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例年にない混戦模様の主演男優賞。制すのはマコノヒー!?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ダラス・バイヤーズ・クラブ』2014年2月22日公開

オスカーをはじめ全米賞レースの動向がそろそろ見え始めてきたこの時期。今年は主演男・女優賞が例年以上にハイレベルな闘いが予想されている。とくに主演男優賞は、今後のちょっとした評価の分かれ目で、その行方は最後まで混沌としそうな気配だ。

そんな状況のなか、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』を観たところ、マシュー・マコノヒーが賞レースで頭ひとつ抜け出ている…という評判に、激しく納得してしまった。

ようやく訪れた、演技派としての大ブレイクのとき

マシュー・マコノヒー(正確な発音は、マコノヘー)。この人、ここ2〜3年の勢いは「神がかり」と言っていいほどだ。

日本では今年の公開作だが、男性ストリッパーの世界を描いた『マジック・マイク』での元締め役に、『ペーパーボーイ 真夏の引力』での、心に闇を抱えた新聞記者役と、出てくる映画すべてで強烈なオーラをまとっていたマコノヒー。次回作『Interstellar(原題)』では、『ダークナイト』のクリストファー・ノーラン監督に主役を任されるなど、まさに「きてる」という形容詞がぴたりと当てはまっている。

『評決のとき』の主役に抜擢され、注目されたのが96年。しかしその後、マコノヒーを大ブレイクさせた作品はなく、サンドラ・ブロック、ペネロペ・クルスら恋人の方が“大物感”があるという、ちょっと哀しいスター人生を送ってきた。その彼に、一気に幸運の女神が輝き始めたというわけだ。

ジャレッド・レト(左)の女装姿も強烈なインパクトで、こちらも助演男優賞の有力候補
ジャレッド・レト(左)の女装姿も強烈なインパクトで、こちらも助演男優賞の有力候補

『ダラス・カウボーイズ・クラブ』でマコノヒーが演じるのは、エイズ渦が吹き荒れる80年代のアメリカで、HIVウィルスに感染してしまう男、ロン・ウッドルーフ。テキサス州で盛んなロデオの会場に入り浸り、女を見つけてはヤリまくっていた彼は、「エイズはゲイの病気」という当時の観念もあって、激しい混乱に襲われ、余命1ヶ月という死の恐怖で理性を失っていく。その自暴自棄な状態から、やがて新薬を他国から不法輸入してまで、同じエイズ患者に希望を与えようとするロンの変化を、あざやかに、そしてあくまでも内面からにじみ出る(←ここで本当の演技力が試される)演技で、マコノヒーは表現しているのだ。怒り、呆然自失、正義へのめざめ、友人への愛…。劇中で何度か彼のアップで伝えられるそれらの感情を、彼は完璧な表情でスクリーンに焼きつけ、観る者の心をつかんで離さない。これこそ、演技の魔力だ。

過激な肉体改造は、それほど有利ではない?

さらに衝撃的なのは、ロン役を演じるため、マコノヒーが約20kgもの減量に挑んだ点だ。最初の登場シーンで、すでに顔がコケているので、予備知識がなかったら、これがマコノヒーなのか気づかない人もいるだろう。コケた頬や、木の枝のようになった手足は、映画の終盤、その度合いを増していき、観ているだけで痛々しい。こうした無理な減量によって、体重を戻しつつある現在も、マコノヒーは体調が完璧ではないと聞く。

『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロこそ有名だが、過激な肉体改造によってアカデミー賞主演男優賞を受賞するケースは、じつはそんなに多くない。『フィラデルフィア』のエイズ患者役で受賞したトム・ハンクスも、ここまでの肉体の変化は表現していない。しかし今年のマコノヒーは、減量による“別人化”もポイントになるほど、その変身は究極レベルに達している。

男の愛を究極でみせた、もうひとつの主演作

『MUD-マッド-』では減量前のマコノヒーの本来の姿が…
『MUD-マッド-』では減量前のマコノヒーの本来の姿が…

もうひとつ、マコノヒーの追い風になりそうなのが、別の主演作だ。

『MUD-マッド-』である。4月に全米で公開された本作は、批評家、観客双方から激賞され、映画レビューサイト最大手の「ロッテン・トマト」で98%という異例の満足度を得ている。一時は、この『MUD-マッド-』で主演男優賞候補になるのでは? とささやかれてもいた。

『MUD-マッド-』は、アメリカ南部、アーカンソーを舞台に、14歳の少年ふたりが、川向こうの島にひっそり暮らす謎めいた男と出会い、絆を深めていく物語。現代版『スタンド・バイ・ミー』などと形容されるとおり、少年たちの成長もドラマチックだが、本作の核心は、謎の男、マッドの、内に秘めた激しい愛と狂気、カリスマ性だ。またしても「内に秘めた」というキーワードが出てきたように、本作でマコノヒーは激しいまでの熱演をみせるわけではない。あくまでも自然体の生き方で、少年たちに理想の男としてのイメージを植え付けるという、高難度の演技を全身で体現している点がすばらしい! 彼女を愛し続けたら、自分の身が破滅する。そして実際にそうなろうとしている。それでもその女性を愛する想いは、わずかでも弱まることはない…。文字どおり、愛に生きたマッドが、彼女と再会するシーンがあるのだが、その瞬間のマコノヒーが、肉体全体でさり気なく表現した「与える愛」の姿は、魂の底を切なく揺さぶる究極の名演技と言っていい。

賞レースでマコノヒーのライバルとなりそうなのは、『オール・イズ・ロスト』のロバート・レッドフォード(全編ほぼ一人芝居! オスカー無縁だったので今年は…という期待)、『ネブラスカ』のブルース・ダーン(すでにカンヌで受賞し、功労賞的に与えられる可能性も)、『12イヤーズ・ア・スレイブ(原題)』のキウェテル・イジョフォー(作品が高評価なので有利?)、そしてもしかしたら、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のレオナルド・ディカプリオ(受賞が悲願なのはアカデミー会員も承知?)と、強力な顔ぶれ。レースが激烈を極めるほど、結果の楽しみは増すが、運命の女神はマコノヒーに微笑むだろうか…。 

『ダラス・バイヤーズ・クラブ』2014年2月22日より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

(c)2013 Dallas Buyers Club,LLC. All Rights Reserved.

『MUD-マッド-』2014 年 1 月18日より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開

(c)2012 , Neckbone Productions, LLC.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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