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イラク戦争で奪われた莫大な人命の犠牲- 総括をしないのは人類の汚点

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

2003年3月20日にイラク戦争が開始されてから10年がたつが未だこの戦争の過ちについて十分な総括が国際的になされていない。

イラク戦争は、国連安保理の許可を得ない武力行使であり、明らかに国連憲章違反であったし、その理由とする「大量破壊兵器」は存在しなかった。この誤った戦争により、イラクはあまりにも壊滅的な打撃を受け、人命を奪われた。

アメリカ、ジョンホプキンズ大学ブルームバーグ公共衛生大学院の研究では、2003年のイラク戦争の結果として約65万5千人のイラク人が死亡したと推定、WHOはイラクで2003年3月から2006年6月までに15万1千人が暴力によって死亡したと推定している。

米軍との戦闘で命を奪われた人だけではなく、占領後の宗派間対立の激化で多くの人が死亡したわけであるが、戦争が起きなければこれだけの犠牲がなかったことは明らかである。

しかし、これだけ人命を犠牲にしたのに、米国では誤った戦争に関する公的な謝罪や検証は全く行われていない。

特に、私が人権の観点から許せないのは、米軍・英軍が直接かかわった人権侵害行為の責任がほとんど問われていないことだ。

例えば、2004年4月と11月の米軍によるファルージャ総攻撃では、戦争犯罪に該当する「民間人攻撃」が行われたとされ、多数の民間人が殺害されたという。白リン弾や劣化ウラン弾等残虐兵器が民間人の居住地で、市民に対する危害を最小限に抑える手段を一切講ずることな大量に使われ、おびただしい死者が出た。

白リン弾使用については、イタリアのドキュメンタリーでその残虐性、極めて残酷で深刻な被害が暴露されている。アメリカ軍がアブグレイブやその他の刑務所で、拷問・非人道的取り扱いに該当する身体的虐待や侮辱などの行為をイラク人拘留者に対して行ったことは多くの証拠に裏付けられている。

こうした行為は何より戦争犯罪の可能性が高いが、きちんとした調査は行われず、ほとんど誰も責任を問われていない。訴追されるのは少数の末端の兵士だけ。意思決定に関わったトップレベルの人々、ブッシュ元大統領やラムズフェルド元国防長官、拷問を正当化した司法省、国防省関係者等の責任は全く問われていない。

超大国が大規模かつ残虐な人権侵害をして幾多の罪もない人を殺害しても誰も責任を問われない、そのようなことでは、大国の都合でおびただしい虐殺が今後も果てしなく繰り返されるだろう。罪もない多数の犠牲者のことを考えると怒りしかない。

イギリスにはイラク戦争検証委員会が設置され、調査が続いてきたが、未だに最終報告は出されておらず、検証は長引いている。アメリカに至っては全く検証・独立調査委員会設置の機運すらない。

米国連邦不法行為法は、海外で行われた不法行為、戦争行為で生じた被害については国家の賠償責任を免除するという規定を置いており、米国は海外で行った戦争行為によりいかなる被害を個人に生じさせても、賠償責任を負うことはない、という極めて不当なルールを勝手に決めているため、イラク人への国家賠償の余地もない(私自身、米国人権団体で働いていた際にイラク人の依頼を受けて様々な検討したが、国を提訴するのは困難であった)。

オバマ政権が誕生して、第一期に検証をするか、が期待された時期があったけれど、結局何もすることなく第一期が終わり、第二期に何をするかが問われている。

驚くことに国連もこれだけの人権侵害行為について、何ら包括的な調査に乗り出す気配がない。

国連人権機関はこれまでも欧米に支配される傾向がままあったが、イラクについてはひどい。国連人権理事会の前身である人権委員会には、米国の強い影響のもと、2004年まで「イラクの人権に関する特別報告者」というイラクを狙い撃ちにした監視制度があった。

ところが、2004年でこの制度は終わる。占領軍たるアメリカ、イギリスがイラクで残虐な人権侵害行為に手を染めて、国連に監視してほしくなくなったからだ。その後どれだけの血が流れたことだろう。

2004年以降、いかなる任務であれ、国連の事実調査ミッションがイラクの人権について独立調査をすることはなくなった。2002年以降、約10年、国連独立専門家によるイラクに関する報告書は全く出されなくなり、2011年に2つの報告が出されただけだ。

http://www.ohchr.org/EN/countries/MENARegion/Pages/IQIndex.aspx

UNAMIという機関が報告書を出しているが、国連人権理事会での討議には付されない。サダム政権下での特別監視制度から手のひらを返したように、占領軍による人権侵害を国連が全く監視しない体制となった。人権擁護を任務とし、人権侵害の不処罰の根絶のために活動する国連人権機関が、これほどの人権侵害を放置しているのは、あまりに無責任であり、国連の汚点、恥というしかないと思う。

今年3月、国連人権理事会が開催され、私も参加してきた。イラク戦争10周年の総括をすべき時でありながら、米国は、イラク戦争に対する責任を問うNGOや国連専門家の発言を無視して取り合わず、その一方で、シリア、マリ、スリランカ、北朝鮮などといった国において、民間人が殺害され、拷問が行われているので、責任者を処罰する強力な措置が必要だ、と声高に訴えており、自分のことを棚に上げたその姿勢に呆れた。当然、途上国等からは「自分の国のおかしたことを棚に上げて、他国を糾弾する米国のダブルスタンダード」が厳しく非難された。自分の国のことを棚に上げる米国の姿勢は、他の人権侵害国に言い訳の手段を与え、米国の人権に関する発言の道徳的権威を失わせ、結果的に国際的な人権保障メカニズムを著しく損なっていると感じる(その点、英国のほうが少しはましかもしれない)。

残念ながら、国連も大規模な調査に乗り出そうという気配もない。

イラクにおける人命の被害は決して過去のことではない。戦争後、戦争当時生まれてすらいなかった子ども、何の罪もない子どもを今も残酷に苦しめている。イラク戦争で米軍等が使った大量の有害兵器が環境汚染を引き起こし、それは特に子どもたちの生命と健康を危機にさらし続けている。

戦争後まもなく、イラク各地において先天的障がいを負った乳幼児の出生現象がみられるようになった。

イラクの医師たちは、様々なメディアを通じて、乳幼児の先天的障がいの症例が多発していることに関する重大な懸念を国際社会に対して訴えてきた。英インディペンデント紙によると、「イラクの医者たちは、2005年以来深刻な先天的障害を負った乳幼児の数の著しい増加を訴えている。先天性障害は頭が先天的に二つの頭をもった赤ちゃんから、下肢の傷害を負った赤ちゃんまで多様な症例がある。彼らは、ファルージャでのアメリカ軍と反乱軍の間の戦い後、がんの発症率が以前よりもはるかに高くなったとも話している」と述べている。

ファルージャにあるファルージャ総合病院。その関わった調査・分析によれば2003年以来ファルージャで生まれた15%の乳幼児に先天的異常があるという。同病院のサミラ・アラーン医師は、「出生性障がいをもった乳幼児が急激に増加し、ファルージャの人々の健康を損なう結果となっている。生き残った子ども達に対する治療は限界に達している」そして、「これらの障がいは近代兵器に含まれている環境汚染物質の結果に起因する可能がある」と結論付けている。実は、今年、ヒューマンライツ・ナウは、ファルージャ総合病院の許可を得て現地調査を行い、深刻な先天性出生異常が頻発している状況を目の当たりにしてきた。報告書をいずれ公表する予定だ。

こうした先天性異常の原因の一つの可能性として考えられるのは、劣化ウラン(DU)弾である。国連環境計画(UNEP)の情報公開要請にも関わらず、アメリカ政府が2003年のイラク戦争で使用されたDU弾の具体的な量や投下位置を情報公開しないため、使用料や投下位置は今も特定されていない。2003年のイラク戦争においては約1.9トンのDU弾が使用されたと公表しているが詳細は不明である。

2010年国連総会決議は、全てのDU弾使用国が、影響を受けた国の申立てのあった場合は、DU弾の量的及び位置的情報を公開するように要請しているが、イラクではこのことは機能していない。2003年のイラク戦争において用いられたDU弾の総量については、170から1700トンにも及ぶとの推測があるものの、依然として総量は不明のままだ。イラク保健省とWHOは増え続けるイラクにおける先天性障がい児の出生異常の調査を実施し、2013年の初頭に結果を公表する予定とされているが、出生異常とDU弾との関係についてはなぜか調査から除外されている。

これ以上子どもたちを苦しめないために、なぜ先天性異常が頻発しているのか、原因を特定し、原因を除去する等効果的な予防方法を打ち立て、健康を守り治療をする政策が必要であり、被害者は補償を受けるべきだ。有害物質を大量に垂れ流したまま、環境汚染の責任を全くとらず、どんな有害物質をどの程度どこに使ったかも公開しないまま、子どもたちが死んでいくのに何の責任も取らない、これは今も続く米国等の重大な人権侵害だと思う。

イラク戦争10周年にあたり、ヒューマンライツ・ナウを代表して、国連人権理事会でこの問題について発言してきた。

http://hrn.or.jp/activity/topic/post-189/

また、オバマ大統領、キャメロン首相あてに公開書簡も送った。

http://hrn.or.jp/activity/Open%20letter%20to%20President%20Obama.pdf

http://hrn.or.jp/activity/Open%20letter%20to%20Prime%20Minister%20David%20Cameron.pdf

特にアメリカ政府に対し、戦争・占領下において米国が関わった国際人権・人道法違反に関し、国際基準に合致した、独立・公正な調査委員会を設置し、調査、責任の所在の明確化、再発防止、全ての被害者に対する十分な補償を実現することを要請した。

また、イラクで使用したすべての有害武器の種類、武器を使用した全地域と全地点、使用回数、含まれる有害物質の要素を調査して公に情報公開することを要請し、もしアメリカ等が汚染者であると特定され、もしくは環境汚染に関わったということであれば、影響を受けたすべてのイラク人、特に子どもたちの健康・生命の権利を保護するため、補償、環境改善、十分な医療措置の提供を含めたあらゆる手段を講じるよう要請した。

国連には、独立した調査委員会を設置してイラク戦争に関わる人権侵害を全面的に調査するように求めた。

このまま、イラク戦争の被害が風化し、人々が新しい人権侵害に目を奪われ、忘れ去ることを米国等は待っているように思う。

しかし果たしてそれでよいのか。これだけの誤った戦争について、きちんと総括しないのは、国際社会、というより、人類として汚点だと思う。特に、罪もない子どもたちの被害は続いていて、幼く、声を上げることのできない子どもたちが苦しんで死んでいっているのだから。だれも一つの国を勝手に滅ぼして破滅させ、責任を問われないで済むということがあってはならないと思う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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