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外科医は手先が器用なのか 医師の本音

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
もう少し手先が器用だったらなあ・・・とはあんまり思わないものです(ペイレスイメージズ/アフロ)

「外科医は手先が器用なのですか」

筆者は外科医ですが、よくこんな質問をされることがあります。確かに、人間の体を切ることを仕事としている外科医は、手先が器用でなければならないような気がします。実際のところは、どうなのでしょうか。

そこで、この記事では現役外科医として1000例を超える手術に参加し、またこれまでに100人以上の外科医の行う手術を見てきた筆者の経験からこの質問に真面目に答えてみます。なお、この記事の内容はあくまで筆者の主観であり、科学的なデータに基づいたものではないことをお断りしておきます。

外科医はみな手先が器用か?

外科医はみな、手先が器用なのか。この問いには、「多くの外科医は手先が器用」と筆者は答えたいと思います。もちろん中にはそれほど器用でない外科医もいますが、そういう外科医はトレーニングでカバーしているのだろうな、という人が多いです。はっきり言ってしまえば、「よっぽど手先が不器用でなければ、きちんとトレーニングし勉強をすればちゃんとした手術を執刀することは可能」なのです。最近は色々な機械が発達してきていて、どんどん外科医の手でやることは減ってきています。例えば、体の中の血管を切る時、以前は絹の糸を使っていちいち手で二カ所を縛って間をハサミで切っていましたが、現在では機械で血管をシールして切ることが出来ます。かかる時間は半分くらいで済みますし、血管からの出血を止める能力も縛る場合と同じです。このような機械のおかげでずいぶん手術が楽になり速くなりましたし、出血量も減りました。他にも、筆者が専門としている大腸がんの手術の時に、大腸を切って縫い合わせる道具も存在します。

もちろん、まれに信じられないほど手先が器用な外科医も存在していて、まさに神業とでも言わんばかりに、目にも止まらぬ速さで手を動かす人もいることは確かです。ですが、外科医がみなそのような器用さを持っているわけではありません。

追加すると、「元々手先が器用な医学生が外科を専門として選ぶことが多い」という要素もあるでしょうね。

外科医は楽器をやっていた人が多い?

そしてある時気づいたのですが、筆者の出会ってきた外科医の印象では、医師になる前に「楽器や手を使うスポーツ」をやっていた人が多いのです。楽器であればピアノやバイオリン、ドラムなど。そしてスポーツであればバスケットボールやバドミントン、卓球なんかでしょうか。そういえば筆者は学生時代、楽器ではドラムを叩き、スポーツではサッカー(ゴールキーパー)をやっていました。ドラムなんて両手の協調運動ですから、手術と良く似た動きのような気がしています。

そして医師になってからは、かなり長い時間の練習をしたり、左手でお箸を持ってご飯を食べたりして「器用さ」を上げる努力をしました。特に「糸結び(いとむすび)」という、血管などを高速でしかし確実に糸で縛りこむ技術は必須で、毎日のように練習していました。

「手先の器用さ」を測定することは、ある意味では可能です。例えば「たくさんの豆を長いお箸でこちらからあちらの皿に移すのにかかる時間」を測定すればある程度は客観的に測ることが出来るでしょう。

ある意味では、と申し上げたのは、実は手術における「手先の器用さ」とは、ただ単にこのような細かい作業を速く正確にするというものだけではないからです。

手術に必要な「器用さ」とは

では、手術に必要な「器用さ」とはなんでしょうか。これは筆者の専門の「お腹の中(消化器)」の話になりますが、この3つだと考えます。

・0.1mm以下の細かい作業を正確にやる器用さ

・片手で腸を抑えつつ別のものを引っ張るというような、手が何本もあるような器用さ

・助手に合わせられる、変幻自在という器用さ

細かい作業は、重要な血管にアプローチするときに必要です。一歩間違えば大出血につながるからです。また、上手な外科医は、まるで千手観音のように、いくつも手を持っているように片手で2つも3つも別の作業をしたりします。そして手術は一人で出来ないものが多いですから、助手との連携もとても重要になります。いつもいつも同じ助手と手術をするわけではありません。

そして、手術に必要なものは「器用さ」以外にもたくさんあります。

例えば、動揺しない精神の強さ(大出血しても淡々と血を止める)、コミュニケーション能力(イライラして他のスタッフに当たったりしない)、色んなことに耐える忍耐力(長い手術では5時間以上も飲まず食わず、トイレにも行きません)、などなど。それを支えるのが、体力です。

更に一番大切なことは、人体の構造に対する深い理解と知識ですね。人間の体というものは、ほとんどみな同じ部分と、人によって大きく異なる部分があります。そしてごく稀に、内臓が全部左右逆であるような人もいるのです。もちろんある程度は手術前のCT検査結果などでわかっていますから、手術前に外科医はシミュレーションを繰り返します。飽きるほどシミュレーションを繰り返して手術をすると、とてもスムーズに終わるんですね。

「器用さ」はいらない時代が来る?

ここまでお読みの方は、「外科医は職人で、手術というものは職人芸である」というような印象をお持ちでしょうか。ところが、最近になって「外科医の器用さを手助けするもの」が登場しました。

「ダビンチ」という、外科医の手術を手助けしてくれる名前のロボットが今、日本の病院で普及してきているのです。詳しくは以前の私の記事

「ロボットが手術をする時代 ~手術支援ロボット 「ダビンチ」とはなにか~」に書きましたが、これは簡単に言えば「手ブレ防止機能」や「外科医が3mm動かしたらお腹の中では1mmだけ動く」というような機能があるロボットです。

このロボット以外にも、外科医の「器用さ」を支援する機械はどんどん開発されています。多くの機械が開発されると、外科医の手先の器用さが失われてしまうという心配をしている外科医もいるほどです。

神の手はもういらない

以上、外科医の手先の器用さについてお話ししました。

筆者は、これからの手術は職人芸ではなく、どんな外科医でも同じくらいのクオリティで行えるようなものでなければならないと考えています。「この手術はあの人にしか出来ない」というような神の手はもういらないのです。外科医個人の手先の器用さに頼ることは質の担保にはつながりにくく、ある程度機械と一緒になって手術をしていく流れは、今後加速していくのではないでしょうか。

※この記事内での「手術」は、おおむね消化器外科の手術を想定しています。

※筆者は医師になって10年、消化器外科医(=胃や腸などの手術をする外科医)として8年のキャリアという、この世界ではまだまだ若輩者です。諸先輩方におかれましては、何を生意気にとご笑覧ください。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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