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緊急特集 「安全な組体操」を求めて:【座談会2】学校の先生 必読!「安全指導」7つのポイント

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
座談会 〜組体操指導の権威と 問題を追う記者に聞く〜[右:荒木氏、左:筆者]

座談会(2) 学校の先生 必読!「安全指導」7つのポイント

・荒木達雄(日本体育大学 教授)

・細川暁子(東京新聞 記者)

・内田良(名古屋大学 准教授)

今年の3月に国が出した通知は、組体操の具体的な実践方法にまで踏み込むものではなかった。学校現場はいま、安全最優先の具体的な指導方法を求めている。本記事では、実際に「安全な組体操」を指導するうえでの7つのポイントに言及したい。

<前回、前々回記事>

■見えてこない「安全な組体操」

3段の「タワー」[『楽しい体育の授業』2012年9月号]は安全か?
3段の「タワー」[『楽しい体育の授業』2012年9月号]は安全か?
  • 内田:2014年5月に組体操の事故に関心が集まって以降、ほんの一部ですが、対応を見せた教育委員会があります。ただしそうした自治体のいくつかが、「ピラミッドは5段まで、タワーは3段まで」という規制をとっている点は気がかりです。とくにタワーの3段はかなり危険です(「ピラミッドよりタワーが危険」)。こうした規制は、巨大なものと全廃の間をとっただけの政治的な決着点のように思えてなりません。
  • 今年の3月に文部科学省は、組体操の安全指導を求める通知を発出しました。国が動いてくれたことは本当にありがたいことなのですが、その通知は注意喚起にとどまっています。どうしたら「安全な組体操」を実践できるのか、その具体的な指針は示されていません。各自治体に組体操の専門家がいるわけではないので、結局はどの学校も、具体的な指導方法を学ぶことができないままに、5月の運動会シーズンに入ろうとしています。そこで荒木先生に、安全最優先での具体的な方法や視点についてお伺いしたいと思います(組体操の各技の具体的な組み方については、「【映像資料】組体操の専門家 荒木教授から学ぶ」を参照)。

■Point 1:高さを求める必要はない

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  • 内田:荒木先生、まずはこの10年くらいで進んできた巨大化・高層化について、ご意見をお聞かせください。
  • 荒木:くり返しますが、10段のピラミッドなんていうのは論外です。運動のできる日体大の学生であったとしても、やらせません。
  • 細川:以前に荒木先生にお話を伺った際に、学校で子どもみんながやるとするなら、「ピラミッドは3段まで、タワーは2段まで」とおっしゃっていましたよね。
  • 荒木そもそも低い段数でも事故がたくさん起きています。だから段数にこだわるべきではないのですが、あえて高さの上限を設けるとするならば、ピラミッドは3段、タワーは2段までが妥当でしょう。私が推奨している組み方は、上にどんどんと積んでいくのではなくて、手をつないだりしながら表現していくものです(詳細は、「【映像資料】組体操の専門家 荒木教授から学ぶ」の動画1と動画2を参照)。

■Point 2:段数にとらわれてはならない

3段の「やぐら」[日本体育大学提供]
3段の「やぐら」[日本体育大学提供]
  • 細川:タワーに近いかたちの「3段」でも、けっこう安全なものがありますよね。下2段が地に足をついた状態で組む「やぐら」とよばれているかたちです。荒木先生はこれを推奨していらっしゃいますよね。
  • 荒木:これだとあまり高くありませんし、安定しています。でも、これを禁止しているところもありますよね。その理由は「膝をついていない生徒の上に乗るのは禁止」ということのようです。
2段の「タワー」(「灯台」ともよばれる)[日本体育大学提供]
2段の「タワー」(「灯台」ともよばれる)[日本体育大学提供]
  • 内田:タワーの2段と、やぐらの3段では、後者のほうが低いわけですよね。単に段数だけを基準にすると、学校としては2段なら低いからと、タワーを選ぶかもしれません。それは危険です。荒木先生がおっしゃるとおり、段数は目安にすぎず、一つひとつの技について丁寧に安全性を検討していくことが必要ですね。
  • 細川:荒木先生、タワーは演技のなかに入れたほうがよいと思いますか。2段のタワーです。
  • 荒木:それを入れなくても、見せ方によっては、十分によいものができますよ。でも、みんなが「入れたい」といえば、検討してもよいでしょう。一つひとつ安全にちゃんと教えてあげれば、2段くらいなら可能かもしれません。ただし、「かも」ですよ。上にあがっても「怖くないよ」「上がりたい」っていう子がいれば、その子は丁寧に指導をすれば、やってもいいかもしれない。いずれにしても、全員が2段のタワーをつくるというのは無理です。2段だからといって、油断してはいけません。

■Point 3:基礎的な組み方を安全かつ丁寧に指導する

「サーフィン」の土台(四つん這い)への乗り方[上段に細川氏、右側に荒木氏]
「サーフィン」の土台(四つん這い)への乗り方[上段に細川氏、右側に荒木氏]
  • 内田:僕は細川さんといっしょに荒木先生の指導の下で組体操を初体験しました。そこで強く感じたのは、安全を確保するためには、低い段数であっても、それをいかに丁寧に指導するかが大事で、そこに時間をちゃんとかけるべきということです。
  • 荒木:たとえば四つん這いの子どもの上に一人が乗るとします(技の名は「サーフィン」)。これも、足を背中の上に乗せるのか、それとも腕と脚を軸としたその延長上に乗せるのかで、痛さが変わってきます。
  • 基本的な技に、「サボテン」というものがありますよね。高さは低いけど、けっこう事故が起きています。2段だから安全というものではありません。どういうふうに乗ったら安定するか、バランスを崩したときにはどう対処すべきかというところまで教えているかどうか。
「サボテン」
「サボテン」
  • 細川:サボテンだと、肩車からサボテンに移る場合と、いきなりサボテンだけをつくる場合がありますが、先生としてはどちらがよいとお考えでしょうか。
  • 荒木:肩車そのものも事故が多いですし、肩車からサボテンをつくるのはさらに難しいです。最初からサボテンをつくるほうがよいでしょうね。
  • 内田:この4、5年の間に、巨大組体操を推奨する本がたくさん市販されてきました。巨大なもの、アクロバティックなものにページが割かれてしまうこともあって、低い技を事細かに丁寧に解説するというかたちではありません。
立体型の「ピラミッド」の組み方
立体型の「ピラミッド」の組み方
  • 荒木:ピラミッドの指導について付け足しておきたいことがあります。このところの流行りの組み方では、両脚の間に、後ろの子どもが首を突っ込みますよね。ピラミッドが崩れたとき、首が危険ですよ、ゾッとします。さらに、ピラミッドを解体するときに、上から順番に前方に滑り落ちていくやり方があるんですよね。あれも、首を負傷する危険性がとても大きいです。あと、ピラミッドをグシャッとつぶす方法。あれはうちの体育大学の体操部でもやっていますが、何度も何度も練習したうえでのことです。学校の限られた体育の時間で初心者がやるのは、大問題です。

■Point 4:落ちる練習も必要

写真5:2段の「タワー」に挑戦する細川氏[左側に荒木氏]
写真5:2段の「タワー」に挑戦する細川氏[左側に荒木氏]
  • 荒木:サボテンでも3段のやぐらでも、最初に落ちる練習をしておくことも大事です。ただし、肩の上に立つ2段タワーだと、これは落ちる練習はできません。非常に危ないです。
  • 細川2段タワーは私も自分が上に立って試してみたけど、落ちる練習はできないと思います。首の後ろのわずかな面積に足を乗せているだけで、フラフラしてすごく怖かった。
  • 荒木:できないです。2段タワーは、100発100中で成功させなきゃダメですよ。だから、小中学校でやるには難しいと思います。私、かつて小学校で教える機会があったときには、指揮台とかステージから降りて練習しました。そこから始めないといけない。それにもしっかりと時間かけてやったんです。その練習を経て、上段に立てる子をピックアップしていくわけです。上は体重の軽い子、土台は体が大きい子、というだけではダメなんです。

■Point 5:「みんないっしょ」ではなく「適材適所」

無理することなく適材適所で[日本体育大学体操研究室『体操教本』]
無理することなく適材適所で[日本体育大学体操研究室『体操教本』]
  • 内田:僕が先生に初めてお目にかかってご指導をいただいたときに、とてもインパクトが大きかったことがあります。それは、「みんないっしょ」の必要はないということです。たとえば、仮に難度の高い2段のタワーをやるとしても、上に立つのは、それができそうな運動能力の高い子だけ。他の子どもたちは、別の簡単な技をやればいい、と。
  • 荒木:上に立つことはできなくても、土台になったり、別の技に取り組むことはできる。それで全体をつくりあげる。だとすれば、そういう役割だって重要です。
  • 内田:これはとても大事な話でして、とくにサボテン、肩車、倒立っていうのは、みんなが一気に2人ペアでやってしまうんですよ。何十組が。そういうなかでも事故が起きているのではないかと思うんです。
  • 荒木適材適所を考えるべきなんです。できる子はできるなりに、できない子はできないなりに、個々の能力に適した役割を与えてあげればいいんです。

■Point 6:補助をつけても事故は防げない

巨大ピラミッドの補助役に意味はあるのか(崩壊事故が起きた八尾市立中学校)
巨大ピラミッドの補助役に意味はあるのか(崩壊事故が起きた八尾市立中学校)
  • 荒木:いま、学校がやっている安全対策のなかで、気がかりなものがあります。それは、高層のタワーやピラミッドが崩れないようにするために、その周りに先生を補助役として配置するという方法です。あれは、ほとんど効果がないと思います。
  • 内田:昨年の秋に話題になった大阪府八尾市の10段ピラミッド崩壊による負傷事故(「10段の組体操 崩壊の瞬間と衝撃」)のときもそうでした。ピラミッドの周りに11人も教員を配置していましたが、そもそも何人配置しても、生徒にかかる重さは1グラムも軽くならないですし、内側に崩れていくものを止められるわけもありません。
  • 荒木:仮に10段ピラミッドの7mの高さから生徒が落ちてくるとしましょう。7mのところから40kgの物体が落ちてくる。しかも手足がどこを向くか、わからない。そんなの、受け止められないでしょう。受け止める練習もしていないはずです。
  • 補助に効果があるとすれば、これまで言ってきたような、かなり低い段数のときくらいです。そしてそのような場合には、さっき言ったように、落ちる練習も大切になってきます。だからといって、落ちる練習も、高さとしては3段のやぐらが限界ですよ。2段のタワーでは、落ちる練習でケガをしてしまいます。
  • 細川3段のやぐらだったら全員がわりと安全に取り組めると思うんですよね。私もこの土台やりましたけど、まったく負担感はなかったです。頂上にも上がってみて、落ちる練習もしたけど、全然怖くなかった。私の実体験からしても、2段タワーより3段のやぐらの方が安定しているし、見栄えもいいです。

■Point 7:「体育」としての組体操を重視する

(1)両手をつなぐ
(1)両手をつなぐ
(2)声をかけあってバランスをとりながら、腰を徐々に下ろしていく
(2)声をかけあってバランスをとりながら、腰を徐々に下ろしていく
  • 荒木:どういう技や演目をするのかということは、それが体育なのか運動会なのかによっても大きく変わってきます。運動会や体育祭の演技は、人に見てもらおうということですよね。つまりショー的なものです。でも、体育の授業でおこなうのは、ショーではありません。身体を鍛えましょう。お互いに力の貸し借りをしてバランスをとり、お互いの信頼関係を築いていきましょうということが、体育です。
  • 体育の授業でしっかりと、身体能力を高める、バランス感覚を養う、力の貸し借りを学ぶといったことを経験する。そして最終的に、体育で学んだことのいくつかをピックアップして、表現運動、ショーのようなものをつくりあげていく。
  • 内田:たしかに、荒木先生がこれまで発表してきた動画をみると、体育としての意義が先にあって、最後に体育で学んだ複数の技をざっと組み合わせて、そこに音楽を合わせて流れをつくっていくというかたちですね。
  • 荒木:学校では、運動会や体育祭を中心に考えるのではなく、もうちょっと普段の体育の授業のところで、体育としてどういうふうに取り組んでいくのかというところを、しっかりと話し合った方がいいのではないかなと思います。
  • 内田:ここまでの議論で「安全な組体操」を実施するための大事なポイントがたくさん見えてきました。これをぜひとも、学校現場そして教育行政に届けたいですね。荒木先生、そして細川さん、どうもありがとうございました。

座談会実施日:2016年4月8日

場所:ヤフー本社

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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