「手取り23万」「食費4万」は果たして「贅沢」なのか?
7月31日、中央最低賃金審議会の小委員会は、2019年度の最低賃金について全国平均の時給を27円引き上げ、901円とする目安をまとめた。東京と神奈川が1000円を超えるとともに、地域間格差は依然として224円と大きな開きがある。
この改定に合わせて、日本テレビ系の「NEWS ZERO」で最低賃金特集が組まれ、自販機業界の大蔵屋商事の事例が取り上げられた。
番組では同社の石井さん(仮名、33歳、男性)が、平均月間労働時間300時間(月残業時間約120時間)、手取り23万で、時給換算で最低賃金ちょうどかそれを下回る収入しかない状況が紹介された。
石井さんは、食費を削りながら生活を維持していることなど生活の困難について話す様子も放映された。
この番組放映直後から、「手取り23万」がキーワードとなり、23万は低いのか高いのかを巡り、ツイッター上で大きな議論となった。「手取り23万」はツイッターのトレンド入りも果たした。
この反響からは、最低賃金や最低生活費に対する高い関心がうかがえる。果たして、「月23万円」は高いのか、安いのか。
今回は、この事例とその反響についての分析を通じて、最低賃金や生活費の問題について考えていきたい。
批判と共感
まず、先ほどの事例に対する世論の反応としては、共感とともに批判も多く寄せられている。批判というのは、手取り23万円は十分高収入で、十分生活できるというものだ。
「手取り23万もあんのにまともな生活出来ないってwwwこんな高給貰った事ないわ」
「手取り23万貰って文句言ってんじゃねえよ」
「ニュースzeroで手取り23万の男が買いたいものが買えんとかウダウダ言っとるけどお前俺なんかお前より5万以上低いぞ!!!!!」
上の例のように、番組の中では家賃水光熱費6.1万、食費4万、交際費3万などの23万円の使途も紹介されたため、具体的に自分の生活と比較して、もっと切り詰められるという指摘も多かった。
しかし、これはそれほど支出が多いと言えるのだろうか。静岡県立大学准教授の中澤秀一氏が試算した最低生計費によると、埼玉県さいたま市在住の男性であれば、月額の最低生活費は税抜190824円で、うち食費38610円、住居費と水道・光熱を合わせて59367円となっている。
ここで言う最低生活費とは、7割以上の人が保有する品目について、所得水準が下から3割の人が保有する数を基準として算定している。
中澤氏は、例えば下図に示したように詳細な計算をして生活費を計算している。この図表は埼玉県での被服費を計算したものだ。
参考:後藤道夫・中澤秀一・木下武男・今野晴貴・福祉国家構想研究,2018,『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし 雇用破壊を乗り越える』大月書店
このように、最低生活費の観点から見ると、大蔵屋商事の労働者の生活はほとんど「最低生活」と変わらないと言っていい。
非正規雇用と正社員の「賃金格差」
とはいえ、非正規雇用であれば、時給1000円そこそこで月収15万程度の労働者が多いだろう。彼らが23万円と聞くと高いように感じるのは無理もないことだ。
まず、非正規雇用の平均賃金は20万9400円だ(平成30年賃金構造基本統計調査)。税金や社会保険料を控除する前の金額であるから、手取りはもっと低くなる。その意味で確かに、大蔵屋商事の手取り23万円より低いと言える。
ここで、非正規雇用の賃金水準の低さを確認するために、「全国消費実態調査」の非正規・単身世帯の1ヶ月あたりの収支のデータを見てみよう。
以下のグラフを見てわかるように、可処分所得は15万円を少し上回るくらいで、20万円に達しない。残高については、女性のパート・アルバイトに至っては1709円しかないのである。
さらに、非正規雇用の低賃金は未婚率も上昇させる。正規と非正規の有配偶率は25〜29歳の時点で2倍以上に開き、絶対的な格差は拡大し続ける(下表)。
これに対して、確かに大蔵屋の労働者たちは「月給23万円」と給与が高いし、筆者の聞き取りでも、結婚している割合も高かった。
最低賃金ギリギリで働く非正規雇用にとっては、月残業約120時間という過労死ラインを超える働き方で、なんとか手取り23万円をもらうブラック企業の正社員が、あたかも「特権的」であるように映ってしまうのだ。
実は正規・非正規は「同じ」問題を抱えている
今回の批判は、かつての貧困女子高生バッシングに構図が似ている。最低賃金ギリギリのワーキングプアからすれば、1000円のランチを食べていた女子高生は真正な貧困とは認められないという構図だ。
しかし、このような「批判」は本質を突いたモノとは言えない。前述の通り、大蔵屋商事の手取り23万円には月残業約120時間が含まれている。時給換算するとほぼ最低賃金だ。
だから、実際には非正規も大蔵屋商事も同じような低賃金であり、残業時間がどれだけ含まれているかの違いなのである。
実際に、ブラック企業の正社員の多くが、低い時給単価で長時間働いている。事例は枚挙にいとまがないが、一つだけ例を挙げよう。
ある大手コンビニのフランチャイズ会社で「店長候補」として新卒で採用された労働者は長時間・低賃金労働だった。
毎日8時から22時までの14時間勤務で、「基本給15万円、営業手当2万円、業務手当3万円、手取り17.8万円」しかもらえなかった。前述の非正規雇用の可処分所得の額とほとんど変わらない。
このような「正社員」の働かせ方は、サービス業全般に広がっている。非正規と正規は額面上の賃金格差で分断されているように見えるが、実際の時給単価はともに最低賃金ギリギリなのである。
まとめよう。
確かに、今回の大蔵屋のケースのような、ブラック企業の正社員は、結婚し子供をギリギリ育てられるだけの給与がある。しかし、その時給単価は非正規雇用と変わらず、「月給」を得るためには、過労死の危険を伴うような長時間労働を前提としているということなのだ。
賃金をどうすればよいのか?
このように考えてくると、正規も非正規も、苦しい生活から脱却するためには、最低賃金のさらなる引き上げが必要である。
非正規雇用の貧困を改善し、正社員の場合には過労死を予防するためにも必要だ。
冒頭のように、すでに今年も大幅に最低賃金が引き上げられることに決まり、話題となっている。それ自体は歓迎すべきことだが、最低賃金はまだまだ引き上げられる必要があるということだ。
前述の中澤氏によれば、所定労働時間を173.8時間とすると、最低生計費を稼ぐには少なくとも時給1300円は必要だという計算になる。
しかも、この所定労働時間はお盆もお正月も関係なく1日8時間週40時間で1年間働き続けるという想定なので、よりゆとりを持たせるためには時給1500円は必要とされるだろう。
最低賃金引き上げのためには、労働者自身が非正規・正規の垣根を超えて労働運動を展開していくことが重要だ。
特に、最低賃金から上乗せする「職種・産業別最低賃金」がそれぞれの業界で実現していくことで、貧困と過重労働の改善を加速させることができる。
保育や介護など、最低賃金に近い業界で法定最低賃金を上回る職種・産業別最低賃金を実現することは、人手不足や離職の防止にもつながる。
すでに、石井さんも加盟する自販機産業ユニオンは職種別最低賃金を目指しているという。
最低賃金を上回る職種・産業別最低賃金は、正規・非正規に共通する問題の解決策となるだろう。
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