SNS上の誹謗中傷に一人で悩まないために…木村花さん死去で考える誹謗中傷との闘い
女子プロレスラーの木村花さんが逝去された。まず故人に心からのご冥福をお祈り申し上げたい。この件に関しては現在捜査が続いているものの、木村さんが生前、民放のリアル・ドキュメント番組『テラスハウス』に出演した際の言動に対し、SNS上で展開された誹謗中傷がその死の大要因の一つだったのではないか、という報道が乱舞している。
私は、SNS上での誹謗中傷に対しては断固許さない姿勢をここ数年間堅持してきた。批判や論評を超えた明らかな誹謗中傷に関しては、複数回、私が被害者(原告)として訴訟を提起し、そのいずれのケースでも加害者(被告)による謝罪和解、あるいは裁判所からの賠償命令が加害者に発せられ、銀行口座の差し押さえまでに至るという完全体制で臨んできた。決して泣き寝入りしない、という姿勢を内外に発してきたのである。
このことをここ数年、私が公にすると多くの人から「当方もSNS上での誹謗中傷に困り果てている。一体どうしたらよいか」という相談が寄せられた。SNS全盛時代、いかに多くの市井の人々がネット上の誹謗中傷に苦しめられているかを思い知った次第である。本稿では私の長年にわたるネット上・SNS上での誹謗中傷を許さない姿勢を貫き、かつ複数回裁判をして民事的な被害回復を果たしてきた私の経験も加味して、いわばSNS病理・ネット病巣とも言うべき誹謗中傷(以下、SNS上での誹謗中傷と総称する)に対して、市民はどのように臨んだらよいか、という所見を述べたい。
・「スルー」「黙殺」でがますます過熱する誹謗中傷
まず結論めいたことからの述べると、SNS上での誹謗中傷は「スルー」あるいは「黙殺」によって鎮火する、という考え方は間違いである。SNS上での誹謗中傷を行う加害者の心理は、一部の愉快犯を除けば何かしらの正義感を伴っている。つまり「こいつは誹謗中傷をされて当然である」という加害者側の歪んだ正義感によって行われることが多いのである。
例えば個人に対する誹謗中傷ではないものの、特定の国や民族をひとくくりにして差別するいわゆるヘイトスピーチの発信源であるネット右翼が、その素性を秘匿しないでSNS上に差別投稿を行い、それが露見して処分を受けたり問題になるケースは枚挙に暇がない。「奈良の町議FBに再びヘイト投稿」(2019年11月)、「ヘイトスピーチで更迭 年金機構・世田谷事務所長」(2019年3月)。
このような事例と、SNS上での誹謗中傷加害者の心理はほとんど同一と言ってよい。つまり自分が正義の懲罰をしているのだから、自分の人定を隠す必要性を感じないのである。私の経験した民事裁判でも、加害者の氏名・住所はすぐに判明した。なぜなら加害者が正義と思って誹謗中傷を行っているので、自分の氏名や勤務先を過去の投稿の中で公開していたからである。それ以外にも、学校の関係者であることを堂々と公開(学校名を含む)していたり、同じハンドルネームで別のSNS上に住所から何から全て公開しているケースなどがあった。被害者側からするといかにも「脇が甘い」と思うが、加害者はこういった大義があるために、努めて匿名にしようとは思わないのである。
ゆえに、歪んだ正義感をもって行われるSNS上の誹謗中傷に対して、「スルー」や「黙殺」はほとんど効果が無い。加害者からすると自らの「制裁・懲罰」によって被害者側が沈黙しているとなれば、それは「効果あり」と判断されてますます誹謗中傷の度合いは加速していく。加害者側に少しでも罪悪感=つまりこれは犯罪・違法行為である、という認識があれば、必然SNSアカウントは一回限りのいわゆる「捨てアカ(いつ削除しても良いアカウント)」となるが、実際に反復継続して行われるSNS上の誹謗中傷や前記のようなヘイトスピーチ投稿は、長年使い古された個人の素性が判明できるアカウントから発せられる場合も少なくないのである。よって看過できない一線を越えた誹謗中傷には、沈黙ではなく、加害者側に断固とした姿勢を見せることが重要である。
・「甘受論」にどう立ち向かうか
誰でもSNSやブログ等で情報発信ができるようになった現在、どのような正論でもそこには必ず批判が発生する。むろん、論評に対する批判は言論の自由なのでこれは守られなければならない。問題となるのは、論評や批判を超えた誹謗中傷である。では論評や批判を超えた誹謗中傷とはどこからを指すのかと言えば、それは社会通念上の常識をもって判断されるのが当然である。「アホちゃうか」程度ならまだしも、個人の疾病や人種、その他人格的要素を指して行われる攻撃は、明らかに名誉棄損であり侮辱である。たとえその誹謗中傷の指摘が真実であっても、名誉棄損や侮辱は成立する。面と向ってその人に言えないことは、やはりSNS上で言ってはならないし、面と向かってその人に言えないことをSNS上でなら書き込めるというのなら、そのあたりが基準となろう。
私の裁判経験から述べると、ある加害者は「オピニオンを発する人間は、ネット上の批判に耐えるべきである」という反論を繰り返した(裁判所からは否定されたが)。これを私は勝手に「甘受論」と名付けている。つまり、公に向かって何かを発信したり、例えば木村さんのケースのようにテレビに出演している著名人であるならば、ある程度の罵詈雑言は想定されるべきで、それは甘受してしかるべきだという屁理屈である。
ところが被害者側が「モノを発信したり、メディアに露出している等」ということを根拠に、この人物は誹謗中傷をある程度は甘んじて受けるべきである、という理屈に従えば憲法の定める法の下の平等(第14条1項)に反することになる。よって裁判所はこれらの要素を和解や判決の加害者側情状に一切考慮しない。逆に加害者側が社会的地位を有していたり、社会的発言力がある場合等は、被害者による訴額増額の根拠にはなりうる(―当然、紙媒体等での名誉棄損はもっと高額な訴額の根拠となりえるが、本稿では詳述しない)。「自分は有名人(芸能人、タレント)だから、SNS上での誹謗中傷にはある程度耐えなければならない」という考え方をもし被害者側が持っているのであればそれは間違いなのである。被害者が被害回復を主張し、断固とした対応を見せなければ、SNS上での誹謗中傷は一向に収まらないのである。このように「甘受論」は全くナンセンスである。被害者の被害回復を、被害者側が躊躇する理由はどこにもないのである。
・ネット規制は有効なのか
木村さんの死去を受けて、SNS事業者で作る「ソーシャルメディア利用環境整備機構」が5月26日に緊急声明を出した。それによると、
とあるが、遅きに失した感は否めない。そもそもSNS黎明期であったゼロ年代前半から、SNS事業者は「他人への嫌がらせや個人に対する名誉毀損などの投稿を禁止」を利用規約に明記していた。にもかかわらず、SNS事業者の恣意的な判断により、こういった中傷投稿や差別投稿は野放しに等しい状況であった。ネット人口の激増に伴うSNS利用者の急増により、運営者による適切な利用者処分がその機能を喪失してしまったのである。
私の経験から言えば、あるSNS上に投稿された私への誹謗中傷に対し、サポートセンターに本名・住所を記載した上申書を送って当該投稿を削除するよう正式に求めた。ところが後日、SNS運営者から帰ってきた返答は「当該投稿は利用規約に違反していない」という事務的なものに過ぎずそのまま当該投稿は放置されたのであった。しかしこの投稿こそ、私の訴訟において裁判所が名誉棄損だと認めて削除命令が出るに至ったのである。
裁判所が明々白々な名誉棄損だと認めるのに、それに先行してしかるべきSNS事業者は漫然とした対応と形式的な返答しか出さないケースは往々にして存在する。「違反した利用者に対しては利用停止などの措置を徹底する」のは良いが、仮に人がそれによって死を迎えてから利用規約の厳格化をしても遅い。そもそも、「利用規約に違反した利用者への処分の徹底」という表現自体がおかしい。利用規約の違反に軽重は無いはずで、違反は違反である。それがいまさらになって「徹底する」としても、これは今まで自らその規約を課した運営者が自己違反をしていると言っているに等しい。
木村さんの件でネット規制の必要性も叫ばれ始めている。だが後段で述べるようにIP開示請求の迅速化・簡素化・義務化等については整備が必要だが、自治が原則であるはずのSNSに対してこれ以上の法規制はあまり効果が無いと私は見る。そもそも利用者に課した規約の違反者に対する処分を、運営側が漫然として怠っていることに対し、いくら法規制をしてもあまり意味は無い。被害者の削除要請に必ずしも誠実に応えてこなかったSNS運営者の自己改革で十分なはずであろうし、一次的にはその方法しかない。
・どのようにしてSNS上での誹謗中傷を防ぐのか
名誉棄損、侮辱は刑事案件である。もし被害者からの告訴で司法官憲が加害を立証できれば、刑事事件として加害者が処罰される可能性がある。だが仮に加害者が刑事事件として捜査等されても、民事的な被害回復とはまた別の問題である。私は、看過できない名誉棄損を受けたと被害者が感じた場合は、被害回復の為に積極的に国民の権利である訴訟の提起を推奨したい。
裁判、というとハードルが高いと思われがちだが、SNS上での誹謗中傷の例を取ってみればほとんどの場合、弁護士に依頼する着手金は20万円~25万円程度である(―もちろん、本人訴訟であるとこの金額は必要が無い。以下同。本人訴訟については別途書籍等を参照されたい)。この中には加害者に送る内容証明郵便や裁判に必要な印紙代(訴額等によって変わる)が含まれている場合が殆どである。これに加えて和解・賠償命令などで生じた経済的利益に対する歩合がある。ただしこの金額はあくまで相場であり、事情によっては前後することを留意いただきたい。さらに、本訴の提起に至らないまでも、弁護士記名の警告状を送付することで加害行為が滅失するならば、それに越したことは無い。その場合の費用はもっと低額になる。本訴を提起するか警告状でとどめるかは弁護士と相談するべきである。
しかし上記の金額は相手の氏名・住所が判明している場合に限った話である。日本の訴訟システム上、相手の住所がわからないと裁判所からの訴状の送達が行えないので、本訴を提起するのは非常に難しくなる。また名誉棄損の立証責任は一義的には被害者側にあるので、名誉棄損の根拠となるSNS上での書き込み等をキャプチャーソフト等で保存しておく必要がある。これさえ整えば、仮に加害者の氏名のみ判明、職場のみ判明、電話番号のみの判明でも、別途少額がかかる場合もあるが弁護士権限で自治体や携帯電話会社に照会し、住所地を把握し訴状の送達となる。また相手の自宅が全く判明しない場合は、勤務先への訴状送達もすることができる。この辺りもまた弁護士と相談するべきである。
問題になるのは加害者の人定が全く判明しない場合で、この場合はIP開示請求を行うという二度手間を踏んでまず相手の人定を特定しなければならない。この場合はほとんどの場合、着手金とは別に5万円~15万円前後の費用が発生する。ただ、前項で述べたように、正義感をもって反復継続してSNS上での誹謗中傷を行う加害者は、人定特定の手がかりを自ら開陳している場合が少なくない。繰り返すように、名誉棄損の立証責任は被害者側にある。弁護士事務所に相談する前に、ある程度の情報を被害者側が準備しておく必要性はどうしてもある。この段階で訴訟を断念する人が非常に多いが、何か少しの手がかりでもよいので加害者側の人定情報を準備しておくと話はスムーズである。ただし全くの徒手空拳でも、時間はかかるがIP開示によって結局のところ加害者は特定される。ネット空間に真の匿名など存在しないのである。
・実際の名誉棄損裁判とは
さていざ訴訟が開始されると、ほとんどの場合、裁判官は被害者(原告)、加害者(被告)双方に和解の提示を行ってくる(和解勧告)。つまり判決には至らないで、加害者側の誠意ある謝罪や被害者が加害者に請求した賠償金額(―この金額の決定は弁護士と相談して決定するが、簡易裁判等ではないのならいわゆる”訴額”は数百万円になるのが通常である)の通常一部を支払う示談でもって事件の解決を図ろうとする。ここで加害者側と妥協できるなら和解しても良い。和解内容は裁判所から正式な書面をもってなされるので、口頭で決定されることは無い。加害者側が和解を拒否する、被害者側が和解に納得できないのなら判決に進む。また裁判進行に際しては当然の事、弁護士が被害者の代理権を有する代理人なので、被害者本人が裁判所に行く必要はない。しかし被害者の希望があれば弁護士帯同で自ら裁判官に意見を述べることもできる。これは被害者の自由で、まったく弁護士に方針を任せて被害者は日常生活を送ることも十分可能である。
SNS上の名誉棄損事件は近年激増しており、またそれが社会に及ぼす影響は大であるから、かつて5万円とか10万円とかという軽微な加害者側への判決は希薄になり、加害者側により重い賠償命令が出る傾向がある。結局、弁護士に依頼してかかった費用と実際の賠償命令を勘案して「費用倒れになる」と判断してまたしても訴訟の提起を踏みとどまり泣き寝入りする被害者が多いが、近年SNS上の名誉棄損事件での判決はすでに述べたように被害者救済に傾いており、相当の事情が無い限り、弁護士に依頼した着手金が実質上自腹になる、というケースは少ない。
ところが加害者が賠償命令を受けても、被害者に賠償金を払わないケースもある。その場合は弁護士が判決に基づいて加害者側の財産(口座や動産など)を差し押さえることができる。加害者側が日本国内に銀行口座を一切保有しておらず、自動車も不動産も、財産のようなものは一切まったく持っていない、というのなら差し押さえの実効性は不透明であるが、ほとんどの場合加害者は日本国内に銀行口座を保有しているのが普通で、何かしらの換金財産を有している。弁護士は加害者名義の銀行口座の差し押さえを要求する職権を持っているので、「仮に賠償命令が出されても、加害者が支払いを拒否したらどうしよう」という心配はあまりしなくても良いのではないか。この辺りも弁護士と協議するべきである。
結論を述べると、このような被害者の毅然とした態度により、SNS上の誹謗中傷は確実に減少すると私は経験則から言うことができる。SNS上の誹謗中傷は場合にもよるが複数人が関与していることが多い。よって「毅然とした法的措置を”既遂”した」(―これからやりますとか、法的措置を講じる可能性がある、などという曖昧なものでは効果小)と公に宣言するだけで、誹謗中傷をする加害者は「逆襲」の可能性を感じて誹謗中傷を中断するか断念する。残念ながらほぼこの方法しか苛烈な誹謗中傷を減退させる方法は無い。ほとんどの誹謗中傷の加害者は、自らが相手を攻撃することには躊躇が無いが、自分が罰せられると感じたとたん、急に自己の加害性と向き合うのである。
「人を呪わば穴二つ」とはよく言ったものだが、実際に待っているのは「人を呪わば穴一つ」。つまり、呪った加害者のみ責任を負い、罰せられるのである。現在、弁護士と市民の距離は相当に縮まりつつある。財産要件はあるが、「法テラス」は原則3回まで無料で法律相談を行っている。電話相談もある。そればかりではない。弁護士によっては一般民事事件で初回の相談料を無料としているところも増えてきた。弁護士事務所の側が「インターネットの誹謗中傷に強い」と喧伝している場合もある。飛び込みで弁護士事務所に相談しに行っても一向にかまわない。
SNS上の誹謗中傷に対しては、1.泣き寝入りをしない、2.スルー・黙殺は却って状況を悪化させる可能性もある、3.弁護士を使った訴訟の提起は決して高いハードルではなくなっている、の3点を認識し、いわれのない誹謗中傷や差別には断固とした態度で臨み、二度と再びネットの誹謗中傷で人が亡くなるようなことがあってはならないとの決意を新たにするものである。(了)