独立プロ球団・火の国サラマンダーズを立ち上げた球団社長の思い
先日、今年活動を開始した独立プロ野球リーグ・九州アジアリーグについて、その発足の経緯を探った記事を発表した。(『「NPBだって独立リーグです」 野球"九州アジアリーグ"に込めた思い』4月20日配信, https://news.yahoo.co.jp/byline/asasatoshi/20210420-00233035/)
その続編として、今回から2回に分けて、このリーグに加盟している熊本と大分の2球団について、その成り立ちを紹介してゆく。今回は、リーグ代表の田中敏弘から、「県民球団」・熊本ゴールデンラークスを引き継ぎ、独立プロ球団・火の国サラマンダーズに仕立て上げた若き球団社長・神田康範のストーリーを紹介する。
若きスポーツビジネスマンの「リベンジ」
ゴールデンラークスを田中から受け継ぎ、これを母体にプロ球団、「火の国サラマンダーズ」を立ち上げた神田康範は、40歳の若き経営者だ。地元・熊本のトップ進学校かつ熊本県勢唯一の甲子園制覇(1958年)を果たしている文武両道の名門、県立済々黌高校の野球部出身だ。大阪外語大学卒業後、スポーツビジネス畑を歩み、2018年3月にはプロバスケットボールのBリーグ2部、ライジングゼファーフクオカのCEOに就任したが、ここで挫折を味わう。翌年9月、球団の経営危機の責任をとって退任することになったのだ。
しかし「捨てる神あらば…」とはよく言ったもので、高校時代の縁で神田は熊本に呼びもどされることになった。
「最初は球場を造ろうというところから始まったんです。」
と神田は熊本球団発足の経緯について振り返る。
御多分に漏れず、熊本も球場不足には悩まされているらしい。とくに夏の高校野球全国大会の予選の時期には、70近くある参加校をさばくのに他団体との調整が大変だという。そこで、熊本野球のメッカである藤崎台球場に加え、熊本市内にもうひとつ万単位の集客力のある新球場を造ろうという気運が、済々黌高校OBを含む熊本野球人の間から出てきたのだが、いかんせん、行政を動かすには、それなりの大義名分が要る。そこで、もちあがったのが、プロ球団創設というアイデアだったのだ。その流れの中、プロ球団運営のノウハウをもつ人材として神田に白羽の矢が立ったのだ。
交わったふたつの思惑
神田は新たなミッションに取り組むことになったが、プロ球団創設と言っても、全くゼロから創るのは難しい。そこで、既存の実業団チームにプロ化の打診をすることにした。熊本にはふたつ実業団の強豪チームがあった。ひとつは都市対抗出場11回、日本選手権出場13回を誇る名門、Honda熊本。そしてもうひとつが鮮ど市場のゴールデンラークスだった。
「このふたつのどちらかということになると、Hondaがチームを我々に預けることは考えにくいし、プロ化となると本社と相談することになり熊本で結論を出せることではない。そう考えると、田中さんの鮮ど市場だろうということになったんです。」
実業団というかたちで真の「県民球団」を目指すことに限界を感じていた田中と、地元野球の発展のための新たな器づくりのきっかけとしてプロ球団を創るべく動き始めていた神田たちの思惑はすぐに交わった。
2019年11月、神田は新球団運営会社・KPB Project株式会社の社長に就任、早速新球団設立に向けた資金集めに奔走することになった。チーム作りに関しては、ゴールデンラークスを母体とするので、さほど問題はなかった。鮮ど市場は、すでにプロ化を前提に、ゴールデンラークスの選手のリクルートを行っていた。
「B1時代に痛い目にあっていますから。ライジングゼファーズは株主構成もスポンサー費用の構成も一企業に頼りすぎた反省がある。スポーツチームというのは公共財なので決してつぶれてはいけない。一般の企業とはそこが違います。今回は、県内の多方面から出資を仰ぎ、リスク分散させる形で資本金1億円からのスタートとなりました。」
球団設立準備と並行して、神田は新球団が所属するリーグ設立にも奔走した。隣県の大分に独立プロ球団設立構想をもつ人物がいると聞きつけると、そのもとへ駆けつけ、資金集めにも手を貸した。
「大分のオーナーになる森さんはすごい理想を掲げて独立球団を創りたいっておっしゃってたんですね。でも、ずっと教育畑を歩んで来られたんで、お金集めという点にはちょっと不得手なところがありました。だから私も大分球団設立の金策にも協力したんです。」
そして、約1年間の下準備を経て、2020年9月、球団設立が正式にアナウンスされ、翌月、公募によって球団名が「火の国サラマンダーズ」に決まった。11月には、球団の所属する「九州独立プロ野球リーグ」(現・九州アジアリーグ)も発足した。
「県民球団」から新球場、そしてその先にあるもの
火の国サラマンダーズのスタートアップ資金は1億円。独立プロ球団としては妥当なところだろう。この資本金を減らすことなく、多方面からカネを集めることが球団の持続的な活動のカギとなる。実際、これまで少なからぬ独立球団の運営会社が資金ショートを起こして、球団消滅や新運営会社への球団譲渡となっている。
サラマンダーズの場合、この資本金には、今シーズンは手をつけることはないだろうと神田は言う。独立リーグの年間チーム運営費は1億円と言われているが、近年は、経費圧縮によってこれを下回る額でシーズンを乗り切る球団も増えている。ゴールデンラークスを神田に譲り渡し、自らはリーグのトップに就いた田中も、独立球団の年間の運営費を7000~8000万と見積もっていた。しかし、今シーズンのサラマンダーズの年間運営費は1億3000万円を見込んでいる。独立球団としてはトップレベルと言ってよい。神田は十分とは言えないものの、野球中心の生活を選手に送らせるには、これくらいは必要だと考える。
「幅はありますが、選手の月給も平均して15万円支払っています。他のリーグより多少待遇はいいと思います。他所は無給の練習生などもいるようですが、うちは全員に報酬を支払っていますし。」
この運営費に関しては、大部分をスポンサーからの資金で賄う計画だ。これも広く大小さまざまな企業から集めることができるよう、ランク分けを行い、県内各企業が出せる範囲で「県民球団」に協力してもらおうという考えからだ。
「最高ランクは、数千万円単位になります。県内各企業にご協力いただける範囲内で『県民球団』を支えていただきたいという考えです。」
この新球団設立の動きに、地元メディアの反応も敏感だった。会見を開けば、各メディアがこぞってやってくる。神田は、これを見て新球団の行く末に手ごたえを感じている。実のところ、神田の射程は独立リーグにとどまっていない。新球団が軌道に乗り、新球場が完成したその先には、NPBがある。
「だから新球場は万単位を想定しているんです。まだどうなるかわかりませんが、NPBが拡大策に乗り出せば、そこに手を挙げる選択肢ももちろんあります。」
地元メディアの期待もそこにあるからこそ、新球団に注目しているのだろう。
「地域密着」から「日本一」へ
ただ、現在のところは、まずは地域に根差した「県民球団」というのが、火の国サラマンダーズの立ち位置である。
独立リーグには、上位トッププロリーグであるNPBへの人材の送出と地域に密着したプロスポーツというふたつの目標があるが、神田は九州アジアリーグのウェイトは、圧倒的に「地域密着」にあると言う。
「だって、現実にNPBに進めるのはごくごくわずかな選手だけでしょう。それならば、我々ならば、この熊本という地元に何らかの貢献をする球団を目指すべきだと私は思います。例えば、ここでプレーした選手が、引退後も熊本に根付いて地域の発展に貢献する人材になってくれれば、それは球団の価値にもなるでしょう。」
もちろん、プロ球団である以上は、「勝つ」ことが最高のエンターテインメントであり、地域貢献となる。九州アジアリーグは、発足とともに、先行の四国アイランドリーグplusとルートインBCリーグによって構成される日本独立リーグ野球機構に加盟。従来(昨年は新型コロナにより中止)両リーグによって実施されてきた「独立リーグ日本一決定戦」であるグランドチャンピオンシップにも出場することになっている。
「九州アジアリーグ当局からは、今シーズンは2球団の対戦成績がいい方が優勝となって、グランドチャンピオンに出場と聞いています。2球団の我々、4球団の四国、それに12球団のBCということで、大会形式はどうなるのかは未定ですが、出場することは決まっています。うちの細川(亨・元西武など)監督もやる気満々ですよ。まずは目指すところはそこですね。」
日々息を切らせながら舞い戻ってきた野球界を走る神田は目を輝かせた。
(文中の写真は筆者撮影)