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脳の「ニューロンをつなぎ直す」技術とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:アフロ)

 我々の脳の中には、ニューロン(Neuron)という神経細胞による巨大なネットワークが形成されている。ニューロンは神経軸索の先端に樹状突起を持ち、電気的あるいは化学的な情報伝達を行っているが、今回このニューロンを人工的に作り出し、つなぎ直す技術が開発された。

人工ニューロンを自在に組み立てる

 ニューロンの先端にある樹状突起は、軸索から木の枝のように拡がり、ほかのニューロンと常に情報をやり取りしている。しかし、ニューロン同士はランダムに接続し、接続の様子を実験で再現することはこれまで難しかった。

 制御しにくいニューロンを人為的につなぎ合わせ、ネットワークがどうつなぎ合い、どう振る舞っているのかを人工的に再現することができれば、脳研究は格段に進歩するだろう。今回、東京大学生産技術研究所などの研究グループは、ニューロンの軸索や樹状突起などを生きたまま、制御しつつ、培養することが可能な「マイクロプレート」デバイスを開発し、スイスの学術出版社MDPI(Molecular Diversity Preservation International)が出している技術雑誌「Micromachines」オンライン版に発表した(※1)。

 東京大学生産技術研究所のプレスリリースによれば、ニューロンをその上に培養したマイクロプレート同士をパズルにように組み立てることで、自在に神経回路を構築することが可能となる。この技術を使えば、解析したい神経回路をシャーレの中でデザインすることができ、神経回路の形成や発達、薬物試験のツールなどに応用できるそうだ。

 バイオMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、※2)を使って作られたというマイクロプレートは、1セットのニューロン(神経軸索、樹状突起、樹状突起を伸ばす細胞体)を搭載可能な、円と線による板状の構造となっている。円の部分は直径30μm(マイクロメートル、0.03mm)、線の部分は長さ100μm、円から20μmの長さの樹状突起部分(1〜3本)を突き出したという。

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マイクロプレートによるニューロン(神経細胞)の形態制御と神経回路の組み立て。Via:東京大学生産技術研究所のプレスリリースより

 ニューロンを模したマイクロプレートの上に実験用ラットから得た海馬細胞を播種して培養(初代、継代せず1代限り)、ニューロンを人工的に作成する。神経軸索の線(長)と円から突き出た樹状突起(短)とで、他のマイクロプレートの間で長短同士を手動操作(マニピュレータ)で組み合わせ、ニューロンの回路をパズルのように自在に組み立てることが可能だ。

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人工ニューロンである神経軸索(神経突起)、樹状突起、細胞体の図。Via:東京大学生産技術研究所のプレスリリースより

 接続したニューロン同士の間には、シナプス結合という神経回路の接続点が形成され、発火(※3)という神経活動が同期することも確認されたという。シナプス結合による発火は、あらかじめ蛍光発色遺伝子をベクターでニューロンへ導入し、カルシウムイメージング法で画像確認した。

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マニピュレータによる人工ニューロンの移動と接続、発火の同期の様子。Via:東京大学生産技術研究所のプレスリリースより

 今回の研究では、マイクロプレートを培養中に移動させてもニューロンが死なない点が画期的だという。このことで人口ニューロン同士を自在に組み立てデザインすることが可能となり、シナプス結合の発火なども確認することができた。

 研究グループは、マイクロプレート移動の成功率がまだ低いので、神経軸索と樹状突起の長さの割合や樹状突起の基部となる円の部分の大きさなどを変えて最適な組み合わせや寒天培地の交換のタイミングなどを探っていくという。いずれにせよ、人工的なニューロンをつなぎ合わせるという今回の研究により、我々の脳のネットワークがどのように形成されていくのかや脳神経疾患治療などの研究が進歩する可能性がある。

※1:Shotaro Yoshida, et al., "Assembly and Connection of Micropatterned Single Neurons for Neuronal Network Formation." Micromachines,Vol.9(5), 235, 2018

※2:バイオMEMS:化学分野やバイオ分野の表面修飾技術、ナノインプリンティング技術などを応用し、機械部品、電子部品を集積化したマイクロデバイス、例えば安価な小型生体検査キットなど、一分子一細胞レベルに使用可能な生体生理的に親和性の高いウエアラブルなデバイスを作る技術

※3:発火:神経細胞の細胞膜の電位が一定値以上上昇した際に発生する、瞬間的な電位の急上昇。神経細胞同士がシナプス結合で接続された際に発生のタイミングが同期し、細胞間で情報伝達が行われる

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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