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凋落のマンUと新興のマンC 革命児グアルディオラの眼中からモウリーニョは消え去った

木村正人在英国際ジャーナリスト
マンUのモウリーニョ監督(左)とマンCのグアルディオラ監督(写真:ロイター/アフロ)

オール・オア・ナッシング

[ロンドン発]サッカーの英イングランド・プレミアリーグで昨季18連勝、106得点、勝ち点100というリーグ新記録を達成し、4季ぶり5回目の優勝を果たしたマンチェスター・シティが今季も開幕2連勝を飾り、圧倒的な強さを改めて見せつけています。

開幕に合わせて、アマゾン・プレミアのドキュメンタリー『オール・オア・ナッシング マンチェスター・シティ』が世界200カ国以上で公開されました。全8回シリーズで、「サッカーの革命児」ジョゼップ・グアルディオラ監督を軸に昨季のマンC快進撃を追いかけています。

アーセナル・サポーターの筆者はエミレーツ・スタジアムでマンCとの開幕戦を観戦してきました。マンCのFWスターリングの目の覚めるようなシュートで先制され、後半、DFメンディとMFシウバの詰め将棋のようなサイド攻撃にトドメを刺されてしまいました。

アーセナルが不甲斐ないと言うより、マンCはやはり強い。『オール・オア・ナッシング』の中で主将コンパニが2008年にマンCに移籍してきたとき、クラブのトイレには1つもドアがなかったと打ち明けました。

その直後にアラブ首長国連邦(UAE)の投資グループADUGがオーナーになり、マンCは生まれ変わります。

当時リバプールに在籍していたFWトーレス(サガン鳥栖)は、1億ポンドでマンCへの移籍話が持ち上がったブラジル代表MFカカに対し「マンCはカカには正しいチームではない」と発言。それほど、マンCは世界のビッグクラブや一流選手から格下扱いされていました。

中東オイルマネーの威力

しかし、中東のオイルマネーのおかげでリーグ優勝3回、FAカップ優勝1回、フットボール・リーグ・カップ優勝3回、FAコミュニティ・シールド優勝2回。本拠地のエティハド・スタジアムも4万8000人から5万5000人収容に拡張されます。

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2016年、バルセロナとバイエルン・ミュンヘンで輝かしい戦績を残したグアルディオラ監督を招請。現役の選手だったバルセロナ時代に、トータルフットボールの伝道師ヨハン・クライフ監督の薫陶を受けたグアルディオラ監督は、攻撃的パス・サッカーの遺伝子を受け継ぐ完璧主義者かつ、情熱家です。

イングランド代表FWスターリングは決定的な場面でシュートをよく外すことから「ゴールを決めるまでは世界一のプレイヤー」と皮肉られています。

『オール・オア・ナッシング』で、グアルディオラ監督の「どうしたらゴールを決められるようになるのか」という真剣な問いかけに、アシスタントコーチのミケル・アルテタ氏が「もっと早くポジションに入るようにすれば良い」と答えています。

マンCの選手に言い訳は許されません。

更衣室で、グアルディオラ監督は全身にエネルギーをみなぎらせながら、選手たちに世界一のクラブになるメンタリティーを叩き込みます。「得点を重ねろ」「相手ゴールへの圧力を強めろ」「ボールを失うな」「相手にスペースを与えるな」「失点するな」と常に最高のプレーをするよう鼓舞します。

世界一流の選手を集め、完璧なプレーを求める。グアルディオラ監督の辞書に「2番」という言葉はありません。

マンCのクラブハウスには筋肉の疲労をとるための冷却室も備えられ、負傷した選手はバルセロナで最先端のスポーツ医療を受けることができます。ヒザを負傷したメンディはバルセロナで手術を受けました。

「特別な存在」の凋落

これに対し、かつては「私は特別な存在だ」と豪語したジョゼ・モウリーニョ監督率いるマンチェスター・ユナイテッドは19日、格下のブライトン相手に前半で3失点を許し、2-3で敗れました。

そのモウリーニョ監督は前日の記者会見で「マンCのドキュメンタリーは周りに対する敬意を欠いている」と嫌味たらしく批判しました。

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同じマンチェスターに本拠地を置くマンUとマンCはライバルです。『オール・オア・ナッシング』でもモウリーニョ監督はグアルディオラ監督と対比するかたちで何度も登場します。

モウリーニョ監督は「ドキュメンタリーは見ていないが、少しは内容について知っている。出演料を要求すべきだな」と不満をぶちまけました。

というのもドキュメンタリーのプレゼンテーターがグアルディオラ監督とモウリーニョ監督のサッカーを「ポゼション対ディフェンス、攻撃サッカー対『バスの駐車』だ」と比較したからです。

『バスの駐車』とはペナルティーエリアの中に10人から11人の選手を留めて守るような超守備的サッカーに対する皮肉です。

さらにドキュメンタリーでは、モウリーニョ監督がチェルシーを率いていたころ、現在マンCのエンジンとして大活躍するベルギー代表MFデブルイネの才能を見いだせず切り捨てた場面が強調されます。

ライバルはクロップ監督

グアルディオラ監督がモウリーニョ監督ではなく、マンC以上に攻撃サッカーに徹しているリバプールのユルゲン・クロップ監督をライバル視していることも我慢ならなかったようです。

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昨季UEFAチャンピオンズリーグの決勝に進出するもGKのミス連発から自滅したリバプールは今季6700万ポンドでGKを補強して世界一を目指しています。

モウリーニョ監督は「富裕クラブなら一流選手は買い集めることはできる。しかし品位は買うことはできない」と、思うように補強できない不満をマンCのドキュメンタリーにぶつけます。

マンCは昨季、優勝決定のかかったマンU戦をホームで迎えました。その時、マンCは 「ダービーデイ(同じ都市に本拠地を置くクラブ同士の対戦)に優勝を決めた」とプリントしたTシャツを大量に用意しますが、マンUに2-3で逆転負けを喫したため、無駄になりました。

モウリーニョ監督は「もし、そのTシャツを送ってきてくれたら、出演料は勘弁してやる」と皮肉りました。

マンUはアレックス・ファーガソン監督時代、アディショナルタイムまで攻め続ける攻撃サッカーに徹していました。

かつてはサッカー革命の寵児と持ち上げられたモウリーニョ監督は今やサッカーの可能性をぶち壊す「ダーク・エンジェル」呼ばわりされています。

プロセスより結果。攻撃よりも防御。勝率を上げるために、相手のミスを待ってカウンターを狙う『バスを駐車』するようなサッカーに徹するモウリーニョ監督は選手の信頼を失いつつあります。

マンCのドキュメンタリーを見ていて、モウリーニョ監督の時代は間もなく幕を閉じるような気がしました。クラブの収入面でもマンCがマンUを追い抜く日もそんなに遠いことではないように思いました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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