2021年冬はミュージカル映画のラッシュ。傑作も登場。年が明けても勢いは加速する?
この秋から冬にかけて、映画のひとつのジャンルから、いつになく注目作が相次いでいる。それは、ミュージカル。
もちろん定期的にミュージカル映画は公開されているが、これほど注目作品、傑作がラッシュなのは珍しい。そもそも2021年は『イン・ザ・ハイツ』をはじめ、アマゾンプライムで配信の『シンデレラ』、『Everybody’s Talking About Jamie 〜ジェイミー』などミュージカル映画の新作が次々届けられ、どれも高い評価を受けていた。
日本では近年、『アナと雪の女王』(2014年1位/254.8億円)、『美女と野獣』(2017年1位/124億円)『ラ・ラ・ランド』(2017年9位/44.2億円)、『グレイテスト・ショーマン』(2018年7位/52.2億円)などが予想以上のヒットを記録した実績もあり、アニメを含めたミュージカル映画が「当たれば大きい」ポテンシャルもある。
(カッコ内は年間の興行収入ランクと興収の数字)
2021年、そのミュージカル映画として新たな傑作になっているのが、『tick, tick...Boom!:チック、チック…ブーン!』。まだ早いが、業界紙Varietyによる今年度のアカデミー賞予想で作品賞候補のトップ10に入っている。Netflixで11/19配信だが、現在、一部で劇場公開され、すでに観た人、特にミュージカル映画ファンから大絶賛を受けている。
描かれるのは、ジョナサン・ラーソン。ミュージカルに詳しい人なら、その名前を記憶しているかもしれない。トニー賞10部門受賞という名作『レント』を世に送り出した人だ。ドラッグやHIV、日々の貧しさ、さまざまなマイノリティという、ブロードウェイの王道作品に抗うリアルな要素でNYの若者たちの夢と現実をミュージカルに仕立てた、まさしく革命児。しかし1996年、『レント』プレビュー公演の初日明け方に急死し、その後の自作の大成功を見ることができなかった人。
90年代の気鋭の才能を現在の天才が甦らせて感涙
そのラーソンの『レント』の前の作品が『tick, tick...Boom!』で、ミュージカルでの成功を夢みつつ、現実の壁にぶち当たるラーソン自身が主人公。今回の映画版は、ラーソンの曲作りの才能(耳に残りやすいキャッチーなメロディ)、舞台とは違う映画ならではのシーンの行き来やテンポの良さ、ラーソンを演じるアンドリュー・ガーフィールドの名演技と歌唱力、さらにブロードウェイのレジェンドたちの特別出演、『レント』への布石など、多くの要素が鮮やかにまとめられ、観る者の心を震わせる仕上がり。何より、ミュージカルとして心躍る軽やかさもある。配信でもいいが、ぜひ劇場で、極上の音響でその本質を味わってもらいたい。
『tick, tick...Boom!』が傑作なのは、そこにミュージカル愛が溢れているからで、その立役者が監督である。リン=マニュエル・ミランダ。こちらもミュージカル好きなら「反応」する名前。今年映画化された『イン・ザ・ハイツ』、トニー賞11部門受賞の『ハミルトン』のクリエイターで自身も主演を務めるなど、現在のミュージカル界のトップランナー。彼がミュージカルを志したきっかけが『レント』であり、ゆえに今回、映画監督デビューながら、ラーソンの悲願を自分ごとのように作品にやきつけ、なおかつミュージカルとしてのツボを心得まくった演出で応えているのである。
そのミランダが、オリジナルソングをプロデュースしたミュージカルも同時期に公開される。『ミラベルと魔法だらけの家』(11/26公開)だ。これはディズニーのアニメーション作品。ミランダは2016年の『モアナと伝説の海』でも作曲に関わって高い評価を受けた。この『ミラベル』はコロンビアの山奥で、魔法の力を授けられる一家の物語。ディズニー作品らしく、楽しさと、目にも鮮やかな世界が広がるが、コロンビアということで、プエルトリコ、およびメキシコにルーツをもつリン=マニュエル・ミランダが、スペイン語の曲や、ラテン調のメロディで才能を全開にしている。ディズニーのアニメでミュージカルということで『アナと雪の女王』と比較すると、「Let It Go」のような圧倒的な1曲を選ぶのが難しいものの、全体の曲の構成が、ミュージカルを知り尽くしている才人の仕事という印象。「レリゴー」への軽いオマージュも隠されている。
さまざまな反応を起こしそうな野心作
その『ミラベル』と同じ11/26に公開されるのが、これまたブロードウェイ・ミュージカルの映画化。『ディア・エヴァン・ハンセン』である。トニー賞6部門受賞という、こちらも名作。しかし、その内容は独創的。孤独に悩む主人公がセラピーとして自分宛てに書いた手紙をきっかけに、同級生の自殺、その同級生の家族との偽善的な関係、SNSによる同情、および炎上など、かなりシビアな展開。切実な青春ストーリーである。ただ、この作品もミュージカルの名手が関わっている。『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』を手がけた作詞・作曲コンビ(ベンジ・パセック&ジャスティン・ポール)が曲を提供。登場人物たちの切実な思いを届ける歌詞と、耳に残るドラマチックなメロディが合体している。
『ディア・エヴァン・ハンセン』は、三浦春馬さんがオフ・ブロードウェイの公演(2016年3月〜5月)で観て感激し、いつか自分で演じたいと話していた作品。ひじょうに繊細なドラマで、ミュージカルとしては過去に類をみないテイスト。その分、映画化するうえでハードルが高かったとも感じる。そこは、『ウォールフラワー』『ワンダー 君は太陽』と、ティーンエイジャーの傑作を撮ってきたスティーヴン・チョボスキー監督、そして舞台版のオリジナルキャストであるベン・プラットがそのまま主人公エヴァン役を演じることで、作品世界を観る者に伝えようという試みがなされた。
そしてこの『ディア・エヴァン・ハンセン』は、観る人によって反応も大きく変わる映画化となった。アメリカの映画批評サイト、ロッテントマトの満足度では、批評家が30%に対し、一般観客が88%(11/19現在)という、ちょっと信じられない差が生じている。明らかに好き/嫌いが分かれている結果。しかし、これこそがチャレンジ精神の表れであり、少なくともミュージカル映画ファンにはその開拓精神を目撃する意味で必見。さらにコロナ禍で見えてきた新たなテーマもあって、感動を誘うので、いま観るべき一本として心からオススメしたい。
金字塔の復活は、来年まで心待ちに
このミュージカル映画ラッシュは、2021年の最後、「大トリ」を務める作品が待っているはずだった。『ウエスト・サイド・ストーリー』である。ごぞんじ、アカデミー賞10部門受賞の超名作『ウエスト・サイド物語』を、スティーヴン・スピルバーグ監督が現代に甦らせた。ミュージカルの金字塔の復活が、コロナによる延期の末に日本では12/11に公開されるはずだったが、2022年の2/11へ再延期が決まった。今回の延期の理由は配給のディズニーの諸事情があるようだが、全米など各国では2021年12月の公開は変わらず。つまり年内公開でアカデミー賞などを射程に入れていることから、作品のクオリティに心配はなさそうだ。
「Tonight」「America」「Somewhere」「Cool」など、『ウエスト・サイド・ストーリー』は、時を超えてもまったく色褪せない名曲を揃えており、それだけでも名作となるのは必然。さらに12月は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』という、こちらもミュージカル映画としては賛否両論まで呼んだ問題作が、4Kデジタルリマスター版として劇場公開されるし、2022年に入れば、レオス・カラックス監督のロック・オペラ・ミュージカル『アネット』も公開される。
ミュージカル映画ファンにとっては、しばらく幸せな日々が続きそうな、2021年の冬である。
Netflix映画『tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン!』は11月19日(金)より独占配信開始