日本は何位だった? 知っておきたい料理界のオリンピックと日本の課題
ポール・ボキューズ氏
2018年1月20日にポール・ボキューズ氏が91歳の生涯を閉じました。ボキューズ氏はフランス・リヨンにあるレストラン「ポール・ボキューズ」のオーナーシェフ。1961年にM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)を取得し、1965年から50年以上にわたりミシュランガイドで三つ星を維持してきたという、世界最高峰の料理人です。
日本ではフランス料理の雄ひらまつと提携して、現在では「ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ」(2007年1月21日開店)、「メゾン ポール・ボキューズ」(2007年6月19日開店)、「ブラッスリー ポール・ボキューズ 銀座」(2007年9月1日開店)、「ブラッスリー ポール・ボキューズ 大丸東京」(2007年11月6日開店)などを展開しています。
世界的な料理人であるボキューズ氏の料理を日本で体験できるのは、様々なフランスの名店を日本に上陸させてきた、ひらまつだからこそできることでしょう。
ボキューズ・ドール国際料理コンクール
ボキューズ氏は逝去しましたが、様々なものを遺してくれました。中でも大きいのは、偉大な料理人たちを輩出する「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」を1987年に創設したこと。
「エスコフィエ・フランス料理コンクール」や「ル・テタンジェ国際料理賞コンクール」と並んで、日本でも三大フランス料理コンクールとして知られています。
日本では、ひらまつの創設者である平松博利氏が代表理事を務める、一般社団法人 ボキューズ・ドールJAPANが運営に関わっています。
料理界のオリンピック
「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」の特徴は2年ごとに開催されていること。奇数年にボキューズ氏と馴染み深いフランスのリヨンで開催される世界最高峰の料理コンクールで、料理界のオリンピックとも称されています。
各国の国内予選に始まり、アジア・パシフィック、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカの大陸予選が行われ、特別出場枠を勝ち抜いた24ヶ国24人の料理人が、フランスでの本選に出場。公平性を保つため、審査員は出場する24ヶ国24人から構成されているのも特筆するべき点です。
これまでにおける日本の料理人の成績は次の通り。
開催年/料理人/アジア・パシフィック大陸予選の順位/フランス本選の順位
2009年/佐々木康二氏/1位/8位
2011年/中洲達郎氏/3位/9位
2013年/浜田統之氏/2位/3位
2015年/髙山英紀氏/1位/5位
2017年/長谷川幸太郎氏/1位/12位
2019年/髙山英紀氏/1位/7位
アジア・パシフィック大陸予選で5位以上となればフランス本選に出場できます。
これまでフランス本選で最も好成績を収めたのが、2013年3位に輝いた浜田統之氏。優勝および準優勝になったことは、まだありません。
浜田氏は、当時は星野リゾート 軽井沢ホテルブレストンコート、現在は星のや東京で料理長を務める料理人。魚料理にとても定評があり、フランス本選では魚料理で2位に大きな差を付けて最高得点を獲得しました。
日本代表は戸枝忠孝氏
今年のフランス本選は2021年9月26日から27日にかけて開催。日本からは、2019年10月14日に行われた日本予選「ひらまつ杯2019」で優勝を果たした戸枝忠孝氏が出場しています。
1976年生まれの戸枝氏は21歳で渡仏してフランスで名だたる星付きレストランで修業。帰国後、ひらまつが運営する「サンス・エ・サヴール」で部門シェフに就任し、2007年に軽井沢で開業した「ドメイヌ・ミクニ」の初代料理長。そして2011年に、軽井沢で「レストラン トエダ(Restaurant TOEDA)」をオープンします。
2017年に初めて「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」の日本予選で2位となり、今回は優勝を果たしてフランス本選への切符を掴み取りました。
レストラン トエダ
戸枝氏がオーナーシェフを務める「レストラン トエダ」は、長野県の軽井沢にある一軒家の隠れ家レストランです。
特長は、信州の食材をふんだんに用いた、信州のテロワールを表現した料理。フランス料理を主体としながらも、素材に寄り添い、独自性を創出しています。
店内にはわずか3テーブルしかないことから、「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」では、世界で最も小さなレストランから出場したといわれるほど。
Makuakeを利用
料理コンクールに挑戦するには、大きな負担を強いられます。
大会を含めた前後日に拘束されるだけではなく、大会に向けての準備や練習も必要。店は営業できないので、売上も落ちます。したがって通常は、ホテルや大手外食企業に所属する料理人、もしくは、大きなスポンサーが付いた料理人しか挑戦できません。
戸枝氏はこの課題を解決するために、Makuakeを利用しました。
目標金額が20万円のところ、応援購入総額が560万円となり、目標をはるかに超える金額を獲得。戸枝氏に対する応援の大きさが表れていました。
今年のフランス本選
戸枝氏は強い期待を背負って出場しましたが、結果はどうだったのでしょうか。
フランス本選の結果は次の通り。
順位 国名 スコア
1位 フランス 2428
2位 デンマーク 2329
3位 ノルウェー 2234
4位 アイスランド 2231
5位 スウェーデン 2202
6位 フィンランド 2079
7位 エストニア 2045
8位 スイス 2040
9位 日本 2017
10位 イタリア 1918
以下、省略
全21チーム中、日本は9位となり、残念ながら入賞を逃しました。
戸枝氏がつくったのは、秋を表現した作品です。ミスジ肉を葉で包み込み、朴葉、桜葉、銀杏の他に、シイタケ、トランペット茸、ジロール茸といったキノコもふんだんに使用。繊細な味わいに仕上げ、儚さも感じられる秋の情景を想起させるのに十分な料理でした。
美食家の視点
今回の結果について、美食評論家であり、世界のベストレストラン50で日本のチェアマンを務める中村孝則氏に話を聞きました。中村氏は、日本の食文化の発展に寄与し、今回の「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」ではリヨンまで足を運び、戸枝氏を全力で支えてきた、料理界の重鎮のひとりです。
Q:現地の雰囲気はいかがでしたか?
中村氏:「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」は34年目を迎えますが、コロナ禍で延期となり、久しぶりの開催だったので、驚くほどの熱気に包まれていました。この大会は、世界から注目されるシラ国際外食産業見本市の目玉イベントであり、料理や外食産業、あるいは生産者にとって重要なアピールの場です。そういった意味で、関係者はもとより、農水畜産産業や観光業、レストランなど多くの人が、大きく期待していることがわかりました。
Q:戸枝氏の結果をどう思っていますか?
中村氏:順位に関しては、個人的にはあまり気になっていません。9位で健闘したというのが、現場での感想です。フランスは国家の威信をかけて莫大な予算と政治力を駆使して挑んでおり、北欧勢は強力なスポンサーが支援して潤沢な資金で臨んでいます。その一方で、戸枝氏には、国の資金援助もなければ、大手スポンサーもいません。これではまるで、大リーグに日本の地方草野球チームが挑むようなものでしょう。
Q:戸枝氏の料理はどうでしたか?
中村氏:戸枝氏が料理を通じて一番表現したかったのは、地元である長野県の豊かな自然を背景にしたローカルガストロノミーです。料理技術やおいしさは十分に評価されていましたが、残念ながら、その特長が審査員に伝わりきれていなかったように思います。今後は表現方法にさらなる磨きをかけていくのがよいのではないでしょうか。
Q:戸枝氏のMakuakeの利用をどう考えていますか?
中村氏:ほぼ自費の個人参加で国際大会に挑むということで、資金は大きな課題でした。プロモーションの費用も人材も不足していました。Makuakeのクラウドファンディングでは、資金を集められるだけでなく、認知も高められます。
Tシャツを販売する施策も効果的だったのではないでしょうか。ポール・ボキューズ氏のTシャツをオリジナルで製作し、影響力のある世界中のシェフに着てもらってSNSでアピールしました。私もそのひとりでしたが、資金がなくても発信する方法があると感心しています。
Q:「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」をどのようなコンクールと捉えていますか?
中村氏:謳い文句でもいわれているように、まさに料理業界のF1レースだと思います。レーサーが優秀なだけでもレースに勝てないのと同じで、エンジンやマシンといった機材やスタッフたちの人間力、あるいは広報活動戦略や情報戦、そして資金力や政治力など、総合的な戦いが必要です。
企業や行政、メディアも巻き込んだ総力戦でいかなければ、日本の勝機は少ないと思います。その気になれば、日本はこのどれも圧倒的なポテンシャルがあるだけに、なおさら惜しい気持ちです。
外食産業やレストランや料理人たちに対して、マスコミ業界の知見が低いことが大きな課題ではないかと、自らを反省しながら振り返っています。
日本は国を挙げてもっと支援するべき
戸枝氏は、「ひらまつ杯2019」で優勝に加えて村上農園賞を受賞するなど、フランス本選で期待された料理人。中村氏が述べたように、日本を挙げての支援ができていたら、もっと上位になっていたのかもしれません。
日本では、料理人や食文化の質は高いポテンシャルを秘めていますが、それが完全に生かされていない状況です。飲食店での食事代は安く、料理人やサービススタッフの賃金は上がらず、外食産業の従事者に対する地位もあまり高いとはいえません。
新型コロナウイルスが世界で猛威をふるう中、「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」が無事に開催され、戸枝氏の素晴らしい料理によって多くの人が感銘を受けました。それと同時に、国やメディアが日本の食をどのようにして世界へと発信するのかという課題も浮き彫りになったように思います。