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勝率1位快走中の渡辺明三冠(35)叡王戦本戦で2年連続ベスト4進出 広瀬章人八段(32)に勝利

松本博文将棋ライター
叡王戦本戦トーナメント左側(記事中の画像作成:筆者)

 1月9日。東京・将棋会館において叡王戦本戦2回戦(準々決勝)▲渡辺明三冠(35歳)-△広瀬章人八段(32歳)戦がおこなわれました。15時に始まった対局は21時7分に終局。結果は95手で渡辺三冠の勝ち。ベスト4進出を決めました。

まだまだ勝ち続ける渡辺三冠

 両者は前期叡王戦準々決勝でも対戦しています。それまでの対戦成績は渡辺8勝、広瀬10勝で、広瀬竜王(当時)が勝ち越していました。その叡王戦で勝ってから、渡辺棋王(後に王将、棋聖を奪取して三冠)が巻き返していきます。

 直後の棋王戦五番勝負は渡辺棋王に広瀬竜王が挑戦。3勝1敗で渡辺棋王の防衛となりました。

 2019年度のJT杯決勝は渡辺三冠の勝ち。

 また年末におこなわれたA級6回戦でも渡辺三冠の勝ちとなりました。

 そして今期叡王戦で対戦するまでに、成績は渡辺14勝、広瀬11勝となっていました。

 1月12日からは王将戦七番勝負が開幕。渡辺王将に広瀬八段が挑戦と、両者トップクラスらしく、頻繁に対戦を重ね続けています。

 叡王戦はトーナメント戦で、先後は対戦ごとに振り駒によって決められます。渡辺三冠は局後、こう語っていました。

渡辺「トーナメント戦はやっぱり、振り駒の先手番というのは大きいですからね。(先後が交互に変わる)番勝負だと1局目、どっちでもいいようなところはありますけど」

 振り駒の結果「歩」が3枚出て、渡辺三冠の先手となりました。解説の橋本崇載八段はこう語っています。

橋本「先手渡辺は相当きついっすね(笑)。(後手番となった方は)『悪手がないのに負けた』みたいなことが結構ある」

 全棋士中勝率1位で絶好調の渡辺三冠。その上で、少し有利の先手番を得たとなれば、勝つ確率はさらに上がることになります。

 渡辺三冠は初手に角筋を開き、戦形は矢倉模様となりました。最近の矢倉戦は、互いに十分に組み合う前に戦端が開かれることが多い。本局では渡辺三冠は居玉のまま、攻めの桂を跳ね出して、すぐに歩をぶつけました。そして4筋の位を取ります。その後で互いに相手の様子をうかがいながら、駒組を進めていきました。

 渡辺三冠が組み上げたのは、オーソドックスな金矢倉。一方で広瀬八段は4筋の位から遠ざかる意味があったか、矢倉を経て、盤上隅に玉を移動させ、穴熊に組んでいます。

 以前は矢倉や角換わりの戦形でも穴熊に組むことはしばしば見られました。特に渡辺三冠は、その手法を好んで用いていました。しかし渡辺三冠は最近ではほとんど穴熊に組んでいません。また全体的にも穴熊は減少傾向にあるようです。最新の将棋の戦術、思想は、コンピュータ将棋の影響などにより、変化が見受けられます。

 駒組が一段落した時点でのソフトの評価は、渡辺よし。ソフトは穴熊を低めに評価する傾向にあるようですが、それ以上に、渡辺三冠が作戦勝ちを収めていたようです。

 夕食休憩に入る少し前に、渡辺三冠が4筋の位を取っていた歩を突き出し、駒を前に進める道筋を作ってから、本格的な戦いが始まりました。渡辺三冠は飛車まで切り捨て、不退転の姿勢で猛攻を続けていきます。

 広瀬八段といえば、棋界屈指の穴熊の使い手というイメージがあります。しかし本局では、ほぼ粘る余地がなかったようです。渡辺三冠はあっという間に広瀬穴熊を攻略。一手の緩みもなく、一気呵成に広瀬玉を受けなしに追い込みました。

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 渡辺三冠は2年連続で叡王戦準々決勝で広瀬八段に勝ち、2年連続でベスト4進出を決めました。

 渡辺三冠は前期は準決勝で菅井竜也七段に敗れ、挑戦者決定戦三番勝負へ進出することはできませんでした。今期はどうなるでしょうか。

 渡辺三冠の今年度成績はこれで30勝6敗(勝率0.833)。依然勝率1位をキープしています。

 ところで渡辺三冠といえば昨年10月、頭髪がとても短くなったことで、世間を驚かせました。その理由は自身でバリカンを使う際に設定を間違え、部分的に1mmで刈ってしまい、それに合わせるしかなくなってしまったからだそうです。

 最近の頭髪については本局が終わった後、視聴者からの質問に答える形で、次のように語っていました。

渡辺「最近は5mmぐらいなんですよ。タイトル戦始まるから、ちょっと気合入れようかなと思って、5mmにしました。まだ3mmとかあるんで、5mmはまだそんな。メイチ(競馬用語で目一杯、最高の仕上げ)の勝負駆けの時に3mmとか1mmがあるんで。とりあえずちょっと短くして。タイトル戦始まるからっていう、いまそういう長さ(5mm)なんですよ」

 まだ調整の余地があるんですね。渡辺三冠の髪がもっと短くなった際には、そこからメイチの走りが見られるものと期待できそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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