「半地下に住む男」に、いったい何が起こったのか?世界で大ヒット中の韓国映画『パラサイト』の衝撃
一昨年、是枝裕和監督の『万引き家族』が受賞し大きな話題となった、カンヌ映画祭の最高賞「パルム・ドール」。その賞を昨年受賞したのが、韓国のポン・ジュノ監督による大傑作『パラサイト 半地下の家族』。日本でも人気のポン監督は、自らを「ジャンル映画の監督」と位置づける方で、『万引き家族』とはガラリと異なり、深い世界を描きながら観客を沸かせるエンタメ性も抜群です。今回は、その監督と、こちらも日本にファンの多い俳優ソン・ガンホさん(『タクシー運転手 約束は海を越えて』)のインタビューをお届けします。
※※※ネタバレはしていませんが、映画の展開に少しだけ触れています。ご鑑賞前に「何ひとつ知りたくない!」という方は、ご注意くださいませ!※※※
さて。映画の始まりは、豪邸を構えるあるお金持ちパク家に、全員失業中で「半地下の家」に住む貧しいキム家の長男が、娘の家庭教師として雇われたことから始まります。長男はパク家の世間知らずな母親を上手いこと丸め込み、自分の妹を美術家庭教師として引き込み……キム家はパク家との関わりをきっかけに、今の貧しい暮らしから抜け出そうと策を練ります。タイトルの「半地下の家族」とは文字通り、キム一家のこと。彼らは家賃が安いかわりに、1日に数十分しか陽が差し込まない「半地下」の部屋に住んでいるのです。
「ネタバレ厳禁」のこの映画の面白さを、まだ見てない人に3つのキーワードで説明してください。
ポン・ジュノ(以下P):1つめは「予測不可能」。
ソン・ガンホ(以下S):普通の映画が立方体だとすれば、この映画は六面体みたいな感じがありますよね。
P:2つめは「ソン・ガンホさんをはじめ最高の俳優たちの、エネルギーの爆発」。約20年映画を撮っていますが、全員がハマり役の俳優たちのアンサンブルは本当に見事。こんなにも幸せな顔合わせはもう二度とないと思うくらい、手応えがありました。
S:3つめは「ポン・ジュノ監督のクレージーな演出力」。
ソン・ガンホさんにはまた別のものを3つ、挙げていただこうと……(笑)。
S:えっ、そうなんですか。じゃあ、1つめは「ポン・ジュノ監督の驚くべき進化」。2つめは「ソン・ガンホ以外の俳優陣の、クレージーな演技」。3つめは「驚愕のクライマックス」
なんだか全体として「クレイジー」な映画ってことのようです(笑)。「便器の横しかケータイの電波が入らない」「雨が降ると水が流れ込む」半地下の生活、さらにキム一家の意外なやり手ぶりとパク一家の成金ぶり――そのユーモアを笑っているうちに、なだれ込む「驚愕のクライマックス」は世界中で大評判に。カンヌに続き、ゴールデングローブ賞では外国語映画賞を受賞、2月のアカデミー賞にも絡んでいくことは間違いありません。
2ヶ月前に公開した北米でも、現在大ヒットを記録しているそうですね。
P:そうなんですよ。今現在、北米公開された歴代外国映画のトップ10に入っています。最近、ガンホ先輩とアメリカのキャンペーンをご一緒したんですが、ニューヨークの街を歩いていても、アメリカ人のファンがガンホ先輩を追いかけてきて、サインを求められることも多かったですね。ご本人は「なんでこんなことになってるのかな?」とおっしゃってますが、日本やヨーロッパのみならず、北米でも熱い関心を持たれている俳優になっています。
S:実際のところ、私自身はよく分からないんです。でも、アメリカでのポン監督の影響力の凄さというのは実感できますよ。今ではハリウッドでも、最高レベルと言えると思います。
P:(日本語で)ウソだよ~(笑)。
韓国の映画、アメリカの映画、さらにNetflixでも作品を作っていますが、なにか違いはありますか?
P:『スノーピアサー』ではハリウッドの俳優の方々とご一緒しましたし、Netflixでは『オクジャ/okja』を撮りましたが、今回の『パラサイト 半地下の家族』は全編韓国語の韓国映画で、韓国の社会を舞台に韓国の俳優で作った作品です。それが、アメリカ資本で作った2作品以上に国際的に大きく、熱い反響を獲得できたことは、なにかアイロニカルですよね。もちろん嬉しいことだなというふうに思います。どこでどういう形で撮るかよりも、やはりストーリーそのものが一番大事なのではないかと思います。豊かさと貧しさを描いたこの物語にある普遍性、国際性、そういったものが、こうした結果を得られた理由ではないでしょうか。
S:特定の国に限らない、私たちが生きている地球上すべての人の物語だと思います。それをポン・ジュノ監督が、とても温かい視線で描いてくださったので、多くの共感を得られたのではないかと思います。
さてそのストーリーとは。
監督は当初「デカルコマニー」というタイトルを考えていたそうです。「デカルコマニー」とは美術用語で、紙に絵の具を落として半分に折った時、そこにできる左右対称の図形のこと。同じような人物構成の2つの家族を対比させるという意図だったそうですが、シナリオを執筆途中にあるアイディアがひらめいたのだとか。
映画では「ある秘密」が発覚し、物語が急転換しますね。つくり手として、あのエピソードで物語にどういう変化をもたらそうと考えましたか?
P:ストーリーの基本の構造、その様相を完全にガラリと変えてしまうものだと思います。つまり貧しい一家が裕福な人達に抵抗して、彼らと闘争をするということではなく、それとはまったく異なる別の闘争が始まってしまうんです。観客に、それまで以上の悲しみや苦々しさを呼び起こすでしょうね。あのアイディアによって、いい意味でこの物語がアップグレードされたというふうに感じます。
ソンさんが演じる主人公、貧しい一家の家長であるギテクの観点からはどうでしょうか?
P:ギテクの感情もすごく変わってきますよね。一度、ガンホ先輩に、この作品の要約として、こんな話をしたことがあります。階級という「階段」を上がっていこうと目論んでいる男の、とてもシンプルな映画なんです、と。
世の中に、眩しい光が燦々と降り注ぐ地上の世界と、光が全く届かない地下の世界があるとすれば、ギテクはその中間、まさに「半地下」の住人なんですよね。彼は「とはいえ半地下は、陽の光が全く差し込まないわけじゃない」と思っているんですが、世の中は実のところ、半地下も地下も、その惨めさは大して変わらないと思っているわけです。そのことに気付いてしまった時に、「半地下」の住人にどんな感情が沸き起こるか、ということですよね。
S:「想定外のおかしなもの」が急に自分の目の前に飛び出して来ると、人間って一番驚くじゃないですか。人生に関しても同じで、そういう時は混乱するものですよね。映画の中盤で明らかになる「ある秘密」はそういう類の、貧しい一家にとっても、金持ちの一家にとっても、予測できない「落とし穴」のようなものです。同時に、そういうときにこそ見えてくる真実があるんですよね。誰もが知りながら、口にはしなかった真実が。
別のインタビューで、ソン・ガンホさんはギテクの本質は「タコ」だとおっしゃっていました。「骨はないけれど、一度吸い付いたら離れない吸盤のような執着心がある」と。監督はどう考えますか?
P:かわいそうな人です。見ていると心が痛みます。ある意味では、この作品に登場するどんな人物よりも気の毒な人と言えるかもしれません。
「驚愕のクライマックス」について、お話いただける範囲で教えて下さい。
S:私は演じる時は、50%を計算しておき、残りの50%は意図的にまっさらな状態で現場に臨むんです。その開けておいた50%の部分がどんなふうに満たされていくのか、いつもそれを興味深く見守っています。『パラサイト 半地下の家族』では、特にクライマックスの場面では、脚本を読んだ時点ではどういう気持なのかわからなかったんですよ。でも演じてみて、文字では到底表せるものではなかったんだなと感じましたね。
P:議論にならざるを得ない、曖昧で難しいシーンですよね。その部分のシナリオを書きながら「果たしてこの場面に、観客は納得してくれるだろうか。観客はどう受け止めるだろうか」と悩みましたし、キーボードを打つ手が止まってしまう瞬間もありました。でもこのシーンを演じるのがソン・ガンホさんだと考えると、安心できたんですよね。「物議をかもすだろう難しいシーンでも、ソン・ガンホなら観客は納得してくれる」ーーそう思ったら、恐れや躊躇によって無難にまとめそうになる気持ちを、突破できたんです。ソン・ガンホという俳優は私にとってそういう存在であり、意味のある俳優なのだと気付かされましたね。
内容的な部分でのキーワードも、1つ挙げていただけますか?
P:「他人の私生活を覗き見る」
S:「それでも、人生は続いていく」
お二人の信頼関係は、最近、犯人が捕まったことでも話題の、未解決事件を描いた『殺人の追憶』以来、17年も続いています。すごく仲が良く、ちょっと似た雰囲気があり、冗談を言い合う姿は兄弟みたい。「似てますね」と言ったら、すかさずポン監督が「私は嬉しいですが、ガンホ先輩はイヤかも…(笑)」と二人で笑い合う姿も印象的でした。
監督は高学歴のエリートなのに、社会の底辺で割りを食っている人たちを描きますよね。それはどうしてでしょうか?
P:なぜかはよく分かりませんが、窮地に立たされている人々、困難な状況に置かれている人々に多くの関心があるんですよね。
S:それはもうひとえに監督の人柄から来ているんだと思いますよ。ポン監督は、基本的に人を見るまなざしがとても温かいんです。言葉で何を言うということではなく、映画を見ればわかりますよね。どの作品にも、人間性の尊重と博愛とが強く描かれていますから。
優しい監督といいつつも、結構大変な演技を要求されることも多いのでは?
P:今回の映画では半地下に雨が流れ込む場面が大変だったので、「来年は『梅雨時の男』というタイトルで、ガンホ先輩にシナリオを渡す!」と言う冗談が”お約束”になっています(笑)。
S:今回の映画ではそんなに大変なことは要求されませんでしたよ。でもそういう要求って、俳優として快楽、快感を覚えるものなんですよ。基本的に監督と俳優の関係には変態的な部分があります(笑)。
P:監督と俳優はSMの関係ですからね(笑)。
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