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EURO第16日。自作自演で強くなるスペイン。オウンゴール、大逆転、終了前2失点、延長後大勝

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
待望の初ゴールを挙げたモラタ。これで大変身もある(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ウナイ・シモンへの衝撃40mオウンゴール弾で始まったこの試合。ルイス・エンリケ監督抜擢の新メンバー、交代策が的中する形で、サラビアが同点、アスピリクエタが勝ち越し、フェラン・トーレスが駄目を押して大逆転。残り15分を切り2点差を付け、さすがに大丈夫だろうと思いきや、スローインから股抜きされて1点差、右サイドの数的不利を放置してロスタイムに追いつかれる。延長戦で最初のピンチをGKが美技で救うと、ついに、やっと、期待の、待ちに待ち過ぎた、モラタの勝ち越しゴール。オルモとオヤルサバルのコンビで締めくくった。

ジェットコースターのように上がり下がりし、ミスもあって自作自演気味のスペイン。果たして強いのか? それとも弱いのか?

あのまま延長戦かPK戦で負けていたら、弱いままだった。勝ったから強くなった、が結論だ。

■負けたら待っていた「地獄の光景」

ウナイ・シモンは時々あれをやる。

良いGKなのだが、多分うまさを過信してとんでもないミスをする。ボールに向かって半身ではなく、セオリー通り正対して体で壁を作っておけば防げた。あのまま負けていれば、その後の美技でいくらチームを救っても、敗退の戦犯となっていただろう。ビデオが何度も流されSNSで罵倒されてモラルが崩壊。代表GKの座を失っていたかもしれない。

次に指を差されていたのはパウ・トーレスのはずだ。スウェーデン戦、ポーランド戦の出来が今一つで前節スロバキア戦でスターティングメンバーから外された。スローインからブディミルに股間を抜かれ、モドリッチに走り込まれた混戦から失点する2点目の切っ掛けを作ったのは彼である。

実はFKのクイックリスタートでフェランのアシストをしたのもパウ・トーレスで、非凡なフィード力とサッカー的なインテリジェンスを見せ付けていた。だが、CBはやはり守備。負けていればそんなことは忘れ去られ、“軽いCB”というレッテルを貼られていたに違いない。

ウナイ・シモンは延長戦では美技でチームを救った
ウナイ・シモンは延長戦では美技でチームを救った写真:代表撮影/ロイター/アフロ

その次はモラタの番だ。負けていれば追い込まれているはずで、自信を失っていた彼に待望のゴールが生まれていなかった可能性は高い。たとえ、ゴールしていたとしても敗退を防げなかった無意味なゴールとして忘れられていただろう。

この日のモラタはMVP級だった。ロングボールを収めてチームのラインを上げさせ、プレスの足を止めずボールを奪い続け、下がって背後からパスをカットした。それでいてCFとしての相手CBとの駆け引き、潰れ役、囮のランでスペース作りもし続けた。あまりに精力的に動くので、モラタが2人いるかのようだった。100分の自身大会初得点はその相応しい報酬だったが、負けていれば記憶に残るのはこれまでの3戦の絶好機で外し続けた姿だけである。

■勝てば名監督、負けたら解任だった

そして、ルイス・エンリケ監督は解任もあっただろう。

理由はいくらでもある。セルヒオ・ラモス、ヘスス・ナバスらを招集しなかった時から、ファンとメディアの目は懐疑的だった。彼が抜擢した若い選手たちウナイ・シモン、ペドリ、フェラン、オヤルサバル、オルモ、ファビアン、マルコス・ジョレンテ、エリック・ガルシア、パウ・トーレスと、代表経験の浅いラポルテ、サラビアは間違いなく代表の「未来」だが「現在」ではなかった。

相手が弱過ぎたスロバキアには大勝できたが、本当の勝負の場、決勝トーナメントでは大人のチーム、クロアチアに土俵際でうっちゃられた。まだ青い。このチームにはグラウンド上のリーダーがいなかった、と言われていたはずだ。

また、この試合の采配に限っても、2点差で逃げ切る状況になった時に、足が止まったペドリやブスケッツを交代し中盤の耐久力を上げ、モラタが落としたセカンドボールを拾えるようにしておくべきだった、と指摘されたはず。3失点目はモラタがせっかく落としたボールを失ったことからカウンターを喰った。

さらに、クロアチアがグアルディオル、オルシッチ、ブレカロの3人掛かりでサイド攻撃を仕掛けてきたのに、右SBのアスピリクエタを放置し何の対処もしなかった。3失点目と延長前半すぐの絶体絶命のピンチは、ここが突破口となったものだった。

ルイス・エンリケも任を賭けていた
ルイス・エンリケも任を賭けていた写真:代表撮影/ロイター/アフロ

■勝ったからミスが教訓になり成長可能

敗退していれば「残念な大会」と総括され、監督は解任され、彼が率いた若いチームは解散され、代表強化は一旦ご破算となって次の監督に一から託されることになる。勝ったから「ルイス・エンリケは正しかった」「フランスじゃなくてスイス相手なら勝てるだろう」なんて声も出ている。

勝つのと負けるのとでは天国と地獄なのだ。

ただ、これは「勝てば官軍」だからではない。浮かれるファンやメディアはともかく、監督と選手の間では犯したミスは勝利で正当化されない。ミスはミス。次はしっかり修正する。負けたら帰国で夏休みだからミスは放置される。勝ったからこそ、ミスは教訓となり成長の糧となり得るのだ。

ウナイ・シモンやモラタにはこれからも名誉挽回のチャンスが与えられ続ける。それらを生かすことで暗い過去は忘れられ、明るい未来への扉が開く。

スペインは強いから勝ったのではない。勝ったから強くなるのだ。若い青いチームは経験を積んだチームへと成長しようとしている。最初から強かったチーム、フランス、オランダが行き詰って、デンマーク、チェコ、スイスが尻上がりに思わぬ強さを見せている。スペインもこちらのグループに入る。

伏兵の戦力を見抜けなかったからではない。伏兵の伸びしろを見抜けなかったからだ。

フランス戦後のスイス、クロアチア戦後のスペインは、試合前よりもはるかに強いだろう。準々決勝が楽しみだ。

監督も選手も成長する勝者と、マイナスしか残らない敗者との差は、残酷なほどドラマチックだ。

勝者はすべてうまく行く、敗者はその逆。差は残酷なほどドラマチックだ
勝者はすべてうまく行く、敗者はその逆。差は残酷なほどドラマチックだ写真:代表撮影/ロイター/アフロ

最後にクロアチアについて一言。

チームを攻撃的にして延長戦に持ち込んだ後の采配で、クロアチアとスイスの明暗が分かれた。そのまま延長戦で一気に決着を付けようとしたダリッチ監督と、FWを下げDFを入れて最悪でもPK戦を取りに行ったペトコビッチ監督。ただ、これを采配ミスとするのは、さすがに結果論だろう。

足が止まったに見え後方からのゲーム作りに専念していたモドリッチが、土壇場でチームを背負いフィニッシュに絡んだのはさすがだった。彼に引っ張られて逆転を信じた選手たちによる波状攻撃には迫力があった。何かの拍子で天国と地獄は入れ替わっていたかもしれない。

※残り1試合、フランス対スイスについてはこちらに掲載される予定なので、興味があればぜひ。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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