アジアのドラマは世界に勝てるのか、カンヌで初の国際ドラマ祭
カンヌ国際ドラマ祭「Canneseries(カンヌシリーズ)」で坂元裕二脚本の『Mother』(日本テレビ)韓国リメイク版がノミネートされた。期間中、収容人数2000人の会場で上映会やピンクカーペットイベントなどが行われ、日本発のドラマが世界にどのように受けとめられたのか。
連続ドラマを対象にしたドラマの祭典がカンヌで誕生
カンヌ国際ドラマ祭「Canneseries(カンヌシリーズ)」は世界で制作された連続ドラマを対象にコンペティションなどが行われるドラマの祭典。今年、誕生したばかりの一般向けイベントだ。地中海に面したパレ・デ・フェスティバル・コングレを会場に、4月4日(水)から11日(水)まで8日間にわたって開催された。
現地入りすると、初のドラマ祭を盛り上げるムードはたっぷり。「Canneseries」のイメージカラーであるビビッドなピンク色が至る所で飛び込んできた。会場は最も華やかに、エントランスへ続く階段に敷き詰められたのはピンクカーペット。プロヴァンスの明るい太陽の光が差し込むと、より色鮮やかな空間が作り出され、フランスが得意とするブランディング力を見せつけられた。
一方、上映会場へと向かう参加者の姿は意外にもカジュアルな装い。ドレスコードを設けていないからだった。子どもから大人まで年齢層も幅広い。「Canneseries」は地域活性化が目的のひとつにある。今年で71年目を迎える長い歴史のあるカンヌ映画祭とは差別化し、カンヌ市周辺の地元市民をはじめ、観光客らが気軽に楽しめる地域密着型イベントを目指している。ドラマはそもそも、リビングや手元のスマホで視聴するものであって、気軽さが向いている。
カンヌのデビット・リスナール市長がこれを4~5年前から構想し、「チーム・Canneseries」と呼ばれる主催の独立団体のプレジデント、フルール・ペルラン氏がフランス中央の文部大臣に在籍していた時から、共に計画を進めていた。
カンヌ市を含むアルプ・マリティム県も全面サポートし、スポンサーにはフランスの有料テレビ局Canal+や米エンターテインメント業界紙Varietyなどが並んだ。またドラマをはじめとする映像コンテンツが国際取引されるビジネスマーケットのMIPTVと連携し、同時期開催しながら、上映作品の流通を促進させていく体制も組まれた。
『Mother』韓国リメイク版、日本との違いは?
こうした世界の舞台で、日本発のドラマ『Mother』(日本テレビ)の韓国リメイク版が脚光を浴びた。「Canneseries」メインのオフィシャル・コンペティション部門でノミネートされた全10作品のうち、アジアからは唯一。世界でもヒットの実績を作っている韓国CJ E&Mグループのスタジオ・ドラゴンが制作した『Mother』リメイク版が上映会とピンクカーペットイベントの機会を得た。
現地時間4月10日(火)に行われた『Mother』の上映会には平日の昼にもかかわらず、多くの人が足を運んでいた。主演女優のイ・ボヨン(教師・スジン役)とホ・ユル(小学生・ヘナ役)が現れると、歓声と拍手で迎えられ、熱気も感じた。上映はスジンが虐待を受けていたヘナを引き取るまでの話が描かれる第1話が流れた。日本のオリジナル通り、ヘナが家庭でゴミ袋に閉じ込められるシーンでは会場全体に緊迫感が走り、ヘナの「母になる」ことを決意したシーンでは涙を拭う姿が会場であちこちにみられた。
上映会後に視聴したフランス人らに感想を求めると、ある40代の夫婦は「ノミネート作品の上映を楽しみにカンヌまで来ました。アジアのドラマは普段、見る機会はあまりありませんが、ストーリーを十分に理解できました。涙なくしては見られませんね」と話し、また10代の男子グループは「虐待されていた子ども役に共感を覚えました」など、満足度は高い様子だった。
韓国リメイク版は日本のオリジナルとどのように違うのか。この辺りも気になるところだ。上映された第1話を見る限り、日本のオリジナルに比較的、忠実にリメイクされていたが、情緒的に描く日本のものよりもサスペンス感を増したところに違いもみられた。例えば、ヘナの実母の恋人役がヘナに虐待をする場面はより狂気を感じるものに仕上げられ、また現実性も追求し、エンディングへ向かうために日本にはない伏線も張られていた。演出を担当したキム・チョルギュ氏は「韓国ではポジティブとシンプルさが求められます。『Mother』も韓国ドラマらしく、より感情表現を豊かに演出しました」と話していた。
ファーストウィンドウの縛りなし、Netflixドラマも迎え入れる
さて、韓国の『Mother』以外のノミネートされた作品を国別でみると、アメリカ、メキシコ、スペイン、イタリア、ドイツ、ベルギー、ノルウェーが1本ずつ、イスラエルが2本。一部、紹介するとアメリカの作品は『グレイズ・アナトミー』のクリスティーナ役でゴールデン・グローブ賞を受賞したサンドラ・オーが主演のスパイアクション『KILLING EVE』。世界ドラマ市場ではトレンドセッターのノルウェーは4人の若者が主役の1969年を舞台にした歴史ヒューマンドラマ『STATE OF HAPPINESS』、イスラエルの1本は『Mother』と同じく子どもがストーリーの核となるもので、ゲイの若者が養子を迎えるストーリーが描かれる『MIGUEL』、ここのところ海外でヒット作を生んでいるイタリアはシチリアを舞台にしたマフィアドラマ『THE HUNTER』など。そして、栄えあるCanneseriesオフィシャル・コンペティション部門の「ベストシリーズ」賞はイスラエルのスリラードラマ『WHEN HEROES FLY』が受賞した。
また作品がファーストランされたウィンドウ(出口)も地上波、衛星・ケーブル、配信と様々だ。来月に開かれるカンヌ映画祭では新ルール導入により、Netflixの不参加の意向が一部で報じられているが、Canneserisでは「作品がどこで放送・配信されたか」といった縛りは特にない。Canneseriesの「アウトオブ・コンペティション・シリーズ」上映ではNetflix作品『SAFE』が選ばれていた。世界のドラマ市場が「テレビドラマのゴールデンエイジ」と盛り上がっている背景にはNetflixの台頭が大きく影響しており、映画が主体のカンヌ映画祭とは異なる事情がある。
「チーム・Canneseries」のマネージング・ディレクター、ベノワ・ルーヴェ氏は「我々が目指しているのは国際色。日本にも期待しています。」と話していた。
オフィシャル・コンペティション部門に応募された現在放送中の日本のドラマなどが今回、ノミネートに至らなかったことは残念だったが、上映会のスクリーンでは脚本家・坂元裕二氏とオリジナル制作した日本テレビの名前も表示され、オリジナルは日本のものであることが話題に上るたびに紹介されたことは運が向いていた。だが、韓国は「デジタル・ショート・シリーズ部門」でもノミネートされ、MIPTVとの連携のドラマ開発イベント「In Development」にもピッチ(企画プレゼンテーション)の機会を得ており、中国も「In Development」に審査員として参加していた。石橋を叩いて渡るのが日本流ではあるが、次回の機会を狙って、新たに作られたドラマコミュニティに早めに切り込んでいくことを真剣に考えても良さそうだ。
*カンヌシリーズの受賞作品は次の通り。▽ベストシリーズ『WHEN HEROES FLY』イスラエル、▽ベストパフォーマンス・FRANCESCO MONTANARI『THE HUNTER』イタイア、▽スペシャルパフォーマンスプライズ『MIGUEL』イスラエル、▽ベストスクリーンプレイ『STATE OF HAPPINESS』ノルウェー、▽ベストミュージック『STATE OF HAPPINESS』ノルウェー、▽ベストデジタルシリーズ『DOMINOS』カナダ/アメリカ
*写真は全て筆者撮影