SMBC日興証券事件、相場操縦として刑事立件できるのか?
SMBC日興証券社員らが相場操縦の疑いを受け、証券取引等監視委員会の強制調査を受けていたことが報じられている。
日興が大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼された銘柄について、株主と売却先である投資家に対する提示額を売却先がまとまった日の終値を基準に設定していたが、提示額が株主による取引の持ち掛け時点の株価に比べて低ければ売買が成立しなくなる可能性があったので、社員が売却時点での株価を維持するため、市場で買い支える注文を繰り返して株価を買い支えた疑いが持たれているとのことだ。
金融商品取引法違反(相場操縦)容疑の関係先として今年6月に同社本社を強制調査し、東京地検への告発も視野に調べているとのことだ。
事実関係、証拠関係の詳細が不明なので確かなことは言えないが、報じられている範囲では、金商法違反の刑事事件としての立件はかなり微妙な事案のように思える。
相場操縦に関しては、様々な禁止規定があるが、一般的な「相場操縦行為」とは、
「取引を誘引する目的をもつて、有価証券売買等が繁盛であると誤解させ、相場を変動させるべき一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をすること」
である。
重要なことは、相場を変動させるべき売買等を行っても、「取引を誘引する目的」がなければ相場操縦の犯罪は成立しないということである。
この「取引を誘引する目的」については、
「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的」
と解するのが最高裁判例だ。
注文の出し方や株価の動きで、株価が上昇するように見せかけて、他の投資家を引きずり込み、株価を上昇させて、自分は売り抜けて儲けようというのが、相場操縦の犯罪の典型例だ。
SMBC日興証券の社員が、株価を下落させないようにするために自社の資金で買い支えたというだけでは、相場操縦の犯罪が成立するとは考えられない。証券会社の社員が、会社の業務として、外形的に相場操縦の手口と見られるような売買や注文を出すとも思えない。
報じられているような事案であれば、むしろ、有価証券の「相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもって」する安定操作取引(159条3項)に近い事案ではないかと思われる。
安定操作取引は、有価証券の募集や売り出しを円滑に行うため、相場の安定を目的として行う市場での売買取引である。特に、それが必要であり、かつ、合理性が認められるのは、有価証券の募集・売り出しを円滑に行うために、株価の急激な変動を回避し、一定の範囲に収まるようにすることを目的とする場合であり、届出・報告等の所定の手続によって行われる場合には適法とされる。そのような手続を経ることなく、株価が、上限価格と下限価格の間の「一定の範囲」から逸脱しないようにするための安定操作取引が行われた場合には違法となる。
安定操作取引は、有価証券の募集・売り出しの場合であれば、事前に届出を行うことで適法に行うことができる。しかし、単に、大株主から立会時間外で売買の仲介を依頼されたというだけであれば、適法に安定操作を行うことはできない。
本件の場合、買い注文を繰り返して株価を買い支えたということであれば、何らかの「下限の設定」をしていた可能性はある。問題は、「上限の設定」を行っていたと認められるかどうかだ。
過去に同様の事件で、ある上場企業の相場操縦事件があった。創業者のH氏が、同社の株価が割安に放置されていたことから、僅かな資金を元に、信用取引で上場会社の15%もの株式を保有しようとする株式取得を計画した。証券取引等監視委員会は、その過程で、株価が数倍に跳ね上がるまでの間の売買を「相場操縦」、その後、株価が下落を始めた後、追証が発生しないよう防戦買いを行っていた時期の売買を「安定操作取引」ととらえて、H氏を告発した。
H氏は、株価が順調に上昇していた時期には、信用取引の益出しのために「対当売買」(他人名義を使い、売り買いとも自己の資金で行う取引)を行って資金を回転させていたが、その後、株価が下落し、追証が発生しないように必死に買い支えていた時期には、利益が出ていないので「対当売買」は行っていなかった。
監視委員会は、「対当売買」を、他人の取引を誘引する手段ととらえていたので、それを行っていない時期の取引には「誘引目的」がないとして、相場操縦での立件は困難と考え、安定操作取引で立件して告発したものだった。
しかし、「安定操作取引」が成立するのは、「上限価格」と「下限価格」を定めて、株価がその間に収まるようにした場合であり、単に、一定の価格を下回らないように買い支えていたというだけでは、犯罪は成立しない。H氏が行った一連の売買は、株価を上昇させる目的で行ったものであり、売り圧力が高まったために、結果的に株価を上昇させることができなかっただけだ。「下限価格」だけではなく「上限価格」を決めて株価が「一定の範囲」に収まるようにする意図は全くなかったので、「安定操作取引」には該当しない。
ところが、監視委員会の側には、「安定操作取引」が成立するためには、「下限価格」だけではなく、「上限価格」を設定して、それを上回らないようにすることが必要だという問題認識がなかったようで、これを安定操作取引ととらえた。
H氏は、相場操縦と安定操作取引の両方で起訴され、公判では、検察官は、当該期間、結果的に、株価が一定の範囲内に収まっていることで、「上限価格」の設定があったと主張した。弁護側は違法な安定操作取引には該当しないと主張して上告審まで争ったが、最終的には、その点も含めて有罪が確定した。
今回のSMBC日興証券の事件でも、相場操縦には該当しないということで、安定操作取引での立件も検討されるかもしれない。しかし、その場合、最大のネックになるのは「上限価格の設定」の有無だ。同証券社員としては、株価が下落するのを防止させたかっただけで、株価の上昇を抑える必要はないので、「上限価格の設定」を認定することは難しいであろう。
いずれにしても、今回の案件を、金商法違反の刑事事件として立件することは、容易ではないと思われる。今後の監視委員会の調査の展開を慎重に見極める必要があるだろう。