鈴木聖美×黒沢薫(ゴスペラーズ) デュエットの極意、教えます
昨年9月9、10日に東京国際フォーラムホールAで行われた、第12回目を迎えた『Soul Power Summit 2017』(以下「SPS 2017」)で、デュエットの名曲「ロンリー・チャップリン」を歌った、“お姉ちゃん”こと鈴木聖美と、ゴスペラーズ・黒沢薫の対談が実現。実はこの二人は、鈴木雅之プロデュース・監修の鈴木聖美デビュー30周年記念アルバム『GOLDEN☆BEST鈴木聖美~WOMAN SOUL~』(以下『WOMAN SOUL』/9月27日発売)の「Duet Side」に収録されている、「夢で逢えたら」でデュエットしている。黒沢にとっては鈴木雅之同様「憧れの存在」であり、鈴木にとって黒沢はかわいい弟分であり、ソウルを愛する同志であり、「またデュエットしたい」とその実力を認めるシンガーでもある。
「ようやく聖美さんと「ロンリー・チャップリン」を歌う事ができて、感慨深かったです」(黒沢)
――黒沢さんにとっては、『SPS 2017』で披露した「ロンリー・チャップリン」は、感慨深いものがあったようですね。
黒沢 聖美さんと「ロンリー・チャップリン」を歌わせていただけて嬉しかったです。12年かかりました(笑)。1回目の「SPS」の時からマーチン(鈴木雅之)さんと僕とのエナメル・ブラザーズで、手を握って歌った曲でもあって(笑)。僕が聖美さんのパートを歌わせていただいていましたので、今回ようやくマーチンさんのパートを歌う事ができました。やっぱり聖美さんの歌声を聴いてしまうと、どうしてもマーチンさんの歌声も同時に頭の中で鳴るので、結果的にマーチンさんのモノマネみたいになってしまって、ご本人にも「黒沢似てるなあ」って言われました(笑)。
鈴木 いつも私のパートを歌ってくれているみたいで(笑)、でも今回も黒沢君の味がバッチリ出ていて、すごくきれいな声でした。
黒沢 元々僕は学生時代からマーチンさんの歌マネで歌っていたので、エネメル・ブラザーズの曲を書く時も、マーチンさんのパートはマーチンさんのマネをして仮歌を歌って、マーチンさんに渡すというくらい、マーチンフリークなんです。聖美さんの「TAXI」も大学時代からよく歌わせていただいていて、ハイトーンの男性にちょうどいいキーなんです。「TAXI」を歌うと、「こいつ高い声が出るな」って思ってもらえるので、よく歌わせていただいていました。今回は生「TAXI」を聴いて、感動しました。
鈴木 嬉しいですね。今回「ロンリー・チャップリン」も当日、リハの時に黒沢君と歌うことになって。うちの姉弟って打ち合わせを全然しないんですよ(笑)。その場で初めて聞かされるの(笑)。
黒沢 そうですよね、僕もちょっと前、ほぼ(ステージ)袖で言われます(笑)。
――なかなかのドキドキものですね。
鈴木 プロデューサー・鈴木雅之の頭の中には、完成図がちゃんとできているみたいなんですけど、でも、やる方の身にもなって欲しいですよね(笑)。
――客席から見ているとわからないのですが、そんなドキドキの空気の中で歌っていたんですね。
鈴木 新鮮さという部分ではいいのかもしれないですね。
黒沢 コラボはあまり予定調和ではないほうがいいのかもしれないと、マーチンさんも思っているのかもしれないですね。
――「SPS」ももう12回目を迎え、仲間も増えてきました
黒沢 そうですね、でもやっぱりそれこそ聖美さんとかマーチンさんがドシっといてくださるので、僕らみたいな年下の人間がのびのびとできるのだと思います。
鈴木 いえいえ。
――黒沢さんが一番下になるんですね。
黒沢 もちろんです!舞台上でマーチンさんに言われましたが、「お前もそこそこ上の世代だけど、俺たちの前にいるとまだまだ若手だ」って(笑)。
鈴木聖美×黒沢薫は、鈴木のアルバム『RADIO STAR HEROES』(2012年)に収録されている「夢で逢えたら」が初。「黒沢君と思い通りのデュエットができました」(鈴木)
――聖美さんと黒沢さんが初めてデュエットしたのは、2012年の聖美さんのアルバム『RADIO STAR HEROES』に収録されている「夢で逢えたら」ですよね。
鈴木 雅之がプロデュースしていたので、「お姉ちゃん、この曲を黒沢(薫)とやって欲しいんだけど」って言ってきて、黒沢君の声を聴いて「ああいいなぁ」って思って、レコーディングに入ったのを覚えています。
黒沢 それこそ「SPS」の打ち上げでそういう話になって。マーチンさんが「今度お姉ちゃんがアルバム出すんだけど、ゲストボーカルで呼んでいい?」って誘って下さって。「夢で逢えたら」は、ゴスペラッツでも歌っていますので、これも最初はマーチンさんの歌マネになってしまって、まずその部分を取る事に苦戦しました(笑)。
鈴木 素敵でした。「夢で逢えたら」って、ゴスペラッツのイメージがあったので、そこに私が参加したという感覚でした。最後に入るフェイクのメロディがすごく好きで、あそこを自分なりにやりたいという事をディレクターに伝えて、黒沢君と思い通りのデュエットが完成して、感謝しています。
黒沢 CDになった時はやっぱり感動しました。ついに鈴木聖美さんとデュエットしたよって、色々な人に自慢しました(笑)。自分の中でもフレッシュに歌えたというか、当たり前ですが聖美さんの声が入る事で、いつもの「夢で逢えたら」とは違う感じでできましたし、マーチンさんがコーラスに入って下さったのもよかったです。自分の中でも、自分の癖が好きな部分と嫌いな部分とがありますが、折り合いがついて歌えたというか、すごくスムーズに歌えました。ゴスペラーズで歌っている時より、スムーズに歌えました(笑)。聖美さんは何をやっても受け止めてくださる声の持ち主なので、そこは本当に楽しくやらせていただきました「夢で逢えたら」も「ロンリー・チャップリン」も、普通にやっても聖美さんの歌の方が立つので、僕は自分の歌いたいように歌えましたし、それはそれで幸せなんです。
鈴木 思い出した!あの曲は乙女チックなセリフがあって、でも私はその時ちょうど還暦を迎えて、「あれやるの嫌」って言ったの(笑)。でも雅之が、ちゃんと言わないとダメだって言うから、自分なりにかわいい声を出しました(笑)。
黒沢 聖美さんの声は艶っぽくて、あの声を聴く事ができて、すごく嬉しかったです(笑)。
「「夢で逢えたら」は、今まで色々なデュエット作の中でも、特に"かわいく”歌った一曲」(鈴木)
――『WOMAN SOUL』の「Duet Side」では、本当に表情豊かな歌を聴かせてくれていますが、中でも「夢で逢えたら」での聖美さんは、かわいらしさを感じる歌い方ですよね。
黒沢 ちょっとドキドキする(笑)。
鈴木 ちょっと若くなったつもりで(笑)。
黒沢 僕もこの時は普段よりもちょっと若い感じで歌っていると思います。でも大人ぶっても、もうマーチンさんのイメージが強い曲なので、大人というイメージではマーチンさんには敵いません。だからその部分は聖美さんにお任せしようと思ったら、聖美さんも若い感じで歌っていて、結果的にフレッシュな仕上がりになりました。
鈴木 雅之がかわいらしい感じの歌が好きみたいで。「お姉ちゃんはシュプリームスとか、そういうイメージなんだ」って言ってくれますが、私ももう30年やっているので声質も変わってきて、昔アマチュア時代はそういう歌も歌っていましたが、今はしっくりこないというか、自分の声には合わない感じがしていて。でも雅之の中には“鈴木聖美”のイメージがあって、だから「夢で逢えたら」もかわいいらしい感じで歌って、セリフも言って、という事だったと思います。
黒沢 だから相手が僕だったのかもしれないですね。もう少し年上の人だったら、また違う感じになっていたと思いますし、そこは鈴木雅之のプロデューサー的視点で、たまたま近くにいた僕が起用されたのではなく(笑)、戦略だったんですね。
――聖美さんと黒沢さんの声が重なった時の肌触り、質感が、マーチンさんの頭の中にははっきりあったのでしょうね。
黒沢 あのアルバムの中のデュエットの相手、僕が最年少ですよ(笑)。周りからはおっさんって呼ばれていますが(笑)
「聖美さんの声質は唯一無二。僕のルーツミュージックを、聖美さんとマーチンさんはずっとやり続けている」(黒沢)
――黒沢さんから見て、改めて鈴木聖美というシンガーはどんなシンガーですか?
黒沢 とにかく声質が唯一無二。その太さはもう世界レベルともいえます。マネして何とかそれっぽくしているシンガーもいたりしますが、でも聖美さんは持って生まれたものだから、ある意味ずるいですよね。その時点でソウルミュージックを歌う資格があって、同時代的なものをずっと歌ってきて。僕らの世代はJ-POPを歌っていて、そのルーツを辿っていくとブラックミュージックがあってという感じですが、聖美さんやマーチンさんはそのルーツミュージックを歌い続けています。そこがすごい。
――マーチンさんに影響を与えたのも聖美さんですよね。
黒沢 本当に聖美さんの影響があってこそということは、マーチンさんは必ずおっしゃいますよね。
鈴木 私が聴いていたソウルミュージックの影響が大きいかもしれませんね。私がバンドをやっていて、雅之がそれをよく観に来ていて、でもその時はまだハードロックやっていました。それで彼がプロになるときに、ソウルミュージックのルーツを辿ったら、「ドゥワップ」を見つけて、これだ!と思い、シャネルズにつながっていきます。結果的に彼は、やりたい音楽を自分で見つけたということですよね。
黒沢 逆に僕は、聖美さんの「TAXI」や、マーチンさんの一連の楽曲を聴いて、日本人がこういう曲を歌っていいんだ、そういう音楽スタイルってありなんだ、という事を教えてもらいました。シャネルズは楽しい感じでしたが、ブラックコンテポラリーを日本語で表現することに関してマーチンさん、聖美さん、久保田利伸さんらがいなかったら、たぶんゴスペラーズも存在していませんでした。なので偉大すぎて、足を向けられないというレベルの方々ですので、一緒に歌える事が本当に嬉しいです。
鈴木 嬉しいね、そんな風に言ってくれて。
「今まで色々あったけど、また「SPS」のようなイベントに呼んでもらえて、私の歌を聴いて喜んでもらえると、もうちょっと頑張ってみようかなって思える」(鈴木)
――以前、聖美さんにインタビューした時に、「歌うことはいつ辞めてもいいと思いながら活動を続けている」とおっしゃっていましたが、音楽ひと筋、歌しかない、という感じでないのが意外でした。
鈴木 私は歌か結婚か、どっちを取るかという時に、結婚を取って音楽をやめた人間だから。だから離婚していなかったら歌っていなかったと思う。雅之達がいなかったから、絶対にプロになっていなかったと思うし、好きな事をやって、再婚したり色々あったけど、ここにきて「SPS」のようなイベントにも呼んでもらえて、みんなに喜んでもらえるのは最高ですね。そうなると、もうちょっとやってみようかなと思ったりして(笑)。
黒沢 「SPS」の大阪公演(9月3日)の時、1曲目の「TAXI」で「タクシーに~」って歌った瞬間のお客さんの拍手がすごくて、あの拍手込みでひとつの作品でした。あれは本当に感動しましたね。
鈴木 拍手、そんなに聞こえなかったんだけど、私(笑)。
黒沢 いえ、凄い拍手でしたよ(笑)。波のように広がっていっていましたけど、たぶん聖美さんの声が大きすぎたのだと思います(笑)。あれは袖で聴いていて、ゾクゾクしました。
「男女のデュエットは、女性を立てて歌う気持ちが大事。その方が曲の完成度が高くなる」(黒沢)
――聖美さんも黒沢さんも、色々な方とデュエットする機会が多いと思いますが、自分なりのデュエットの極意のようなものがあれば、教えていただけますでしょうか?
黒沢 僕はソロも10年やっているので、デュエットの機会は他のメンバーよりは多いと思いますし、デュエットがものすごく好きで、特に女性とのデュエットが(笑)。何も考えずに曲の世界に入っていく時と、相手の事を見ながら、相手に合わせてフレーズを考えている時、その両方の瞬間が好きなんです。マーチンさんが「デュエットは恋愛のようなものだ」と言っていましたが、まさにその通りだと思います。 確かに歌っている5~6分の間は、みんなに聴かせているんだけど、ある意味二人の世界があって、それをみんなに聴かせる気持ちよさというのもあるし。息遣いを合わせるのも、ハーモニーとはまた違う楽しさがあって、それがひとつの歌になった時に、ひとりで歌ったものとは違う色っぽさが出てくるのがいいなと思います。僕は男性とも女性ともデュエットしますが、どちらも相手に対する色気というよりは、曲全体が持つ色っぽさみたいものがすごく好きで、デュエットをやっているのだと思います。
「黒沢君のような考え方で、そうやって声を掛けてもらえていたら、色々なデュエットもまた違う仕上がりになっていたかも」(鈴木)
――声を合わせていくハーモニーやコーラスとデュエットとは、また違う捉え方ですか?
黒沢 そうですね、ハーモニーの場合は部品になるという感覚に近いです。いいデュエットって僕が言うのもなんですが、1×1が2倍以上のもの、歌になるかどうかだと思います。それは一人ひとりの責任感が生まれるからだと思っていて、それってハーモニーグループの時とは、またちょっと違います。
鈴木 私は、例えばピーボ・ブライソンやマイケル・マクドナルド、デヴィッド・シーとデュエットした時は、それまでよく聴いていた人の声とデートするわけで、だからこの人の声と一緒になった時、自分はどうなるんだろうとか、ワクワクする気持ちはありました。実際レコーディングで、一緒にブースに入って歌った時に、自分の思った通りの雰囲気だと嬉しくなっていました。
――相手の歌に負けていられないとか、そういう感覚はデュエットにはないのでしょうか?
黒沢 僕はあまりないですね。特に男女の場合は持ち場が違うので、僕は最初に夏川りみさんとデュエットした時(「満天の星の夜 duet with 夏川りみ」)は、お互いに声がとても出るタイプなので、そういうところはあったかもしれませんが、女性とのデュエットでは4:6で男が負けるものが、いいデュエットだと思っています。やっぱり女性がより輝くのがいいデュエットです。男がガッツリ歌って「俺、こんなに声出るんだ、すごいだろ」という感じがするのは、それはデュエットとしては大失敗で、やっぱり女性と歌うという意味では、自分がちょっとひいた方が、曲としての完成度としては高くなる場合が多いと思います。
鈴木 それは素晴らしい!
――エスコートしている感じですね。
黒沢 それは心がけていますね。特に僕はキーでいうと、聖美さんのキーとそんなに変わらなくて、そこで男性が同じキーで歌うと、女性よりキンキン聴こえるというか、心地よくない高音になります。僕の声は、そこを柔らかくすることができるタイプの声質だと思います。
――デュエットはデートのような感覚ですね。女性を立てるというか、男性が優しくエスコートしていくと、結果としてできあがったものがよくなるという部分では。
鈴木 女性の方も、どういう風に歌おう、見せようって思います。引いて歌ったほうがかっこいいのかなとか、自分でそこを見極めなければいけない時もあったので、相手が黒沢君みたいに言ってくれていたら、また違った感じでできたのかなと思いますね。
「聖美さんとソウルミュージックをまたデュエットしたいです」(黒沢)
――またお二人のデュエットが聴きたいです。
黒沢 今度はソウルミュージックを一緒にやるのはどうですか?
鈴木 やりたい!「SPS」の時、「Soul Sister, Brown Sugar」をみんなでやってたでしょ?私に歌わせろよと思ってた(笑)。出ていっちゃおうかなって(笑)
――海外のブラックミュージック歌う女性ボーカリストの方って、年を重ねれば重ねるほどよくなるというか、歌の伝わり方が違ってきますよね。
黒沢 聖美さんもまさにそういうタイプだと思います。
鈴木 喉は大丈夫なんだけど、体の方が(笑)。
――聖美さんは1月24日に「ビルボードライブ大阪」でライヴがありますが、どんな感じのステージになりそうですか?
鈴木 ビルボードでのライヴはもう10年以上ずっとやっていて、ホームグラウンドみたいな感覚で、今回は30周年記念アルバムの中から、今まで歌ったことがないものも、やってみたいと思っています。
黒沢 「ビルボード大阪」は、僕もゴスペラーズでもソロでもライヴをやっていますが、素敵な空間ですよね。聖美さんの歌がより響くと思います。お客さんとして観に行きたいくらいです(笑)。
――聖美さんはこれからどんな歌を歌っていきたいですか?
鈴木 今だからこそビートルズやソウルミュージックを歌うと新しいものに聴こえて、若い世代にも響くのかなと思っていて。
黒沢 マーチンさんも言っていましたが、聖美さんには是非カーラ・トーマス(“The Queen Of Memphis Soul”と呼ばれている、女性R&Bシンガー)のような歌を歌って欲しいですね。サザンソウルを本物が歌うというのがいいなと思っていて、流行りものとして歌うのではなく、逆に懐かしいと捉えて歌って欲しいです。
鈴木 そういう歌を歌っていきたい。歌を楽しみたい。