ください。

では、この「残業代ゼロにした方が労働者には何かとハッピーである」との言説について考えてみたいと思います。

今朝、私がツイッターで、

残業代をゼロにすると成果を出した労働者に報酬がたくさん出る。

残業代をゼロにすると成果が正しく評価される。

残業代ゼロにすると子育てや介護の時間ができる。

残業代をゼロにすると女性が働きやすくなる。

ぜ~んぶ、残業代ゼロと因果関係ないのは分かりますよね?

投稿したところ、たくさんリツイートされました。以下、この投稿に説明を加える形で、「残業代ゼロ」で労働者に幸せが訪れるか書いてみたいと思います。

「残業代をゼロにすると成果を出した労働者に報酬がたくさん出る」

まずは、今回の「残業代ゼロ」制度の狙いの目玉!

成果を出した労働者には、賃金(報酬)が、どっさり、たっぷり、こってり出るのだという点についてです。

結論から言いましょう。

成果を出した労働者に、賃金(報酬)をたくさん出したいのなら、

今すぐにできます!

今すぐにできます!(2回目)

大事なことなので、2回言いました。

そうです。賃金を多く払うことについては誰も規制していないのです。この点で規制改革とか全然必要ないのですね。月給で払うのが無理なら賞与で払えばいいし、別の手当で払ったってバチは当たりません。

このように現行法上、成果を出した労働者にたくさんの賃金(報酬)を支払うこと自体、誰も何も規制していないのです。

なのに、残業代ゼロ制度が導入されたらいきなり成果を出した労働者にたくさんの賃金(報酬)を払うようになるなんて、あり得ますかね?

「だらだらしている奴らから残業代を分捕って、それをあなたにあげます」

「いやいや、そうではない。残業代をゼロにすれば、他のだらだら残業している奴から残業代を分捕って、あなたに回せますよ。ほら、残業代ゼロであなたの賃金が上がったじゃないですか。」

こういう言い分もあるでしょう。

まず、この言い分は、あくまでも使用者のサジ加減にかかっています。使用者が、分捕った「残業代」を成果を出した労働者に渡さなければ、画に描いた餅です。

しかし、これを強制することは、法技術的に非常に困難です。「使用者は、成果を出した労働者に賃金をたくさん払わなければならない」という内容で、罰則付きの強制力のある条文は作れません。曖昧なところが多すぎるからです。

となると、結局、「だらだら残業してる奴」から分捕ってくる残業代をどう扱うかは使用者の自由裁量の範囲内ということになります。

そうなると、「だらだら残業している奴らから残業代を分捕ったぞ。でも、これは俺のもの。」という企業が出てくることは火を見るより明らかです。

世の中、いい企業ばかりではないのです。

労働法制というものは、使用者の「善意」に頼って制度設計してはいけません。あくまでも、使用者の中にはひどいのもいるのだ、そういうひどい使用者がいても労働者の権利の最低限のところは守るんだ、こういう考えでないと、労働基準法をいじってはいけないのです。

「残業代をゼロにすると成果が正しく評価される。」

さらに、この「だらだら」という状態は、誰が判断するのでしょうか。

そもそも、「残業代ゼロ」と「成果を正しく評価すること」に論理的つながりはあるのでしょうか?

これも結論を言うと、そんなつながりはありません。

今議論されている「残業代ゼロ」制度は、成果が正しく評価されるということが大前提にあります。

しかし、「成果」といっても多種多様ですし、客観的・一義的に明らかなものもあれば、主観的・多義的なものもあります。むしろ、多くの「成果」は、使用者の「評価」を通して、初めて「成果」とされるのではないでしょうか。

成果を正しく評価することは、「残業代ゼロ」制度を導入しないでもできますし、逆に、「残業代ゼロ」制度が導入されれば成果が正しく評価されるようになるという関連性もありません。

「残業代をゼロにすると日本人の創造性が解き放たれる。」

本投稿も長くなってきたので結論から言いましょう。

「残業代ゼロ」と創造性は関係ありません。

考えなくても分かりますね。そういう問題じゃないでしょ。創造性って。

「残業代ゼロにすると子育てや介護の時間ができる。」

「残業代をゼロにすると女性が働きやすくなる。」

結論から言いますね。逆効果です。

ここまで来ると多言を要しません。

これらを実現するには、別の方策を取るのが近道なのは間違いありません。

「残業代ゼロ」制度は労働者に幸せをもたらさない

前に「残業代ゼロ」については、これは労働者の健康・生命の問題であること、ここのタガを外すとブラック企業に活力をもたらすことを指摘しました。↓

「残業代ゼロ」を考える~ブラック企業撲滅どころか、ブラック企業に栄養を与える世紀の愚策

また、年収要件の1000万円なんて入り口に過ぎないことも指摘しました。↓

「残業代ゼロ」制度を考える(その2)~年収1000万円は長時間労働地獄へのカウントダウンの始まり

実際に、この指摘を裏付ける経済界や首相の発言が相次いでおり、制度の全体像が見える前から、危惧が的中するという、何とも言えない状況になってまいりました。

<成果賃金>首相「年収1000万円」将来的引き下げに含み

残業代ゼロ「対象限定せず制度化を」 経団連会長が強調

そして、この「残業代ゼロ」制度の売りも、何も「残業代ゼロ」制度を導入しなくても、十分になし得るものであることが分かりました。

結局、「残業代ゼロ」制度の狙いは、単なるコスト削減に過ぎないのです。

成果を出した労働者に期待を持たせたくさん働かせて、出せなかった労働者にはいくら働いても一定の賃金しか出さないでいい制度、これを導入したいだけなのです。

これからこの「残業代ゼロ」制度は、議論が本格的に始まりますが、是非、みなさんも強い反対の声を上げていただければと思います。m(_ _)m

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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