Yahoo!ニュース

小田和正 『クリスマスの約束』の誠実な物語【後編】 番組プロデューサーが振り返る、軌跡と奇跡の瞬間

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
『クリスマスの約束2024』(C)TBS

前編】から続く

2001年当時「小田さんはもっと色々なアーティストと一緒に音楽をやるべきだったという思いが強くなっていたようです」

『クリスマスの約束2001』
『クリスマスの約束2001』

――最終回の一曲目は、2001年第1回目の放送の一曲目「言葉にできない」でした。〈あなたに会えて ほんとうによかった 嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない>というフレーズが、小田さんからアーティストとファン、そしてスタッフへの24年間の感謝の気持ちが込められているように会場に響き渡りました。当時阿部プロデューサーが「現在あるものとは違う音楽番組をやってみませんか?」と小田さんに打診し、その時53歳だった小田さんは「アーティスト同士がお互いを認め、愛し、尊敬することで日本の音楽シーンは成熟する」という思いを抱いており、双方の思いが結実し番組がスタートしました。

服部 小田さんはオフコース時代を含めて、他のアーティストとの共演が極端に少なかったことはご自身でもおっしゃっていますが、1983年頃小田さんは日本版グラミー賞設立を目指して奔走したことがありました。そこには日本の音楽業界はもっとアーティスト同士がリスペクトし合い、もっと一緒に音楽をやるべきという思いがあったと思います。2001年当時小田さんはこれからのご自身の音楽人生を“黄昏”という言葉で表現していたと思いますが、もっと色々なアーティストと一緒に音楽をやるべきだったという思いが強くなっていたようです。その思いを形にするというプロセスの中で、小田さんが曲を選び、それを自分でアレンジしバンドと共に演奏して、何組かのアーティストには自分で手紙をしたためて、出演の依頼をするというこの番組が生まれることになります。

初回はゲスト不在、その時小田は?制作サイドは?

『クリスマスの約束2001』
『クリスマスの約束2001』

――初回は山下達郎を始め7組のアーティストに小田さんが手紙を書き、出演のお願いをしましたが、結果的にゲストなしで行われました。この時小田さんは「ゲストが誰も出てくれないのがドラマ」と語り、制作サイドが「それでは番組にならない」というやりとりがあったというお話は本当ですか?

服部 これは事実ではない話が伝わっています。企画立案の過程ではそうしたやり取りはありましたが、結果的に手紙を送った方々がどなたも出演しないと決まった時、プロデューサーの阿部は「小田さんに恥をかかすようなことはできないなので、やめましょう」と進言しました。でも小田さんに「もし君らさえよければ、繕うことなくありのままを伝え、ひとりで懸命にやるけれど」と言っていただけて、収録の準備を続けました。僕は阿部から「お前には小田さんの覚悟がわかるか?」と問われたことを今でも覚えています。覚えているといえば、阿部はオフコースの「秋の気配」が大好きなんですが、初回の放送のセットリストには入ってなかったんです。でもリハーサルの時、小田さんが「阿部が好きなんだろ」と言って「秋の気配」を歌ってくださって、阿部が驚いていたこともよく覚えています。

『クリスマスの約束2024』(12月3日KTZepp Yokohama)
『クリスマスの約束2024』(12月3日KTZepp Yokohama)

「2001年に出演をお願いした桜井和寿さんが出演してくださった2003年は、忘れられない回になりました」

――山下達郎から手紙の返事をもらって小田さんが「この手紙をもらっただけで、この番組をやった価値はあると思う」と語っていたのが印象的でした。難しい質問だと思いますが、20回の放送の中で、服部さんが一番印象に残っている回を教えていただけますか?

服部 (長考して)一番困る質問ですが、2003年の東京ベイNKホールでの回が特に印象に残っています。Mr.Childrenの桜井和寿さんが出演して「言葉にできない」「タガタメ」「HERO」の3曲を歌ったときに、涙が抑えきれなくなって暗がりのほうに行ってボロボロ泣いてしまいました。桜井さんは2001年にお声がけして、出演が叶わなかったのですが、その2年後に初回の思いが結実して、ついに出演してくれたことに感動しました。それから2009年の回も忘れられません。

伝説の“22分50秒”の秘話

――伝説の“22分50秒”と呼ばれる、錚々たるアーティストが持ち歌をメドレーでつなぐシーンですね。24日の放送でも再び観ることができるので楽しみです。

服部 小田さんは昔から「アーティストが声を重ねることで、すごく大きな力になるんだ」とおっしゃっていて「みんなで、アーティスト全員で力を合わせて、お互いの曲も全力でコーラスするんだ」と、長年温めていた企画でした。毎年打合せでその話は出るものの、難しい企画なのでリハーサルの時間もかなり必要になるし、いつも立ち消えになっていました。でも2009年、やることが決まって小田さんが独特の追っかけコーラスを含めてアレンジを考えて、譜面ができあがるまでに相当時間を要したし、リハも繰り返し行ないました。だから本番当日はうまくいくかどうかというより、スタッフ全員がやりきるんだという強い気持ちで臨みました。

――歌い終わるとお客さんからのスタンディングオベーションが鳴りやまなくて、小田さんも涙ぐんでいるようでした。

服部 番組のテーマソング「この日のこと」からスタートして、続いて藤井フミヤさんの「True Love」のあのギターのイントロを弾いている佐橋佳幸さんの、“リアルなイントロ”が鳴った瞬間、客席がものすごい盛り上がりで、それを見てこれはうまくいったと確信しました。あの瞬間、僕だけではなくアーティストもスタッフも全員そう思ったと思います。お客さんの力は本当に強いです。みなさんが知っている曲ばかりがメドレーになっていたので、きっと盛り上がるはずと思いながらも、本当にうまくいくのだろうかとか、それまでのことも含めて色々な思いが交錯しました。でもあの時の歓声と拍手で一曲一曲の素晴らしさが、さらに増幅されるというか、圧倒されたしどんどんボルテージが上がっていって、歌い終わった後5分ぐらい拍手が鳴りやまなくて、小田さんの感極まった表情と涙を見ることができて感激しました。僕も泣きそうになりましたが、インカムの向こうから他のスタッフの泣き声が聞こえてきて、涙が引っ込んでしまいました(笑)。この番組が掲げてきたテーマが結実した瞬間だと思います。

「小田さんは毎回、曲の選曲やアレンジに非常に気を遣って、特にコーラスアレンジは他では決して聴くことのできない、素晴らしい個性と輝きを放ち続けていました」

『クリスマスの約束2024』(12月3日KTZepp Yokohama)
『クリスマスの約束2024』(12月3日KTZepp Yokohama)

――いち視聴者として、小田さんの他のアーティストへのリスペクトと、アーティストからの小田さんへのリスペクトが伝わってきて、そして音楽愛溢れるスタッフが丁寧に番組を作っていることが伝わってきました。

服部 小田さんの音楽への真摯な姿勢、そして音楽を通じて人々をつなぐ力に深く感銘を受けました。小田さんのリハーサルへの取り組み方は本当に徹底していて、参加アーティストの中には『小田学校』と呼ぶ人もいたほどです。僕も小田さんとの打ち合わせは毎回学校に行くような感覚で、60年代末から70年代の日本のポップスシーンの話を、当事者から聞くことができたのは貴重な経験でした。小田さんは毎回、曲の選曲やアレンジに非常に気を遣って、特にコーラスアレンジは他では決して聴くことのできない、素晴らしい個性と輝きを放ち続けていました。

「小田さんとの出会いが僕の人生の大きな転機となりました。そして求められ続けた番組だったからこそ、最後までやり遂げられたのだと思います」

『クリスマスの約束2024』(12月3日KTZepp Yokohama)
『クリスマスの約束2024』(12月3日KTZepp Yokohama)

――服部さんにとってこの番組は、テレビマンとしてどんな影響を受けましたか?

服部 最終回の収録後、打ち上げ会場に向かう廊下で、小田さんから握手を求められました。その瞬間、様々なことが胸をよぎりました。この番組に関わらせていただいて、小田さんとの出会いが僕の人生の大きな転機となりました。『クリスマスの約束』は音楽番組というよりそれ以上の存在でした。アーティスト同士の交流の場であり、日本の音楽シーンの美しい部分を映し出す鏡でもありました。24年間の歴史を通じて、多くの感動と音楽の素晴らしさを伝えることができたと思います。その最後の章を飾れたことを制作者として誇りに思います。24年間、綻びそうになることも多々ありましたが“絶対に終わらせない”という決意で続けてくることができました。求められ続けた番組だったからこそ、最後までやり遂げられたのだと思います。

TBS『クリスマスの約束』オフィシャルサイト

■『クリスマスの約束2021』TVer・TBS FREEにて期間限定無料配信

今回の放送を記念して、2021年に放送された『クリスマスの約束2021』が、12月10日から民放公式テレビ配信サービス「TVer」と「TBS FREE」で期間限定無料配信される。また、『クリスマスの約束2021』を含めた、これまでの一部放送回は、動画配信サービス「U-NEXT」でも視聴できる。

<TVer・TBS FREE 配信スケジュール>

『クリスマスの約束 2021』 12/10(火)15:00~12/24(火)21:59 ※無料配信期間は変更になる場合あり

小田和正音楽特番『クリスマスの約束2024』 12/24(火) ◇一部22:00~22:57 ◇二部23:56~25:56※一部地域を除く

これまで『クリスマスの約束』を小田と共に支えてきたアーティストたちが選んだ『クリスマスの約束プレイリスト』が、Spotifyで配信がスタートした。

■根本要(STARDUST REVUE)※2003年初登場

<プレイリスト選択曲:2013年「落陽」小田和正・吉田拓郎>

「リハーサルでお二人が並んでいるときからオーラ全開でした。そして談笑のなか、始まればあまりにすごい2人のデュエットに耳と心が爆発寸前。本当に瞬きするのを忘れました。あの光景は今も焼き付いています」

<プレイリスト選択曲:2003年「木蘭の涙」小田和正・根本要>

「自分がゲストに呼ばれたことがビックリ、しかも不得意なテレビでまともに歌えるはずがないと臨んだ収録でした。ところが、小田さんがいてくれたことの安心感があったのか、MCが多少ウケたからなのか(笑)、意外なほど落ち着いて歌えたんです。僕自身、人前で歌うという意識があの日から変わった気がしています」

■松たか子 ※2006年初登場

<プレイリスト選択曲:2016年「赤い花白い花」小田和正・JUJU・松たか子>

「小田さんに呼ばれるたびに、JUJUさんと色々なコーラスをさせていただきましたが、この曲の美しさと難しさは思い出深いです」

■水野良樹(いきものがかり)※2006年初登場

<プレイリスト選択曲:2006年「悩み多き者よ」小田和正・斉藤哲夫 他>

「初めて『クリスマスの約束』に呼んでいただいたときに演奏したのが『SAKURA』でした。小田さんが歌ってくれた印象的なコーラスラインは18年経った今も、ずっと心に残っています。その2006年の回に出演されていたのが斉藤哲夫さん。小田さんとお二人で話しながら『音楽をやってきてよかった』とおっしゃっていたのがとても印象的でした。委員会バンドでやった曲たちもどれも大切な思い出で、選びきれないのですが、あえて他の出演者の方の曲を多めに選びました。毎回、みんなで声を合わせて歌う『この日のこと』は、ちゃんと選んでおきたいなと思い選曲しています」

■矢井田 瞳 ※2007年初登場

<プレイリスト選択曲:2007年「恋バス」小田和正・矢井田 瞳 他>

「小田さんとの時間は、私の音楽人生にとって大きな大きな宝ものです。小田さんが出逢わせてくださった素晴らしい音楽体験や人との繋がりに感謝します」

■JUJU ※2009年初登場

<プレイリスト選択曲:2013年「やさしい夜」小田和正・JUJU・松たか子 他>

「小田さんによって私が一生忘れられなくなった、特にずっとハモパートを口ずさみ続ける曲たちのリストです。本当はご一緒させていただいた全ての曲をプレイリストにしたいところですが…」

■和田唱(TRICERATOPS)※2011年初登場

<プレイリスト選択曲:2016年「Waterfalls」小田和正・和田唱 他>

「『クリスマスの約束』で小田さんと共に繰り広げたメドレーの数々。その曲のチョイスは僕が提案したものもあれば小田さんからのアイデアも。小田さん提案の曲は僕には馴染みがあまりないものも多く、だからこそ新鮮で、練習するほどその曲の魅力に取り憑かれ。というわけで今回のセレクトはそんな曲を中心に選びました」

■熊木杏里 ※2017年初登場

<プレイリスト選択曲:2004年「竹田の子守唄」小田和正・山本潤子>

「山本潤子さんと小田さんが歌っていた、『竹田の子守唄』。この歌が大好きで、小さい頃から父がギターで良く歌ってくれていました。潤子さんと小田さんの掛け合いも最高で沁みる歌でした」

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

田中久勝の最近の記事