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悔しい、悔しい、サンウルブズ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
奮闘したマフィ(右から2人目)と山下(左端)=撮影:齋藤龍太郎

 灼熱の土曜日の日中、秩父宮ラグビー場のスタンドでは生ビール(7百円)が飛ぶように売れていた。気温30度を超えた。日本のサンウルブズの選手たちは汗みどろになりながら奮闘するも、レベルズ(豪州)のパワーとスピードにやられ、7-52で大敗した。これで6連敗の2勝11敗、今季ホーム初勝利をまたしても逃した。

 素朴な疑問。2020年シーズンを最後にスーパーラグビー(SR)から除外されるサンウルブズの存在意義は何なのか。ラグビーワールドカップに臨む日本代表の強化を一番の目的としてSRに参戦したはずなのに、代表候補の主力で固める「ウルフパック」とは別に編成され続けている。代表の層を厚くするため、あるいは代表候補の主力のけがを回避するためか。

 秋のラグビーワールドカップに向け、この時期にトップレベルの強度のSRの試合で、日本代表のチーム力を見てみたい気がするのだが、日本代表のジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)は独自の強化方針を貫く。覚悟は見える。もちろん、どちらのチームにいようが、選手はただ、勝利のためにからだを張るしかあるまい。

 この日の収穫といえば、今季初先発のアマナキ・レレイ・マフィがトップレベルで通用することを確認できたことぐらいか。後半開始直後、1万4千の観客がどっと沸いた。相手のキックをマフィが自陣で捕球すると、ボールを右手で抱えて突進し、3人が並んだディフェンスを吹っ飛ばし、名選手のSHゲニアのタックルもはじき飛ばした(ゲニアはこの一連のプレーで負傷交代)。

 古巣相手に躍動したマフィだが、試合後は痛めた右ひざのために病院に直行、記者と交わるミックスゾーンには姿を現さなかった。ただ、グラウンドでのテレビインタビューでは「みなさま、ほんとうに負けて申し訳ないです」と日本語で漏らして頭を下げた。

 「(突進は)チームメイトのおかげで、走りました。でも、負けは悔しいです。いろいろなところで(チームの持ち味が)まだ出てないと思います。セットピースとかブレイクダウンとか負けてしまって…。それと、フィジカルもダメかなと思います。来週、負けないように頑張ります」

 インタビュアーからRWCのことを聞かれると、誠実なマフィは声のトーンを上げた。

 「みなさま、ラグビーワールドカップ、盛り上がりましょう」

 マフィの言葉通り、スクラム、ラインアウトが不安定ではリズムをつくるのは難しい。サンウルブズの目指す展開といえば、ボールをキープして動かして、フェーズを重ねて、空いているスペースにボールを持って行くことである。でも肝心のボール争奪戦で後手を踏むと何もできなくなる。とくにスクラムでコラプシング(故意に崩す行為)のペナルティーをとられると、タッチに蹴り出されて、ラグビーの基本の陣取り合戦のところで負けてしまう。

 サンウルブズはシーズンを通してメンバーが入れ替わってきたこともあるのだろう、なかなかチーム力が上がってこなかった。対する相手チームはシーズンの深まりとともに連携が整備され、とくにディフェンスが厳しくなってきた。この彼我の差がこのところの大敗につながっている。

 加えて、選手のモチベーションのばらつきか。勝利のベースにある大義が見えない。この日、日本代表のコーチも務めるサンウルブズのトニー・ブラウンHCは不在だった。「モチベーションは?」と、人のいい右プロップの山下裕史に聞けば、こう即答してくれた。

 「勝利のため、それだけです。試合に勝つことだけです」

 RWC代表メンバー入りへのアピールは?

 「ないです。欲張っても、いいことないですし…。こればっかりは試合に勝ちたいためだけにやっています」

 サンウルブズとウルフパック。選手に戸惑いはないのだろうか。ウルフパックは気になりますか、と聞けば、「気にしますか?」と問い返された。ヤンブーさんは正直だ。

 「僕は、気にならないです。まあ、どっちが上かも、どっちが下かもわからないので…。1月の頃は、結構、“どっちにおったらええんやろう”って茂野(海人)としゃべったりしてましたけど、まあ、考えるだけ無駄かなって。しょせん、僕らは“コマ(駒)”なので。ひたすら、やるだけです、ラグビーを」

 山下の囲みはいつも笑い声に包まれる。黒色のサンウルブズの帽子をかぶった額から汗が流れ落ちている。暑さは?

 「8月のトップリーグの開幕戦より全然、マシですよ。風があって、湿度が低かったし…。ノドがからからになったぐらいです」

 来週6月1日の最後のホーム戦(対ブランビーズ)を前に、5人の日本代表候補選手がサンウルブズを離れることになった。5人の選手にはまだ、移動は伝わってないようで、来週の試合のことを聞けば、「やっぱり勝ちたいですね」と言って、冗談口調でつづけた。

 「僕もきょうの天気だったら、ラグビーせんで、ビールを飲みたいですけど…」

 自身の置かれた状況に最善を尽くすラグビー人生。RWCのことについては、「人が決めることですから」と言った。

 「ジェイミーが選ぶところなので、ぼくはあまりそこは気にしない。ま、ワールドカップに選ばれなくても悔いは残らないですけど、そこ(選考の対象)に立ってなかったら悔いが残ると思います。けがで戦列から離脱する際には悔しいかなと。そうですね、そこに元気で立っていたら僕は何もないです」

 6月3日頃には約60人の代表候補を40人程度に絞り、9日からの宮崎合宿に臨むことになっている。選手なら代表選考の行方がまったく気にならないわけはなかろうが、その前にサンウルブズのメンバーとして国内最終戦を迎える。初勝利のラストチャンスだ。

 短い時間ながら、セットプレーなどの課題を修正し、自分たちの目指すラグビーに徹するしかあるまい。サンウルブズで103番目の選手として登録されている山下は短い言葉を繰り返した。

 「やっぱり、ホームで勝ちたい」

 ラストチャンスに懸けるもの、それは日本を代表してきたラガーマンとしての意地かもしれない。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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