地球温暖化「縄文海進地図」は「未来予想図」か
雪が降らなくなったラダック
地球温暖化はすでに防止する段階にはない。温暖化防止の活動は継続しながらも、温暖化にいかに適応するかを考え、行動する段階に入っている。
今年8月、ラダックへ行った。インド北部ジャンムー・カシミール州に位置する、標高の平均が3500メートルという山岳地帯。富士山と同じくらいの高さ、日本の面積の5分の1程度の場所に、29万人が暮らしている。
強烈な日差しを感じた。これも標高の高さゆえ。日焼け止めのクリームを塗り、サングラスをかける。遠くに標高5000〜6000メートル級の山々が見える。
ラダックの夏は短い。
10月~4月上旬は氷点下まで気温が下がり、時々マイナス20度以下の極寒の世界となる。
それが4月中旬になると気温も上がり晴の日が続く。陸路でラダックに入れるのはこの期間だけ。雪のために峠を越える道路が封鎖される冬の数ヶ月間は、飛行機だけが外界との唯一の交通手段。ラダックという地名は「峠を越えて」という意味なのだ。
ここでも温暖化の影響は大きい。
遊牧民出身の女性に話を聞いた。彼女の実家は「天国にいちばん近い湖」といわれるパンゴン湖(標高4250メートルの世界で最も高い場所にある塩湖)の近くにあり、遊牧民は、夏にはテントを張りながらヤクや羊などの家畜とともに生活し、冬は土煉瓦で作られた家に住む。
「私は7歳から遊牧に出かけていました。ヤギやヤクを10頭くらいずつ連れて山で草を食べさせます。馬で移動し夜は家畜とともに寝ます。狼が現れることもありました。ヤギが散り散りになってしまうので声を出して狼を追い、再びヤギを集めました」
遊牧民にとって家畜のエサである植物は大切だ。
「冬場に多くの雪が降ると、夏に植物が生い茂る。私が子供のころに比べると、雪の量はずいぶん減り、植生も大きく変わりました。1970年代には1メートル50センチくらいの植物も生えていましたが、いまの植物は膝丈より下です」
「私たちは電気を使っていない。温暖化ガスも出していない。しかし、高地に住んでいるため温暖化の影響を受ける。このことをあなたたちはどう考えているのか」
氷河が消え、飲み水、農業用水が不足する
村人は飲用に井戸水を使っていた。
村の公立小学校にも井戸があり、子供たちが水を飲んでいた。地下水ゆえに夏場でも水温13度と低い。水質は良好で硬度(水の中に含まれるマグネシウムとカルシウムの量)が高いのが特徴だ。
一方、農業用にはインダス川から水路を引いている。村のあちこちにコンクリートで囲われた水路がある。今後温暖化が進んで気温が上昇すると蒸発量は増えるだろう。せっかくの水が畑まで届かなくなる。
インダス川の水も地下水も元々は山の氷河だ。
年輩の女性がこんな話をしてくれた。
「50年前には私の家のまわりでも40、50センチの積雪がありました。だから家の入口を高い場所に設置していたのです。冬に雪が積もっても大丈夫なように。当時は山に行けば6メートルほどの積雪がありました。それがいまでは村の積雪は2、3センチ、山で60センチほどです。毎年、冬に雪が降るようお祈りをしています」
気温の上昇によっていままで雪が降っていた時期に雨として流れてしまう。積もった雪もすぐに解けてしまう。人間目線で見れば雪や氷の塊は山におかれた貯水タンクだ。
ゆっくり解けることで種まきどきの水になり、夏場の生活用水になる。じわじわ地中に染み込み地下水量を増やす働きがある。それがなくなっている。
人工氷河という適応策
村で人工氷河の建設候補地を見た。
ゆるやかな斜面に土と石で1メートルほどの高さの堤防をつくる。
これまでは斜面をひたすら流れてしまった雪解け水が、堤防でせき止められて斜面に止まる。堤防はゆるやかな斜面にいくつか作られている。堤防と斜面の間にたまった水はいっぱいになると堤防を越えて再び流れ出し、斜面の下にある次の堤防で再びたまる。
棚田に水が流れるようなイメージだろうか。そして、たまった水は冬になると凍る。氷は山の斜面に蓄積され、人工氷河と呼ばれる塊をつくる。
このしくみは冬場の風の通り道につくるのがポイントで、冷たい風が水上を通過することによって凍りやすくなる。春になると再び水は解け出し、この水を利用するという。
だが、大きなプロジェクトで費用もかかる。村での合意形成に時間がかかりそうだ。
海面上昇と豪雨に襲われる日本
温暖化はもちろん日本に住む私たちにも大きな影響を与える。
縄文前期6000年前の平均気温は現在より2℃高かった。縄文前期、海面が約5メートル上昇していたことは地質学的に実証されている。
その時代から現在までの気温の傾向を見ると、地球は寒冷化トレンドにあった。
それが現在は温暖化。21世紀末の日本の平均気温は、20世紀末に比べ4.5℃上昇する(気象庁によるシミュレーション)とも言われる。
寒冷化からV字転換で温暖化に向かっていることになる。
温暖化が進展すれば、日本列島は2つの影響を受ける。1つは、海水面の上昇。陸上の氷河が解け、海水を増加させたり、海水温上昇により海水が膨張する。もう1つは、水の循環のスピードが速くなって、水不足や洪水の被害が増える。
縄文海進から寒冷化のトレンドに向かい、関東平野は少しずつ陸地が増えていった。
近世までの関東平野は、複雑に絡み合う原始河川と点在する沼沢を抱えた巨大三角州だった。利根川、荒川は江戸初期まで、現在の古利根川、元荒川の河道を南に下り、中川低地を経て東京湾に注いでいた。低湿地であるため、しばしば洪水に見舞われてきた。
平安時代に編纂された歴史書『三大実録』には「武蔵国去秋水勞(武蔵国で昨秋(858年)水害)」とあり、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には「建仁元年(1201)8月の暴風雨で、下総葛飾郡の海溢れて4000人余が漂没」と記されるなど、数多くの水害の記録が残っている。
そうした土地に巨大都市が形成されてきたことは、極めて不自然なことであると、まずは認識する必要があるだろう。
さらに日本の沿岸部には、満潮時に海面より地面の標高が低くなる土地「0m地帯」がある。これは高度経済成長期以降、3大湾(東京湾、伊勢湾、大阪湾)を中心に、干拓や埋め立てによって低地に拡大した。
現在、0m地帯の面積は約580km2におよび、約400 万人が居住している。
こうしたところは海面上昇の影響を受け、豪雨によって大きな被害が出る。縄文海進レベルまでいかなくとも、海面が1m上昇すると、全国の砂浜の9割以上が失われる。東京でも対策をとらなければ、江東区、墨田区、江戸川区、葛飾区のほぼ全域が影響を受ける。
こうしたことはなかなか認識しにくいが、「海面上昇シミュレーションシステム」(国立研究開発法人 産業技術総合研究所/2016年8月11日公開)などを活用して見るとよい。
「縄文海進のマップ」にしても「過去にこういう時代があった」では済まされない。気温が同程度になるので、「これからこういう時代がくるかもしれない」と考えるべきだろう。
いたずらに恐れることはない。こうしたマップを念頭に置きながら、私たちはどのように暮らしていくかをきちんと考えるべきなのだ。
気候変動に対し、科学技術等によって対応していくのか、影響を受けやすい土地からは一定の時間をかけながら撤退するのか、多少の災害等はしかたがないと考えて柔軟に対応するのか。あるいは、これらを合わせて考えるのか。
こうした議論が必要であり、人間の生活やまちづくりを見直す好機と考えたい。