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槍玉にあがる、ノートルダム大聖堂の再建に大口寄付をする大金持ちたち(フランス発)

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
火災にあった内部。無事だった十字架のこのイメージが頻繁にメディアに登場している。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

パリのノートルダム大聖堂で、あまりにも痛ましい大火災が起きた。

今までに、再建のために集まった寄付がすごい。今のところ、8億5000万ユーロで1千億円を越えている。

フランスを代表する大企業、「モエ・ヘネシー・ルイヴィトン」(LVMH)の大株主でCEOであるベルナール・アルノーは、2億ユーロ(約253億円)。

グッチやサンローランを保有するケリングの会長でCEOのフランソワ・ピノーは1億ユーロ(約126億円)。

ロレアルグループは、総額2億ユーロ(約253億円)だ。グループの大株主であるベタンクール・メイヤー家とともに1億ユーロ、一族の慈善団体を通じて1億ユーロを寄付するという。

ここまでで、「個人」や「一族」の名が多いのに気づいただろうか。

もちろん、それだけではないのだが。大広告代理店JCDecaux、建設とテレコムの大企業Bouygues、国を代表する銀行のBNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、BPCE、保険会社のAxa、フランスゲームなど、枚挙にいとまがない。

いかにノートルダム寺院が、フランス人の心にとって大事な存在かがわかる。寄付をして援助するのは素晴らしいことだ。もちろん素晴らしいのだが・・・。

フランスは、自由をどこまでも追求するアメリカとは違うのだ。どこまでも平等を追求する国である。

だから、これらのニュースを聞いた瞬間、若干フランス人化してきている筆者は「・・・なんだ、そんなにお金持っているのね」「黄色いベスト運動があったばかりだし、人々は黙っていないだろうなあ」と思った。

この予感は、どんぴしゃり当たった。

脱税の汚いお金??

フランスでは、個人が寄付をする場合、寄付金の66%の税額控除が適用されている。つまり、100万円寄付すれば、66万円が税額控除額となるのだ(日本は寄付金から2000円引いた上で40%)。

さらに、火事が起きた当初、寄付をよりたくさん集めるために、非課税割合を上げるべきだという意見があった(当時、ここまで集まるとは予想していなかった)。

そのために、「税金逃れが目当てである」、そして「こんな巨大な財産は脱税で得たお金である」という批判が沸き起こったのだ。SNSで火がついて、左派政党の中でも更に左より、左派メディア、そして労働組合からの批判の矛先が鋭かった。

独立系メディア「メディアパート」は、早速4月17日に力のこもった記事を発表した。曰く。

「火事は完全には消えていなかった。この国の大いなる資産は、すでに前例のないほどの素晴らしい寄付金の爆発に巻き込まれたからだ」

「億万長者たちが争って寄付をするのは、彼らの猥褻さを明らかにしている。税金を正しく支払うよりも、ノートルダム大聖堂の再建に自分の名前を刻みたいと思う傾向がある」

メディアパートのホームページより。個人ジェット機には「脱税天国」と書いてある。
メディアパートのホームページより。個人ジェット機には「脱税天国」と書いてある。

「ノートルダムは、これらの寄付金の大部分をもっと免税してくれとリベートを懇願されていることで、まだ煙がもくもくと上がったままである」

「億万長者たちが約束したこれらの寄付は、60%(企業)または66%(個人)が非課税になる。これらは数年にわたる可能性がある。しかも、ケリング社の会長兼CEOであるフランソワ・ピノーが所有するアートコレクションのジェネラルディレクター・ジャン=ジャック・エラゴンは、90%の割合を適用することを提案した。これはもう、最も衝撃を与えた提案だった」

「LVMHとピノーの大競輪場」とある。メディアパートのホームページより。
「LVMHとピノーの大競輪場」とある。メディアパートのホームページより。

「ますます定期的に脱税疑惑の対象となる億万長者や多国籍企業たち。フランソワ・ピノーが率いるケリング・グループは、25億の税金を差し引いていたことになり、イタリアでは14億ユーロの税調整の対象となる」

「租税回避地(脱税天国とも)に234の子会社があるLVMHに関しては、CEOのベルナール・アルノーのように、世界規模の脱税を告発した『パラダイス文書』で言及されている」

「ルイ・ヴィトン財団は、議論のある条件のもとでLVMHグループに5億1,800万ユーロの節税をさせたため、詐欺の疑いがある。 他の例も追加することができる(特に、脱税に加えて、地球を生存不可能にするのに役立つ石油会社トータル)」

とまあ、このような調子である。

記事中にある「ピノー氏のお抱えが、90%の免税を適用することを提案」は、確かにある種のスキャンダルと言えるかもしれない。なぜならこの人は、元文化大臣だからだ。

結局、フランソワ・ピノーは、1億ユーロの寄付をした後、法律で定められた6千万ユーロに及ぶ免税をついに諦めたのだが。。。これがまた、「やましいことがないなら、なぜ諦める?」という批判を招いた。

黄色いベスト運動の支持者たち

黄色いベスト運動は、最近沈静化したばかりである。

一般の人たちは、暴力化してきて荒み始めた「黄色いベスト運動」から離れていったものの、社会の不平等に関する意識や議論は、フランス社会の奥深いところで再び喚起されたように見える。

今回お金持ちを最も批判したのは、政党レベルでは「不服従のフランス」党であった。

この政党は極左と呼ばれ、黄色いベスト運動を最後まで(今でも)支持していた層と合致する(極右の支持者もいる)。

この党の議員で、ジャン=リュック・メランション党首の右腕と言われるアレクシス・コルビエールは、TVヨーロッパ1に出演してこう言った。

「与えることは常に良いことだが、パリのノートルダム大聖堂を襲った悲劇の感情の後に、多くのフランス人が感じた恥知らずな(みだらな)な点があった」。

「私は、個人のメセナのシステムに賛成しない。この世界の大金持ち達は、自分たちで自分のお金を与える対象を決定するんだ」という。

彼らはフランス革命流にお金持ち&資本主義を攻撃しているので、「国・公共機関がやれ」ということになる(ソ連風という言い方も可能である)。

さらに、前述の「やましいことがないなら、なぜ諦める?」批判の先鋒は、この党の人である。

「黙れ!」と怒る人たち

コルビエール氏の言い分は、少なからぬ支持者層の声を代弁するものだろう。

しかし、このニュースがマクロン支持者層のFacebookグループに拡散された時は、評判が大変悪かった。

コメントには

「彼らは何もあげないことだって出来たのだ。寄付したのは良いことだ」

「黙れ、バカ野郎!!!」(←これが最も多かった)

「お金を稼いで、雇用を生み出して何が悪い!」

「いわゆる富裕層の寄付は、すでに免税の上限に達している。間違った情報を流すな。嫉妬するのを止めなさい。成功したいなら、袖を巻き上げて働く。基本労働時間の週35時間しか働かないのに」

などとあった。

この投稿の中にある「彼らの寄付は、すでに免税の上限に達している」は、結構重要なポイントだと思う。

「寄付金の66%(個人)が非課税になる」という法律は、かなり有名である。市民活動が活発なフランスでは、例えば道で寄付を募る有名団体のボランティアの人たちも、よくこの法律を口にする。「寄付すると非課税になるんですよ!」と。

しかし実は、この法律には「課税所得の20%の制限内で」という条件がつくのだ。でも、おそらくほとんどの人は知らないと思う。かくいう筆者も知らなかった。知らないで批判をしていた人たちは多かったのではないか。

といっても、どのみち上述したように、ノートルダムの寄付に関しては非課税の割合を上げるべきだという意見があったし、そもそも寄付金100億円以上という金額は、彼らにとっては所得の20%以下なのかもしれないし、所得を脱税天国で隠しまくっているかもしれないし・・・。

結局フランス政府は4月17日、個人が寄付する場合は、75%の免税を規定する法案を発表した。ただし最大1000ユーロ(約13万円)までとなった。

貧富の差とは限らない対立軸

マクロン大統領は、黄色いベスト運動の支持者からは「金持ちの味方」と攻撃された(実際はそんなことはないのだが)。

極左の思想は、宗教とは対局にある。「不服従のフランス」党の支持者は移民やその子孫の、低所得者向け公共住宅に住むような貧しい人たちや、外国人も多い。

それなら、これは貧富の差や移民問題なのかというと、そうとばかりもいえない。

そういう黒人の中には、毎週日曜日教会に通うようなカトリック教徒も多いのだ。フランスの地方の教会や、パリの名もない小さな教会では、神父や聖職者は黒人が多い。彼らはノートルダムの火災に本当に心を痛めているだろう(ちなみに、黒人はまじめなイスラム教徒もいる)。

今回の場合、大統領個人が、政教分離を厳しく守ってはいるが敬虔なカトリック教徒であることも、もしかしたら関係してくるかもしれない。

また、別の視点もある。

今回、お金持ちをメディアで攻撃したのは左派の人たち(の一部)だが、ここにも温度差がある。

極左までいかない左派メディアの人なら、お金持ちたちが免税を辞退したことで、一応は矛先を収めるのではないか。彼らは、汚いお金を批判して不正を告発しているのであって、ノートルダムの再建を批判しているわけではない。彼らはいわゆる「左派インテリ」だ。今後どのように批判が続くかは、未知数だ。

フランス人の過半数は、中道左派か中道右派か、あるいはどちらかをうろうろしている(だから政権交替が起こる)。「人と石とどちらが大事だ」とデモを行っている人たちは、かなり違う人達だと感じる。

ほとんどのフランス人は、「脱税の汚い不正な金」という批判には耳を傾けることがあるにしても、ノートルダムを救うための支援は受け入れていると思う。

ヴィトンCEOの釈明

同じようにやり玉にあがっていた、もう一人の有名人「モエ・ヘネシー・ルイヴィトン」のベルナール・アルノー。彼は「あきれられている」「批判されている」と感じたために、「免税は受けない」と自ら発表した。ル・パリジャンが伝えた。

ちょうど株主総会があり、ここで左派政党や労働組合が行っている論争について質問された。

アルノー氏は、「これは誤った議論です。フランスでは、明らかに共通の利益(INTERET GENERAL)であることをしても批判されるのは、大変狼狽します」と言った。

また、総会に出席している人々に「インターネットに行ってあなたの狼狽を表現するようにと勧めました」 「国によっては、このような寄付は称賛されるでしょうに」とも付け加えた。

また、自分たちは免税を受ける立場にないとも言った。

「この金額の一部は、売上高がない同族会社から寄付されているため、メセナの法律は適用されない」「LVMHに関しては、ルイ・ヴィトン財団はすでにメセナの法律が適用されているため、別の法律は適用されない」と詳しく説明した。

カトリックとお金持ち

フランスの中核となるお金持ちの人達は、白人のカトリック教徒が一定の割合でどっかりと存在している。

フランスは、フランス革命の平等思想や、政教分離が徹底しているし、とてもコスモポリタンな国になっている。とはいえ、もともとは白人の国で伝統的にカトリックの国なのだから、当然なのだろうけど。

(ちなみに、こういう人たちは欧州連合(EU)の積極推進派が多い。実益という意味合いを越えて、根本的な部分でEUをつくったのは、左派思想とキリスト教思想だと思う)。

アメリカでは、億万長者になるのは「アメリカン・ドリーム」であり、お金持ちが寄付を通じて社会貢献をするのは美徳であり、義務ですらある。でもフランスでは、様相が異なる。

ヴィトンCEOのアルノー氏が言う「国によっては称賛されるのに」とは、アメリカはもとより、アングロサクソンやプロテスタントの国々の話ではないだろうか。

カトリックの伝統では、歴史的にお金もうけを軽蔑する傾向がある。

例えば、同じ欧州でもイギリスでは、銀行員は社会的に地位も信用も高いのだが、フランスでは「はぁ? 銀行員?(冷笑)」みたいな反応は存在する。イギリス人と感覚が近い日本人の私は、大変びっくりしたものだ。

そして火事にあったのは、カトリックの象徴である「聖母マリア大聖堂」なのだった・・・。

それなら、宗教をめぐる対立があるかいうと、Facebook上では多くのイスラム教徒のフランス人が、哀しみを共有しているメッセージを投稿していたのが印象的だった。

ああ複雑・・・。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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