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土井徳浩が語る〈マタイ受難曲2021〉【〈マタイ受難曲2021〉証言集#14

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
〈マタイ受難曲2021〉カーテンコール(撮影/写真提供:永島麻実)

 2021年2月、画期的な“音楽作品”が上演されました。その名は〈マタイ受難曲2021〉。バロック音楽を代表する作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハによる〈マタイ受難曲〉を、21世紀の世相を反映したオリジナル台本と現代的な楽器&歌い手の編成に仕立て直し、バッハ・オリジナルのドイツ語による世界観から浮かび上がる独特な世界を現代にトランスレートさせた異色の作品となりました。このエポックを記録すべく、出演者14名とスタッフ&関係者6名に取材をしてまとめたものを、1人ずつお送りしていきます。概要については、「shezoo版〈マタイ受難曲2021〉証言集のトリセツ」を参照ください。

♬ 土井徳浩の下ごしらえ

 楽器へのファースト・タッチは4歳ごろのこと。記憶にはないものの、どうやら自分から「エレクトーンがやりたい!」と言ったらしい。影響されていたのはTV。「ザ・ベストテン」がお気に入りだったのだけれど、放送時間が遅かったので録画して観ていたという。

 エレクトーンは小学校卒業まで続け、部活では漫画クラブでマンガを書いていたが、中学になって吹奏楽部に入部。最初はトランペットを吹くも、限界を感じたのと、先輩の音色に惹かれてクラリネットに転向したのが中学3年のとき。

 高校の進学を考える時期になって、将来的には音楽を志そうと思ったけれど、なぜか外国語学部のロシア語学科をめざす。しかし、想像していた環境ではなかったため、再び音楽の道へ戻ることにした。

 高校時代にはストラヴィンスキーばかり聴いていたのにジャズを学ぼうと思ったのは、友人が聴いていた『デジタル・デューク』というアルバム(1987年制作、マーサー・エリントン指揮によるエリントン・オーケストラが最新機器を使ってデューク・エリントンのサウンドを再現した話題作)でクラリネットを吹いていたエディ・ダニエルズの演奏に衝撃を受けたことがきっかけだった。

♬ バッハには見向きもしなかった高校吹奏楽時代

 クラシックといえば、高校時代はストラヴィンスキーにハマっていたけど、バッハはまったくと言っていいほど聴かなかったですね。その前のトランペットを吹いていたころに、モーリス・アンドレ(トランペット)が演奏している〈ブランデンブルク協奏曲〉の第2番はよく聴いていた、という程度かな……。

 そんな状態がずーっと続いていて、またクラシックに戻ってくるようになったのが、shezooさんからシニフィアン・シニフィエ(shezooが2010年代に手がけていた現代音楽をカヴァーするプロジェクト)で声がかかったとき。

 そのときがshezooさんとの初対面だったんですが、「ああ、この人があの……」という感じで、いきなり譜面を渡されて本番になったという感じだったんですよ。

 とにかく、譜面も人柄もかなりユニークというか、そのことについてシニフィアン・シニフィエのメンバーも遠慮なく突っ込むものだから、リハーサルは笑いに包まれていた、というのが当時の想い出です。

♬ 状況が飲み込めないまま「はぁ……」と返事

 〈マタイ受難曲2021〉については、たぶん本番の日程が決まったころに声をかけられたんじゃないかな。シニフィアン・シニフィエが活動を休止して、久しぶりにshezooさんから来た連絡が「〈マタイ受難曲〉をやります」だったことは記憶に残っているんですけど。

 まぁ、〈マタイ受難曲〉もよく知らないし、どういったかたちになるのかもぜんぜん知らされてなかったので、とりあえず「はぁ……」と返事をしたんだと思います。

 shezooさんがやるんだから、クラシックの編成じゃないだろうとは思っていたんですが、リハーサルに邦和さん(=田中邦和、サックス)が来て音を出したあたりで、かなり斬新なアンサンブルになるんだろうとは思っていました。あと、初音ミクちゃんが一緒だというのも、予想の斜め上だったので、本当にまとまるのかと心配になったりもしてました。

 シニフィアン・シニフィエのときもそうだったんですが、shezooさんって、なにをしようとしているのか、ぜんぜん説明をしない人なんです。それを知っていたので、わからないながらも脱落せずに済んだのかもしれない。

〈マタイ受難曲2021〉でクラリネットを奏でる土井徳浩(撮影/写真提供:永島麻実)
〈マタイ受難曲2021〉でクラリネットを奏でる土井徳浩(撮影/写真提供:永島麻実)

♬ 上手く演奏できる人なら腐るほどいる

 リハーサルを重ねれば重ねるほど、クラシックの世界でやっている〈マタイ受難曲〉とは“別物”だということが明らかになっていったわけですけれど、そもそもクラシックが主戦場ではないメンバーを選んでいるところからして、普通の〈マタイ受難曲〉をshezooさんが求めていないし、上手く弾くことが目的ならそれができる人は腐るほどいる。

 じゃあ、自分はどうしようかとなったときに、居直ってジャズでやっちゃえばいいというものでもないわけです。そのへんはかなり、悩みましたね。

 後半に〈Aus Liebe(アウス・リーベ)〉というアリアがあって、クラリネットでソロを取るところがあるんですが、そこではクラシックに“全振り”して演奏しました。ソロということでかなり研究して臨んだんですけれど、もともとはフルートのソロ・パートなんですよ。隣にすばらしいクラシックのフルート奏者(=中瀬香寿子)がいるのにと思いつつ、クラリネットでしっかりと表現できるようにと考えて本番を迎えました。

 本番の2日間を終えてみて、自分のなかでなにかまとめようとするのは難しいなと思っています。それに、〈マタイ受難曲2021〉はコロナ禍の影響で予定していたものからかなり削らざるをえなかったので、これで“やり切った”というワケではないという気持ちもある。だから、フルヴァージョンでやってからまとめたい、と思っているのかもしれません。

 ただ、フルヴァージョンでやり直すにしても、shezooさんのことですから、〈マタイ受難曲2021〉のためにリハーサルをしてきたものをそのまま再現するわけがない。なにを考えているのかまったく読めない人なので、どうなるかはわかりません。それがおもしろいんですけどね。

〈マタイ受難曲2021〉公演終了後のオフショット(撮影/写真提供:永島麻実)
〈マタイ受難曲2021〉公演終了後のオフショット(撮影/写真提供:永島麻実)

Profile:どい とくひろ アルト・サックス、クラリネット

クラリネットを浜田伸明、内山洋、サックスを原ひとみ、吉永寿の各氏に師事。

1997年、奨学金を得てボストンのバークリー音楽大学に留学。クラリネットをHarry Skoler、 サックスをGeorge Garzone、 Frank Tiberiの各氏に師事。 2002年に帰国。

2003年ノナカ・サクソフォン・コンクールでジャズ部門第2位を受賞。

2005年からジャズ・クラリネット奏者として 首都圏を中心に活動。

2011年に初リーダー作『Amalthea』、2016年に『Mr. Professor's Sanctum』、2020年に『ひとりごと』をリリース。

サイドメンとして「挾間美帆m_unit」「三宅裕司 Light Joke Jazz Orchestra 」「羽毛田耕士Big Band」「Grupo Cadencia」「山田拓児 Folklore」「広瀬未来 Jazz Orchestra」「Tokyo Brass Art Orchestra」に参加。また、MISIAのSoul Jazz Big Band Orchestra、cero、 水森かおり、福田こうへいなど幅広くアーティストのサポートも。

ミュージカル「Me and My Girl」「Sister Act」「Billy Elliot」「サンセット大通り」「My Fair Lady」「マリー・アントワネット」「ジキル&ハイド」「La Cage Aux Folles」ほか、宝塚歌劇団諸作品にも参加。

監修著書に『アルト・サックス・ファースト・ステージ』『テナー・サックス・ファースト・ステージ』(全音楽譜出版社)。

土井徳浩(写真提供:セルマー・ジャパン)
土井徳浩(写真提供:セルマー・ジャパン)

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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