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サイドバックの本質とは。横浜を去る小林祐三が見せた流儀。

小宮良之スポーツライター・小説家
横浜から鳥栖に移籍する小林祐三(写真:田村翔/アフロスポーツ)

サイドバック(SB)というポジションに欠かせない才覚とはなんだろうか?

SBとは「脇を守る人」である。守備者である前提。脇口から攻め寄せる相手に対し、守り切る技術を身につけていなければならない。個人の力でサイドを封鎖するにしろ、周りと連係するにしろ、守れなかったら話にならないのである。

「攻撃こそ最大の防御なり」。それも一理はあるだろう。しかし攻撃を受けることが前提である以上、守備よりも攻撃が優先されることはあり得ない。

ところが、日本では「攻撃的SB」が重宝される。誤解を恐れずに言えば、これは日本サッカーをゆがませている。

攻撃的SBの幻想を与えたのは、おそらくブラジルサッカーだろう。ブラジルでは歴史的に、司令塔的気質のあるSBが代表でも数多くプレーしている。80年代からレアンドロ、ジュニオール、ブランコ、カフー、ジョルジーニョ、レオナルドなどは、代表の10番も顔負けのスキルを備えていた。その存在はセレソンの優位だった。

ブラジルサッカーと最も深い関わりがあった日本サッカーは、必然的にそれを受け入れてきた。しかしブラジルから持ち込まれる段階で守りの重要性は抜け落ち、軽視されてしまった。攻撃のみが重視され、評価そのものにひずみが出た。後方から飛び出すスピードに注目、敵を貫く「槍」のようなSBが賛美されるようになった。

歪みは歪みを増幅させる。SBが攻撃を担当することで、サイドアタッカーの立場が曖昧になった。結果、敵陣をドリブルで切り裂く選手が日本には乏しい。乾貴士、齋藤学など一握り、サイドには10番タイプが陣取るのが通例だ。

プレーメーカー的役割もこなせたブラジル人SBは、サイドでテンポを作れた。試合を引き回せるというのか。それが日本ではタッチラインでの上下動のスタミナやスピードという点に焦点が置かれた。このズレはロベルト・カルロスやダニエル・アウベスらの影響だろうが、彼らのパワーとスタミナは傑出したもの。そもそも二人は欧州で「守備の不安あり、サイドバックとしては変則」と指摘されてきた。

SBに関しては、「攻撃的」の実像を見極めるべきだろう。

その点、Jリーグ最高のSBは横浜F・マリノスの小林祐三かもしれない。

Jリーグ屈指のサイドバックの正体

小林はフル代表に選ばれた経験はないが、Jリーグでは守備者としてのクオリティの高さで、チームを旋回させてきた。機動力(俊敏性)を間合いとして武器にするも、それに依存しない。ボランチやサイドハーフや左センターバックとの関係を使い、集団戦の有利を創り出せる。それによってサイドの攻防を支配。多くの対戦チームが小林の守るサイドを避けているのは(左サイドの攻撃主力が逆サイドへ)、優位性の証左だろう。

「(逆サイドからのクロスに対しては)一番見えるポジションにいるので、センターバックを上手く動かして対処できるようになりました」

小林は今シーズンを戦う中で語っているが、そのディテールにポジションの極意はあるのだろう。

「サイドバックは同じ動きが多くなるんです。例えば左からのパスを右足インサイドで受けるのは何度もやる動作。そこでどう回転かけて止めるとすっと収まるか、とか回転は研究してきました。キックも受け手に正対して蹴っていたのを、体は前のまま足を振るようにしたら、感覚が良くなったり。どれもこれも、細かい話なんですけどね」

小林は不用意にスライディングタックルで相手アタッカーを止めることがない。滑るよりも、相手のボディバランスを見極め、死に球を蹴らせる。タックルが決まると華やかだが、それは剣を振り切ってしまうことで、相手に隙を与えることになるからだ。

SBの才覚を思い知らされたのは、横浜のエースである齋藤学が左から右にポジションを移したときだろう。小林は縦パスのタイミング、カバーの位置、フォローする攻め上がりなど攻撃を支援。アタッカーを攻撃に専念させ、連係によってサイドを蹂躙できるのだ(特記すべきはマルティノスが左にポジションを移すと攻撃は空回り、そこを破られての失点も多かった)。

「SBが攻撃を促す」。その役目は素人にはわかりにくい。それ故、「攻撃的」のまぼろしは生まれたのかもしれない。派手さに目を奪われるというのか。

小林は今シーズン限りで契約満了となり、横浜を退団する。6シーズンフル稼働し、今シーズンも33試合に先発出場。これでクラブが契約を更新しなかったのは一つのミステリーだろう。首脳陣の不明と言っていい。1年間を戦い続けた選手を否定するなら、なにを査定基準とするべきなのか、プロクラブとしての正義も罷り通らない。

しかし、小林は静かな面持ちで言うのだ。

「それでも、マリノスが(J2に)落ちて欲しいとかは全然思えないですよ。立つ鳥跡を濁さずというだけでなく、長くプレーしたチームですから。毎日のように、一緒にいた仲間ですし」

自分を雇用するクラブへの忠誠心に似た責任感が、守備者である彼を高みに上げ、チームをも支えてきた。

去年の暮れ、小林はチームがフロントへの不信感で分裂しそうになったときも、どの派閥にも属そうとしていない。彼自身が最もきつい不条理を与えながらも、チームの一員として主従(監督の決断)を重んじ、誰にも媚びず、阿らず。チームを勝利させるために粛々と挑み、全員に仁義を通し、自らの仕事を全うしている。その場に流されない性格は、たとえ目立たなくても、崩れ立ちそうになるチームの均衡を支えてきた。

そこに守備者として、柏レイソル、横浜と10年以上、ポジションを誰にも明け渡していない矜持があるのだろう。

来季に向け、小林は数チームのオファーの中から、サガン鳥栖で新たな一歩を踏み出すことになった。

鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督は、守備の極意を知るイタリア人である。その彼が自ら出馬し、右SBに指名。右脇の城門は固められたも同然だろう。

サイドで戦局を動かせる小林は、かつてのブラジル人SB、あるいは欧州のフィリップ・ラームやセルジ・ロベルトのように、おそらくボランチの資質も持っている。実は柏レイソル時代、ネルシーニョ監督は本格的にボランチ起用を準備していた。ボールを握り、回し、運ぶ、はSBに求められる素養で、彼は単なる"守備職人"でもない。

イタリア人指揮官の存在を触媒に、小林は「日本のSBの潮流」をも変えられるか?

この挑戦は見物である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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