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ロボットが手術をする時代 〜手術支援ロボット 「ダビンチ」とはなにか〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
手術支援ロボット「ダビンチ」(筆者撮影)

1990年代に米国で開発され、1999年から実際に手術時に使用している手術支援ロボット「ダビンチ」。本邦では2009年に薬事承認され、ゆっくりと普及しつつある。

「ダビンチ」はいったいどのようなロボットで、何が利点・欠点なのか。そして現場の外科医はどう感じているのか。

外科医である筆者が、さまざまなデータや業界の雰囲気を含めて解説する。

ロボットの説明の前に「開腹」と「腹腔鏡」について

ロボット手術の有用性を論じるためには、まず、手術の歴史について考える必要が有る。筆者は消化器外科医(胃や腸の手術を専門とする医師)なので、主に胃や腸の手術についてお話ししよう。なおここでの手術とは、主にがんの手術である。

歴史的に、手術つまり「皮膚を切り体を開けて中の悪いものを切り取る」という治療法が開発されて以来ずっと、「開腹」手術という手術が行われていた。これは文字通り大きくお腹を開けて(大体は15cm以上)、外科医が直接お腹の中に手を入れて胃や大腸を切除する方法だ。

それが、近年「腹腔鏡(ふくくうきょう)」手術というものに取って代わろうとしている。これは、お腹に5mmから大きくても1.2cmの小さな孔を開けて行う手術だ。二酸化炭素ガスでお腹の中を膨らませて空間を作り、細長く極めて高精細なハイビジョンカメラと、細長い鉗子(かんし)と呼ばれる精密なマジックハンドのような道具で、お腹の中だけで胃や腸を切り取る。

腹腔鏡の鉗子(かんし) (筆者撮影)
腹腔鏡の鉗子(かんし) (筆者撮影)

この腹腔鏡手術をイメージしていただきたい。腹腔鏡手術は実際、開腹手術と比べてかなり難易度が上がる。

例えば料理をする時に、すべての道具が30cmの長さで、かつ片目をつぶってやるとしたらどうだろうか。いつものように玉ねぎを手で押さえて切ったり、レタスを剥いたりすることがかなり難しくなるだろう。

筆者もほぼ毎日腹腔鏡手術を行っているが、慣れるまでは画面に酔ってしまったり手がつってしまったこと、また2次元→3次元への脳内での変換という開腹手術とのギャップを埋めるのに苦労したことを記憶している。

やや専門的に言えば、腹腔鏡手術が難しい理由は

3次元の喪失

触覚の喪失

の二つに集約される。これは、手術中には外科医はモニターを見て手術をするため三次元の内臓が二次元に見え、また細長い鉗子のみで内臓や腫瘍、血管を扱うため「触覚を失う」という問題である。開腹手術より難易度は高く、それはすなわち合併症が増えるということを意味する。さらには腹腔鏡手術を行うための専用器械(高精細スコープや血管用シーリングデバイスなど)を使うせいで、開腹手術と比べコストが倍以上かかるという問題がある。

しかしながらそれでも腹腔鏡手術が普及しつつあり、特に胆石症や胆嚢炎の手術では80%以上が腹腔鏡で行われているとも言われる。

その理由はなぜか。

最大の理由は、患者さんへのダメージが少ないことである(これを専門的には「低侵襲である」という)。手術によってつけられる創は、腹腔鏡手術のほうがはるかに小さい。例えば筆者の病院で執刀するS状結腸切除では、開腹が15cm以上なのに対し腹腔鏡は約7cm(5cm+1.2cm+5mm+5mm+5mm)だ。そのため手術後の痛みや、食事開始までの日数、入院期間に至るまであらゆる回復が早いのだ。

腹腔鏡手術は外科医に厳しく、患者さんには優しい手術なのだ。

ロボット手術は「簡単に出来る」腹腔鏡手術である

その上で、ロボット手術とは何か。一見するとロボットが全自動で最初から最後まで手術を行ってくれるというわけではなく、これは完全な「手術支援ロボット」である。

具体的には、ロボット手術は上記したような腹腔鏡手術と基本的に同じ創をつけて行われる。お腹の中に二酸化炭素のガスを入れ膨らませて、その中にカメラや精密な細いマジックハンドを入れて執刀するという点では腹腔鏡手術と同じである。

ところが、このカメラや精密な細いマジックハンドが、腹腔鏡手術のものと大きく異なる。

まずカメラであるが、これは3Dのカメラを使用しているため、執刀医は開腹手術と似たような視野で手術が行えるのだ。筆者も実際に覗いたことがあるが、腹腔鏡の二次元の画面と比べ極めて見やすい。この点はかなり大きい。(近年腹腔鏡手術でも3Dカメラが導入されつつあるが、コストの点からそれほど普及していない)

それに加え、精密な細いマジックハンド=鉗子も大きく異なる。これらは腹腔鏡手術では、関節を持たない1本の棒の形態であり、「正面に障害物があるので、この血管を右の後ろからすくいたい」なんていう回り込む動きはとても難しい。まっすぐに切っていきたいところでも、鉗子の角度が悪くギザギザに切らねばならないこともある。まるで髪を切る美容師さんのハサミの角度が固定されているようなものだ。

しかし、ロボットの鉗子は違う。関節があり、執刀医が意のままに曲げられるため思い通りの角度で思い通りのアプローチが出来るのだ。これは腹腔鏡手術と比べ格段な進歩である。

さらには手ぶれ防止機能や、「スケーリング機能」と呼ばれる機能がある。これは、外科医が3cm指を動かしたらお腹の中では1cmだけ動く、という機能である。スケーリングの比率も選択できる。

つまり、簡単に言えば「ロボット手術では手先が格段に器用になる」と言えるだろう。私のイメージは、装着した人の能力を格段に上げるロボットであり、まるで映画「アベンジャーズ」だ。

筆者はロボット手術の執刀経験はないが、日本・韓国それぞれのロボット手術の第一人者の手術を直に見学させていただいたことがある。どちらの先生もエキスパートで、腹腔鏡手術とほぼ同じ時間で大変に美しい手術を執刀していた。韓国の教授は「慣れてしまえば開腹手術より格段に簡単に執刀できる」と筆者に語った。

ロボット手術の問題点

では、ロボット手術の問題点はなんだろうか。

最大の問題点としては、かなりの高コストがロボット手術にはかかるという点だ。この場合の高コストとは、病院側と患者さん側両方の意味で用いている。

まず「ダビンチ」を購入するために2億4800万円(税抜き、Siの価格)が必要である(これでも昨年の25%の価格引き下げ後である)、さらに専用のかなり広い手術室が必要で、執刀する外科医は数十万円をかけて専用の資格を取得しなければならない。

患者さん側としては、例えば直腸がんの場合であれば、通常の腹腔鏡手術を行った場合と比べ余計に払う費用は200万円を優に超える。この理由は、現在は医療機器としての使用は認められているが、保険診療(つまり国民健康保険を使い、患者さんは1〜3割のみの自己負担でよいもの)としては行えず自由診療の枠組みで治療をしているからだ。

2016年1月現在、本邦におけるロボット手術の中で保険診療で行えるのは前立腺がんの手術のみである。それ以外の領域では胃がん・腎がんでは先進医療という枠組みで保険適応を目指しているほか、直腸がん・肺がん・食道がんなどでは先進医療の申請中と聞く。今後、保険適応になっていくかどうかは不明である。もし途中で大きな事故が1件でも起きたら無くなってしまうかもしれない。

もう一つ、問題点とは言い難いかもしれないが、患者さんが手術で受けるダメージ(=侵襲、しんしゅうと言う。英語ではinvasion)について、ロボット手術は腹腔鏡手術とさほど代わりない。厳密に言えば、手術の種類によっては創が1個増えることがあるため、ダメージは

開腹手術>>>ロボット手術=腹腔鏡手術

と考えてもよいだろう。

そのため、外科医の業界では「腹腔鏡手術で十分なのではないか」とする慎重論を散見する。

確かに、ほとんどクオリティが変わらないのであれば、異常に高価なロボットを日本中で購入しなくても良いのかもしれない。両者のクオリティを比較する試験の多くは現在進行中であり、その結果が待たれるところである。

緩やかに下がっていく日本経済や日本という国の世界における存在感を鑑みても、コスト度外視で無制限に最高の質の医療を追求し続ける時代は終わったのかもしれない。そしてもしかしたら、ロボット手術普及のカギは案外日本経済が握っているのかもしれない。

以上、ロボット手術について外科医の視点、そして患者さんの視点から論じた。

(参考)

日本ロボット外科学会

インテュイティブサージカル合同会社ホームページ

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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